第2話
また少女が歩いていくと、今度は大きなツル植物の真ん中で、ぐったりとしている男の子を見つけました。
少女は慌てて植物に駆け寄り、登り始めました。
「大丈夫……?」
ツルが枝分かれしたところで、少女は心配そうに肩をさすります。男の子は少女の声で目を覚ますと、ゆっくり起き上がりました。
少女はおぼつかない足取りで男の子の隣に座りました。
「良かった。起きたのね」
「君は……どうしてわざわざ僕のところに来たんだい?」
「だって、とてもしんどそうにしていたから」
男の子は照れたように笑いました。
「ああ。実はこの豆の木、僕が種をまいて育てたんだ。でもね、登っても登っても先が見えないんだ。やっと高いところまで登れたと思っても、豆は成長をやめない。だから一向に頂上に届かなくて、少し疲れてしまったよ……」
男の子の声は今にも消え入りそうでした。
「届かない上を見て、見えなくなった下を確認して、それから思うんだ。どうして僕はこんなところにいるんだろうって」
男の子は頭を抱えて、ぽろぽろと涙をこぼします。少女は柔らかい彼の頬にキスをしました。
「独りぼっちの景色は、とても淋しいね」
少女はバスケットの中から水色のドロップを取り出し、男の子に手渡しました。
男の子は目をぱちくりさせて手の中にあるドロップを見つめます。
「これは……?」
「おまじない。食べてみて」
男の子は恐る恐るドロップをほおばりました。少し塩気の利いた酸っぱい味が口の中でじんわりと広がります。
「ねえ、思い出して。あなたが豆を植えた日を。どうしてこんなに果てしない木に登ろうとしたのかを」
男の子はうつむきなが考えます。やがてはっとしたように少女と向き合い、言いました。
「……初めは好奇心だったんだ。どこの国かも分からないおじいさんがくれた豆が、あまりに綺麗で、しかも生えてきた樹がとても雄大で……。空に消えた頂上はどこにあるんだろうと思えば、登りたくて、いてもたってもいられなくなった。どうしてこんな気持ちを忘れていたんだろう」
いつの間にか、瞳から落ちる涙は、頬に残る最後の一滴になっていました。
少女は涙のしずくを指先で拭ってあげました。
「あのね、こんなに高いところまで登ってきたあなたはすごいと思うよ。誰にだってできることじゃないわ。でも、登ることだけに夢中になりすぎて、木の枝に置いてきた気持ちがあったの。
さっきのは、そうした忘れ物が戻ってくるためのおまじないよ」
少女はバスケットに布をかけながら足をぶらぶらさせています。ミシミシ揺れる枝葉は、樹が生きていることを証しているようでした。
「忘れ物をしたのなら、成長や高さに怖くなったなら、戻ってもいいんじゃない?だって、樹はいつだってそこにあるんだから」
男の子はガリリとドロップをかんで立ち上がりました。
「僕、もう少し、登ってみる」
男の子はドラム缶よりもさらに太い幹にひょいと跳び、再び上を目指し始めました。
「きっと、その先に素晴らしい物語がありますように」
小さく消えてゆく人の影。
女の子はぎゅっと両手を結んで祈りました。
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