迷える夜には、星降る涙を

鳴杞ハグラ

第1話

 辺りにキラキラと小さな星が輝く暗い闇。

 上を向いても、下を向いても地面すら見当たりません。

 その中を赤い頭巾の少女は、小さなバスケットを片手に、あてもなく歩いていました。

 

 しばらく行くと、他の星よりも一段と大きく淡い光がありました。

 少女はそっと近づいてみることにしました。

 光っていたのは、少女よりも少しだけ大人びた男の人でした。

男の人はきらびやかな衣装を身に着け、頭には立派な冠がかぶせてあります。どうやら彼は王子さまのようです。

 王子さまは一凛のバラの花を片手に持ち、眺めていました。

「ねえ、何をしているの?」

 少女は囁くように尋ねます。

 王子さまは少女に気づき、はっとしながら答えました。

「……僕はいったいどうしてこんなところにいるんだろう。嬉しさで胸がどきどきしていて、それなのにとても不安で……。気が付いたら、こんなところに来てしまっていたんだ」

 王子さまは、独り言ちに呟き、ため息をつきました。

「その赤いバラ、とてもきれいね」

 続けて少女は王子さまに話しかけます。

 王子さまはパッと目をきらめかせて言いました。

「そうだろう、そうだろう!あのいばらの城で手折ったんだ」

「いばらの城?」

 少女はきょとんと首をかしげました。王子さまはバラが壊れてしまわないように優しく抱きしめました。

「森で見つけたんだ。僕は一国の王子だから一人になることが難しい。どうやって見つけたかって?それはね、昨日、僕がいまの暮らしに嫌気がさして王宮を逃げ出すように森へ駈け込んだ時さ。そしたらあの城が奥底にそびえたっていたんだ。でも、辺り一面いばらで覆われていたから中に入ることができなかった」

 王子さまは悲しそうに顔を俯かせました。

「中に入らなくてもいいんじゃない?」

「それではダメなんだ!あそこにはとても可愛らしい女の子が、たくさんの人々ともに眠っているから」

 王子さまがバラを抱く手に力がこもります。

バラの花びらは、はらはらと数枚落ちてしまいました。

「同じいばらの城を夢で見たんだ。暗い城の最上階で眠るあの子から『寂しい、だれか迎えに来て』って声が聞こえた」

「なら、迷うことなくお城に入ればいいじゃない!一人がだめなら、従者を連れていけばいいわ!」

 少女は励ますように笑顔で言いました。でも王子さまはまだ浮かない顔をしています。

「それができたら、どれほどいいか。だが従者を連れていくには夢のことを言わなければならない。そうしたらお父様の耳にも入るだろう。きっとお父様は、地に足がつかない僕のことをお怒りになるはず」

 王子さまはバラの茎を手放し、顔を覆い嘆きました。

「それに……あの子が目覚める方法も分からないのに、本当に生きているかもしれないと思っただけで胸が高鳴るんだ。本当に、僕はどうかしているよ」

 少女は王子さまの顔を覗き込み、頭をポンポンと撫でました。

 そしてバスケットにかかっていた白い布をめくりました。現れたのはカラフルに光るドロップたち。かごいっぱいに入った中から、少女は桃色のドロップを一粒つまみ、王子さまの前に差し出しました。

「どうぞ。食べてちょうだい」

 王子さまは少女の指からおもむろにドロップを口に入れました。

「……甘い」

「まだ見ないその人のことを想うあなたは胸のドキドキが不安に変わっているよ。でも、きっとそのドキドキは期待や好意――ワクワクする気持ちから生まれたもののはず。そんな気がするの!

 だから、チャレンジを恐れないで!この先どんなことが起こっても、この気持ちがキラキラ桃色に輝き続けるようにおまじないをかけたから」

 少女は赤い頭巾の中から無邪気な笑顔を見せました。

 王子さまは瞳を閉じて胸に両手を当てました。

「ありがとう。なんだかココが温かくなってきたよ。僕、やっぱり明日彼女のもとへ向かってみる」

 そう言うと王子さまはすぅっとどこかに消えていきました。

「頑張ってね」

 少女はバスケットに布をかぶせ、王子さまがいた場所に小さく手を振りました。

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