第144話 ???視点

「えぇ、全ては順調に進んでいます。問題はなにひとつありませんよ」


 巨大な鏡の向こう側へと、そう語り掛ける。

 本来であれば自分を映し出す鏡ではあるが、今は全く異なる存在を映し出していた。


「目的が達せられたことはわかった。それで、どちらが生き残ったのだ」


 それは、瞳に光の灯らない、巨躯を有する有翼の魔族だった。

 一目で上級魔族だと分かる風貌だがしかし、鏡越しではその威圧感もほとんど感じない。

 特にここ数年は見慣れてしまい、その姿を見て感じるのは些細な苛立ちぐらいなものだ。

 見掛け倒しの唸るような問い掛けに、一応は礼儀を持って返す。


「正当な血統を継いだルルフェンが残りました。あの愚かな道化師は、有明の使徒に潰されてしまいましたので」


「世界渡りの複製を使っておきながら負けるとは。想像以上の無能だったというわけか」


「どれだけ優れた血統であろうとも、才能が無ければ全ては無駄だということですよ」


 生き残ったのはルルフェンだったが、その結果さえも重要ではない。

 アルレリアの末裔であるルルフェンが生き残ろうとも、アルレリアの複製を利用したロロファスが残ろうと、どちらにせよ利用価値があり、どちらが残っても問題ないよう準備は整えてあった。

 とはいえロロファスが早急に消され、アルレリアがほぼ無傷な状態で残ったことは行幸といえた。


 だが外部からの干渉が、早々に結果に決してしまう状況を作り出してしまったことは、今後の改善点といえるだろう。

 目の前の魔族からも一言、二言は小言を言われるかと身構えていたがしかし、意外にも鏡の向こうの人物が興味を示したのは、生き残った星読みの継承者ではなく、有明の使徒だった。 


「ファルクス・ローレントか。情報通りの男だったか?」


「さて、どうでしょうか。少なくとも原初の魔王が苦戦を強いられたという話の信憑性を疑う程度だった、とだけ」


 聞かれていることの意味は理解している。

 ファルクスという有明の使徒の情報が本格的に入ってきたのは、原初の魔王ドランシアとの戦いが報告された後からだ。

 それまでは戦局を大きく変えることのできる存在は、有明だろうと黄昏だろうと、ドランシアひとりだと想定されていた。

 しかしファルクスという人間が、そのドランシアに致命傷を与え退けたという情報が入ったことで、一気に要注意人物として名前が挙がるようになった。


 だが、今回の出来事でファルクスの実力が露呈した。

 いくらアルレリアの複製を使っているとはいえ、あの程度の相手に苦戦を強いられているようでは、噂程の実力だったとは口が裂けても言えない。特に災害にも等しいあの原初の魔王を相手取り、致命傷を与えたという話とは合致しない。

 甘く中途半端な思想を掲げる、ぱっとしない人間。

 それが自分の中にあるファルクスへの印象だった。


「ならばなおさら、奴に死なれては困る。計画にあった支援はどうした」


「魔道具の譲渡は行いましたよ。疑いの余地がないほど至極自然に。言ったでしょう、全ては順調に進んでいると。それよりもそちらはどうなんですか」


「量産の目途はたっていないが、一号機は完成した。一騎で勇者共を壊滅させられるだけの能力は発揮している」

 

 魔族の言葉の端々から見え隠れする、自信の表れ。

 だからこそ口から出かかった言葉を、辛うじて飲み込む。

 今の無能な勇者程度を殺せるからと言って、それが果たして実戦で役に立つのか。

 確実にその言葉を発していたら、この関係は決裂していたに違いない。


 それによく考えてみれば、量産できるようになればあるいは当初の目的に届くかもしれない。

 軽率な言葉は不必要な軋轢を生むだけで、なんのメリットもない。

 再び言葉を選びなおして、当たり障りのない言葉に変換する。


「ならそろそろ計画を進める時期でしょうか」


「それは私達が決めることではない。私達は与えられた命令を完遂することだけを考えればいい」


「わかっていますよ。しかし貴方も思うように動けず、不満に思っているのでは? あと一歩のところで、オルトロールを破棄するよう命令されたと聞いていますが」


「命令に背き、怪しまれるわけにはいかない。研究を続ける為にもな」


「貴方の置かれている立場上、自由には動けないのは相当にストレスでしょうね」 


 本人は気付いてないのだろうが、その振る舞いからは苛立ちにも似た感情が漏れ出していた。

 実験がうまくいっていないことに痺れを切らしているのか。

 それとも与えられた命令を遂行できていないことを焦っているのか。

 いずれにせよ、この状態の相手と建設的な話を進められるとは思えなかった。 


 短くない沈黙を経て、鏡の向こう側の影が次第に薄くなっていく。

 これ以上の報告も議論も必要ないと考えたのだろう。


「……まぁいい。下手に動いて嗅ぎつけられることの無いよう、精々気を付けるんだな」


「ご忠告どうも、イヴァン」


「忠告ではない。これは警告だ、ヴィット・ヘンリル」


 輪郭さえも掻き消え、鏡には自分の姿が戻ってくる。

 初老で弱々しいその姿に刹那の苦痛を感じるが、それも今だけの問題だ。

 いずれは、あの複製の技術さえも手中に収める。

 それまでの、辛抱だ。


 ◆


 この定期的に行われる報告も、生活の一部になる程度には続けている。

 しかしそれだけの歳月をかけてもなお、この不快感に慣れることはない。

 それどころか、日ごとにそれは増していた。


「所詮は魔族。礼儀を求めるほうが、愚かというものですが……耐えがたい苦痛であることは変わりありませんね」


 お互いに協力関係ではある。だが決して友人関係ではない。

 同じ目的を持つ者同士、結託しているに過ぎないのだ。

 だからこそ気に食わない部分があったとしても、目をつぶる。

 小さなため息を吐き出すと、すぐそばに控えていた従者が声を上げた。

 

「気に食わないのであれば、いかがなさいましょうか」


 言い換えれば消してこようか、ということだ。

 しかしこの従者があの魔将イヴァンを殺せるかと聞かれれば、それは厳しいだろう。

 成功したとしても、いま失うには惜しい人材といえた。


「あれでも戦争屋としては優秀だ。このまま提携を続け、様子を見る。その間にその『人形』に色々と仕込んでおけ」


「畏まりました、ヘンリル様」


 命令を受けた従者は、壁際で控えていた人形と共に部屋を後にする。

 

 イヴァンとの協力関係を切るのは、余りに惜しい。

 それに今回に限っては、中々に面白い道具を手に入れることができた。

 道化師に好き勝手やらせていたが、その手に余る道具だったということだろう。


 従者に回収させた、心を持たない複製の一体。

 この地にいた青年の複製だが、その能力は目を見張るものがある。

 使いようによっては、あのファルクスを丸め込めるかもしれない。 


 そしてなにより、我々の最大の目的は達成されている。

 再び黄昏の使徒と、有明の使徒が争いを始めてくれるのであれば、それ以上を望むべくもない。

 争いが拡大すればするだけ、私達は動きやすくなるのだから。


「精々、無駄な殺し合いを続けてくれたまえよ。我々と、エイリースの為に」

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