第4話

 星が瞬く暗闇で、最後に出会ったのは年老いたロバでした。

 のんびりとした彼の表情は達観していて、穏やかな印象でした。

「こんばんは」

 少女はロバの前に歩み寄り、恭しくお辞儀をしました。

「おや、おや。こんばんは」

 ロバも座ったまま首を折って挨拶しました。

「どうしてここにいるのですか?」

 少女は不思議そうに尋ねます。

 ロバは質問の意味が分からずきょとんとしていました。

「わしはいつもここで眠っておるのじゃぞ」

「そうなんだ。知らなかった。――ねぇ、あなたはここにいない時、何をしているの?」

「ほう、お嬢さんはこの老いぼれのしていることに興味がおありですか。ならば、お答えしましょう」

 ロバは得意げに胸を張りました。

「わしは音楽家じゃ。とある小さな小屋で愉快な仲間らと、演奏会をしておる」

「まあ、素敵ね!」

 少女は手を打って顔を輝かせました。

「そうじゃろう?わしはリュートという弦楽器を担当しておる。この固いひ爪で、どんな音も鳴らすことができるのじゃぞ!」

「すごい、すごいわ!ぜひ、わたしもそのお仲間さんたちとの音楽を聴きたいわ!」

 少女の言葉に、ロバはしゅんとうつむいてしまいました。そして、物悲しげな声で言うのです。

「残念ながら、もうみんなでの演奏は、できないかもしれない」

 と。

 少女が理由を尋ねると、ロバは言葉を詰まらせながら教えてくれました。

「つまり……な。音楽隊はもう昔のように自由に演奏ができないのじゃ。

わしらは結成した時からかなりの年寄だった。初めの頃は、それはもう夜通し演奏する日も珍しくなかったがな……。楽しい時はいつまでも続かん。先月から猫さんは病に倒れ……床に臥せったまま。一番若かった雄鶏さんさえ、今はもう……とさかが色あせたと嘆いている始末。音楽隊も……その、我々の人生も長くないことを悟っている今日この頃じゃよ」

 ロバは大きなため息をつきました。

 少女も黙ったまま、ただうなずくことしかできませんでした。

「……ロバさん。これ、あげる」

 少女が取り出したのは、黄緑の光を放つドロップでした。

「これは、これは。不思議な飴じゃな」

「うん。私の宝物。あんまりロバさんの力になれるかは分からないんだけど……。でも、好きなものだから、あなたにあげたいんだ。わたしはあったことがないけれど、きっと猫さんもロバさんの笑顔が見たいと思って……。甘いものを食べたらロバさん、少しでも笑顔になれるかなって思ったの!」

 少女はロバから視線を落とし、毛先を指先に絡め始めました。

 ロバは少女の手から光るドロップを口に入れ、飲み込んでしまいました。

 あっと声をもらす少女に、ロバは微笑んで見せました。

「心配してくれてありがとう。お嬢さんの気持ちがとてもうれしいよ。

 それに、わしらは分かっているんじゃよ。命はいつか尽きるということを――」

 ロバは天を仰ぎます。虚ろな目には、ちらちら光る小さな星々が映っていました。

「始まる命は尽きてゆく。出会った友には別れが訪れる。それは時として悲しみとなるかもしれん。じゃが、わしらはすべてを受け入れるだけの器を持っている。老いるとは、すなわち心の成熟。別れを受け入れ、思い出をはぐくみ、やがてあの世へ旅立つ時を待つ。

 音楽隊が続けられなくなるのはつらくもある。けれど悲嘆にくれるばかりではないのじゃぞ」

「本当?」

「ああ。なんたって、今いる場所も、いつか逝く世界にも仲間がいることを知っておるのからの」

 ロバは少女の頬をぺろりと舐めました。

「お嬢さんはとてもやさしい方ですね。だからこそ、たくさんの友達に出会っていらっしゃい。心惹かれるものには素直に寄り添ってみなさい。――朝は、すぐそこじゃ」

 ロバが鼻向けする方向には、白く、まばゆい光を放つ道がありました。

「ロバさん、ありがとう!わたし、もう行くね!」

「はいはい、いってらっしゃい」

 少女はもう一度ロバに深くお辞儀をしました。

 つま先を回転させ、ずんずんと道があるほうへ進んでいきます。

そして、歌うように祈るのです。

「みんな、みんな、今日も素敵な一日になりますように」


 赤いずきんの少女は、出会った人たちの笑顔を想像して、跳びあがるように駆けました。

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迷える夜には、星降る涙を 鳴杞ハグラ @narukihagura

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