第140話

「壮観だな」


 思わずそんなことをぼやいたのには、二つの理由があった。

 

 一つ目は、式典が執り行われる会場。その私設美術館の庭園が、見事に整えられていたこと。

 冬の訪れで彩が少ないことを除けば、緻密に設計されたその作りは十分に眼を楽しませてくれた。

 どれほどの資金を投じたのかは分からないが、これまで見てきた庭園の中では最高峰の規模と完成度だった。


 そして二つ目は、ビャクヤとアリアが式典のために着飾ってきたことだ。

 白を基調としたドレスを身にまとったビャクヤと、フリルがふんだんにあしらわれた衣装のアリア。

 カセンでみたものとはまた別の趣があり、ふたりの魅力を十二分に引き出していた。

 魔物の被害を受けたアルレリアにいくらか金を落とすという意味でも、この庭園に花を添えるという観点でも、二人は大いに貢献していた。


 だがその一言が気に食わなかったのか、アリアは腰に手を当てて俺を睨み上げた。


「たったそれだけ? もっと言うことがあるんじゃないの」


「今回はアリアに選んでもらったのだ。どうだ? 似合っているか?」


「もちろん似合ってる。ふたりとも綺麗だ」


 満足げに頷くアリアと、少し困った様な表情で笑うビャクヤ。

 そんな二人につられて、俺の口角も無意識のうちに上がっていた。

 

 冒険者の式典としては少しばかり目立ちすぎるかとも思ったが、今日はこのアルレリアにとってめでたい日だ。

 浮かれているのは俺達だけではない様子で、他の冒険者達も各々自由な格好で出席している所を見るに、心配は俺の杞憂に終わった。


 ただこの光景をセコイヤ・ビルバースが見たらなんと言うかと、そんなことを想像してしまう。

 この私設美術館の所持者だったビルバース家は、当然ながら騒動の後に取り壊しとなったからだ。

 父親になりすましていたロロファスに操られていたため、セコイヤ・ビルバースも実質的には被害者と言えるのだろうが、ヴィット・ヘンリルの襲撃に加担したということで今は牢獄に幽閉されている。


 噂によれば父親の死を知ったセコイヤは酷く取り乱して、かかりつけの医者が呼び出されたとも聞いたが、真偽は定かではない。だがセコイヤが外の空気を吸う頃には、ビルバースという名前は消えているだろう。

 解体後に残ったビルバース家の資産は、一連の戦闘に参加した冒険者への報酬やアルレリアの復興に使われるらしい。

 

 しかしそれは、アルレリアの人々の溜飲を下げる為の措置だ。

 実際にはロロファスという元凶がいるにも関わらず、その存在自体を広めないようにするため、今回の騒動はビルバース家が起こした事件として処理される。

 いわばビルバース家はロロファスの作戦においても、今回の事後処理においてもスケープゴートであり、実体の犯人が表舞台に出てくることはない。

 

「結局、こんな時にも名前が残らないってのは、少しばかり気の毒だな」


「名前が残ったって、あの女が喜ぶかはわからないけどね。そもそも偽名なんでしょ」


「その偽物になるために、全てを捧げたんだ。ほんの少しだけでも報われてもいいだろ」


 思い返すのは、あのルルフェンに似た顔だけだ。

 しかし実際の姿や名前を知らない彼女は、このまま本当の意味で人々に忘れ去られていくのだろう。

 不名誉な形でさえ歴史に名前を残すこともなく、存在したことすら知られずに。


 ただそれも仕方がないとは、理解はできている。

 高位の幻術を操るロロファスが、このアルレリアにどれだけの影響を与えているか、未だに全容を把握しきれていないのだ。もしかするとビルバース家の当主になりすましていた事すら、些末な問題となる可能性さえ秘めている。

 そんな人物と、その能力が公表されれば、あらぬ混乱を招くことは目に見えていた。

 だからこそその存在を秘匿し、名前すら表には残さない。


 妥当な判断であり、議論の余地などあるはずもない。

 しかし、それを憐れむことぐらいは、許されるはずだ。

 ただビャクヤは、そのロロファスの在り方に疑問がある様子だった。

 

「分からぬな。手に入れたいものを手に入れておきながら、なぜアルレリアまで狙ったのだろうか」


「そういうもんでしょ、人間って。絶対に手に入らないと思ってたものが手に入ってしまうと、もっともっと欲しくなる。あの女にとってそれが、ディノンと自分しかいない小さい世界だったってだけよ」


 その姿からは想像できないほど大人びたアリアの発言に、思わず苦笑を浮かべる。

 ただビャクヤはアリアの顔をじっと見て、小首をかしげた。


「なら、その世界を手に入れたら次は何を欲するというのだ」


「しらないわよ、そんなの。でもぱっと思いつくのは、子供とかじゃないの」


「できるのか?」


「やろうと思えばできるでしょ、そりゃ」


 女子二人の会話は、あらぬ方向へと話題が逸れ始めていた。

 近くにいた冒険者達もぎょっとした様子でこちらに視線を向けていた。

 思わず小さな咳払いと共に、ビャクヤの小脇を肘でつつく。


「……その辺にしておけよ。そろそろ式典が始まるからな」

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