第143話

「これが、フォロボス・アーセナルから聞いてきたことの全てだ」


 朝日が差し込む静かな美術館には、静謐が満ちている。

 向かいに座るふたりは、俺の話が終わった後も沈黙を保ち続けていた。

 打ち明けたのは、フォロボス・アーセナルから聞き及んだ全ての情報。

 

 伝説に聞く初代フォロボスが生きていたということも驚きだろう。

 しかしそれ以上に、ヨミの目的や来歴を知った今、俺達は大きな岐路に立たされていることに間違いない。

 ビャクヤは朝の静けさを振り払うように、凛とした声を張り上げた。


「我輩達は、仲間だ。だからこそ聞かせて欲しい。この戦いを続けるかどうかを」


 黄昏と有明。

 俺達は今まで、その存在理由も目的もわからずに戦い続けてきた。

 ヨミという超常の存在から命令されるがままに。


 特にビャクヤに関しては、ヨミから魔素に関する情報の殆どを聞かされずに、ここまで戦ってきた。

 その証拠に、俺と出会ったときも魔素に関する知識は殆ど持ち合わせていなかった。

 黄昏の使徒という組織が魔素という危険な物を作り出し、研究している。

 たったそれだけの情報だけを聞かされ、故郷を遠く離れたこの地で命懸けの戦いを繰り広げてきたのだ。


 だがフォロボスによって、その有明の使徒の存在理由が明らかとなった。

 魔素が世界を滅ぼす可能性を秘めており、これ以上の研究を進めさせないためにも、有明の使徒は戦いを続けているのだ。ヨミという存在を中心に、何百年も。


 それはつまり、ビャクヤにとって自分達の戦いが意味を持った瞬間だ。

 今の様子を見るに、すでにビャクヤはどうするか心を決めているに違いなかった。

 そしてアリアもまた、迷いのない様子で口を開いた。


「私は、戦いを続けるわ。魔素が世界を滅ぼす可能性が限りなく低いとしても、すでに実害を色々と出してるわけだし。黄昏の使徒とかいう連中を始末するって、ヨミとも約束した訳だしね」


「ありがとう、アリア。お主がいれば百人力だ」


「まぁその百人は人形だけどね。それにアンタが自分で言ったんでしょ、私達は仲間だって」


 深く頭を下げたビャクヤに、アリアはめんどくさそうに手を振る。

 しかしそれが照れ隠しだというのはすぐに見て取れた。 


 そして、頭を上げたビャクヤの、優しい灰色の瞳と視線が交錯する。

 言葉はない。しかし問いかけられている事は理解していた。

 自分でも驚くほど自然に、その言葉が口を突く。


「ビャクヤ。ヨミと意思が疎通できるのであれば、こう伝えて欲しい。疑って悪かった。これからは、有明の使徒として全力を尽くす、と」


「ならば……。」


「あぁ、続けさせてくれ。黄昏の使徒を壊滅させて、魔素の研究を辞めさせる。そして……魔素を消し去る方法を探し出すためにも」


 今さら過ぎる言葉かもしれない。

 それでもフォロボスの話を聞いて、ヨミの力になりたいと思ったのだ。

 歴史の中で、絶えず戦い続けているヨミの力に。

 ただその判断は決して簡単な道のりではないことはわかりきっている。

 アリアも呆れたような声音で、ため息交じりに呟いた。


「大きく出たわね。聞いた限りだとヨミもフォロボスも魔素を消し去ることは無理だったんでしょ」


「だからこそ、俺達がその意思を継がなくてはならないんだ。ヨミの戦いを、終わらせるために」


 ヨミは俺に力を与えてくれた。

 それが決して善意でないことはわかっている。

 気まぐれな慈悲でないことも、十分に理解している。

 戦いのための駒を手に入れるためだったのだと、今ならわかる。


 それでも俺は、その与えられた力で救われたのだ。

 絶望の淵にいた俺を、ビャクヤが救いあげてくれた。

 絶望が目の前に立ちふさがったとき、越える力をヨミは与えてくれた。

 ならば今度は、俺がその恩を返す時だ。

 

 そう決意をした時、軽い衝撃と温かさに包まれる。

 目の前に真白な髪が舞い、朝日を照り返して美しい光彩を作り出す。

 気が付けば、ビャクヤに抱き留められていた。


「ありがとう、ファルクス。きっとヨミ様も、喜んでおられる。もちろん、我輩も嬉しいぞ」


「……大勢を救う。そこに、ヨミもいなきゃな」

 

 ビャクヤを抱きしめ返し、呟く。

 借りものの理想でどこまで戦えるか。

 最初にそう問いかけてきたのはヨミだったはずだ。


 だからこそ、その問い掛けに答える時だ。

 どこまでも戦える。

 それこそ、ヨミを救うまで。


 ◆


 そこから俺達の行動は早かった。

 今までは迷っていたが、一度目的が決まれば、その為に必要な物を揃えるだけだ。

 冒険者ギルドで荷馬車を再び借り、必要な物資をアルレリアの商人から買いあさる。

 どうやら俺のことを覚えていてくれたようで、色々と都合してもらえたことは行幸だった。

 思いのほか順調に準備が整ったその日の内に、俺達はアルレリアの正門を訪れていた。


 見送りに来てくれたのは、アルレリアの長であるヴィット・ヘンリルとその護衛である侍女。

 そして新たなるアルレリアの英雄である、ルルフェンだ。

 今日の彼女は儀礼用の装備ではなく、冒険者としての装備で身を固めていた。


 それを見るに、今日は依頼でアルレリアを空ける予定だったのだろう。

 悪いことをしたと思いつつ、別れの挨拶を交わす。 


「もう行くんですね、お兄さん」


「目的が決まったんだ。今回はすこし寄り道してたから、後れを取り戻さないとな」


「せっかちですね。決めたらすぐさま行動。こっちが気付くころには、出ていってしまうんですから」


 それは、俺に対しての言葉だったのかは定かではない。

 恐らくは別人の面影を俺に重ねているのだろう。

 ただそれを指摘することはしない。


 ルルフェンが成長した暁に、自ら気付くのであればそれでいい。

 相手の成長する機会を奪うのは、ディノンも決して喜ばないはずだ。

 苦笑だけを返していると、ヘンリルが従者の手を借りて近づいてきた。

 

「ヘンリル家を上げてお三方を持て成そうかと考えていたのですが。間に合いませんでしたな」


「この魔道具を貰った上に、これ以上持て成されるわけにはいきません。その分、新しいアルレリアの英雄を支援してください」


 事実、ヴィット・ヘンリルには頭が上がらない程に世話になっていた。

 資金面もそうだが、件の魔力を貯蔵しておける魔道具まで俺に譲ってくれたのだ。

 これほどの魔道具となれば、王都の一等地に屋敷が建つ。

 そんな援助をしてもらったというのに、これ以上に持て成されればこっちが申し訳なくなってくる。


 そして、出来れば俺ではなくこのアルレリアの発展のために少しでも力を使ってほしかった。

 とは言え街の長という立場の彼に、俺から言うことでもなかったのかもしれない。 

 ヴィット・ヘンリルは満足げに頷き、ルルフェンも笑みを浮かべていた。


「もちろんですとも。次にお三方がアルレリアに寄った際は、盛大に持て成せるようにしておきます」


「困ったことがあったら、いつでも呼んでくださいね。このアルレリアで暇をしている時なら、いつでも協力しますから」


「あぁ、その時は頼む。頼りにしてる」 


 ◆


 後方で小さくなっていくアルレリアから目線を外し、広げた地図に視線を落とす。 

 目的が決まった以上、目的地ももう決まっていた。


「さて、次の目的地だが……。」


「マキアクロス。新しいダンジョンが発見された、今一番冒険者の中で有名な街ね」


「というより、ダンジョンの周りに自然と形成された市場をそう呼んでるだけなんだけどな」


 ダンジョンは多くの場合、人々を苦しめる原因となり得る。

 しかしごく稀に、冒険者達に齎す富が非常に大きいダンジョンが出現する。

 その稀な事態を引き当てたのが、マキアクロス。

 通称、迷宮都市だ。


「ではダンジョンに潜るのだな?」


「あぁ、そうだ。今回は原点に立ち戻ろうと思ってな」


 そこへ向かう理由は、いくつかある。

 有明の使徒として戦いを続けると決めた以上、これからはより一層激しい黄昏の使徒と戦いが予想される。

 全く持って歯が立たない、という訳ではないが苦戦を強いられる場面が多くなってきたように思えた。

 そしてなにより、黄昏の使徒にはあのドランシアがいる。

 

 再び顔を合わせることになった時、また一方的に押されることを避ける為にも、実力を上げる必要があった。

 その実力を上げるに場合、冒険者として思いつく方法は大きく分けて三つ。

 それが――


「レベルを上げ、武具を整え、経験を積む。あの竜人が再び眼前に現れたとしても、倒せるように」


 ビャクヤは手綱を握りながら、俺の方へと問いかけてきた。

 その三つこそが冒険者が最も基本とする、自身の実力を上げる方法だ。

 ダンジョンは危険ではあるが、その三つが同時に行える場所でもある。

 今の俺達の実力であれば並大抵のダンジョンであれば踏破できるだろう。

 

 経験を積み、ダンジョンで武具を揃え、レベルも上げる。

 これからの戦いを生き抜くために。

 そしてなによりも。


「二度と負けないよう、力を蓄えなきゃな」

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