第139話

 争いの痕跡があちこちに残る大通りを駆け抜け、一直線に街の中央へと向かう。

 ところどころに魔物の死骸や衛兵の亡骸が転がっており、じりじりと焦りがこみ上げてくる。

 懸命な抵抗を続けているのだろうが、街の外縁部は魔物によって蹂躙されつくしていた。


 共にダンジョンから戻ってきた冒険者達もすぐさま街へと散らばったが、その悲惨な光景に息をのむ者も少なくなかった。

 だが、諦める者はいない。

 街の中央、冒険者ギルドなどが密集している方角からは、未だに黒煙が立ち上り、時折爆発音も響いてくる。

 出発前の状況から考えるに、あの地区に避難者や冒険者達が集まっているに違いない。

 

 すぐにでも増援へと向かいたい気持ちが逸る。

 だがそれすらできない程、俺の魔力には余裕がなかった。

 冒険者達を転移魔法で連れて戻った影響で、俺の魔力は底を突きかけていた。

 移動に使ってしまえば、肝心な戦闘で使える魔力が無くなってしまう。

 

「くそ! こんな魔道具までもらっておいて、この様か!」


 手元のバングルにはめ込まれた宝石の輝きは、とうに失われている。

 魔力の貯蔵量によって輝きが変わるのだろうが、すでにダンジョンを脱出する頃にはその貯蔵を使い果たしていた。

 体感では使用できる魔力が二倍程度に跳ね上がったように思う。

 それでもこの状況を脱することができないということは、純粋に俺の実力が足りていないという証拠に他ならない。


 目的地まで急ぐために一層足へ力を入れるが、その時。

 土煙と共に壁を突き破って、一匹の魔物が飛び出してきた。

 二足歩行の屈強な体に、巨大な狼の頭部。

 俊敏さと強靭さを兼ね備えた強力な魔物、ライカンだった。


「こんな魔物まで入り込んでるのか……。」


 無駄な時間と魔力の消費は避けたいが、魔導士の俺が魔法抜きで戦える相手ではない。

 内心毒ずきながら剣を抜き放つがしかし、ふと違和感に気付く。

 ライカンの頭部に、見覚えのある薙刀が突き刺さっているのだ。


 壁を崩しながら飛び出したライカンは、その勢いのまま地面を転がり、そして息絶えた。

 それを追いかけるように崩落した壁の向こう側から姿を現したのは、やはりと言うべきか、見知った顔だった。


「ファルクス! 戻ったか!」


 薙刀を回収したビャクヤが、駆け寄ってくる。

 その後ろには人形達に囲まれたアリアの姿もあった。

 ふたりともこの場所にいるということは、冒険者ギルド周辺の安全は確保できているのだろう。

 思わず安堵のため息が漏れだした。


「どうにかな。街の被害はどうなってる?」


「ギルド近辺の防衛線は崩れていない。だが、まだ街中には魔物が闊歩している。冒険者達も奮闘しているが……。」


「はっきり言えば防戦一方ね。逃げ遅れた人達の救助もしなきゃならないし、街中の掃討にまで戦力を回す余裕が殆どないのよ」


「なら安心してくれ。試練の迷宮に向かった冒険者達も、今は街に散らばってる。これなら時期に――」


 平安が戻るはずだ。

 そう答えようとした俺の声は、切り裂くような悲鳴によって遮られた。


「うわぁぁぁあああああ!?」


「く、空間転移!」


 空から落ちてきたのは、悲鳴と鈍く光る鎧だった。

 反射的に魔法を発動し、落下してきたであろう人物を地面へと転移させる。

 地面に転がったのは慌てた様子の衛兵だった。

 衛兵は咄嗟に周りを見渡しているが事情を詳しく説明している余裕はなかった。


 なぜ、衛兵が空から降ってきたのか。

 その理由は、調べるまでもなく判明した。


「ハーピィの群れだ!」


 白み始めた空を埋め尽くさんばかり飛び交う影。

 それは上半身は人によく似た魔物、ハーピィだった。


 人間の女性によく似た声で冒険者や旅人を誘い込み、そして捕まえた獲物を地面へ叩きつける。

 その習性故に、冒険者でなくとも広く脅威が伝わっている魔物でもある。

 そしてなにより厄介なのは、一度でも捕まってしまうとなすすべがないということだ。


 冒険者であれば高いレベルで落下の衝撃にも耐えられる。

 だが抵抗する術を持たない住人などにとっては、これ以上の脅威はない。

 

「この数は……我輩達では対処できぬぞ! どうする、ファルクス」


「俺も殆ど魔力が残ってない。この状態じゃあ翼のある魔物との戦闘は分が悪すぎる」


「あぁもう! 文句言ってないで手を動かしなさいよ!」


 アリアの怒号が飛ぶがしかし、空を飛ぶ相手に対して有効な攻撃方法がないのだ。

 もとより空を領域とする魔物であり、俺達を狙って降りてきたところを迎撃する他ない。

 転移魔法を使えば戦えなくはないが、この量を相手にするには魔力が圧倒的に足りない。

 だが数を減らさなければ被害は拡大する一方だ。


 苦渋の決断を下し、魔法を発動しようとしたその時。

 夜明けに近い空を、星の明りの如き光が瞬いた。

 響き渡るのはハーピィ達の悲鳴。

 その翼が空に舞い散り、次々とハーピィ達が地面へと墜落する。

 ビャクヤとアリアは呆然と空を眺めていたが、俺はその光に見覚えがあった。

 光りの放たれた方角を見れば、大通りの向こう側でルルフェンが矢先を空へと向けていた。

 

「今のは、お主がやったのか、ルルフェン」


「『星読み』の私には、空に浮かぶ物は良く見えるんですよ。ですから、街を一望できる場所まで連れて行ってください」


 自信気に語るルルフェンは再び矢を放ち、そしてハーピィを地面へと叩き落す。

 確かにその技量を見る限り、俺達がハーピィの相手をするよりも、ルルフェンに任せた方が懸命だ。

 この状況を打開できるというのなら、協力しない手はない。


「できなくはない。だが残ってる俺の魔力量だと、精々一回が限界だ。それでも、できそうか?」


「もちろんです。私を誰だと思ってるんですか」


 そういって、ルルフェンは白い炎を宿した瞳で笑って見せた。



 目の前に広がるのは、朝と夜が混在する藍色の世界。

 風の唸り声と微かに聞こえるハーピィ達の声だけが、耳に届く。

 身を裂くような寒さの中、ルルフェンは冷静に下方を見つめていた。


 その遥か視線の先では、ハーピィの群れがアルレリアへと大挙して押し寄せている。

 街の上空を覆うその数は、俺から見れば数えることすら難しい程だ。

 しかしルルフェンは、冷静に、そして静かに、弓を構えた。


「もっとしっかり捕まえててください、お兄さん。離さないように」


「あ、あぁ」


 心配になるほど細い腰に腕を回し、しっかりと抱きとめる。

 不安定な状況で射撃を安定させる為かとも思われたが、先程とさほど変わった様子はない。

 どちらかと言えば俺が近くにいるせいで射撃に支障が出そうな気もする。


 どういった意図でそんなことをいったのか、視界の端でルルフェンの表情をうかがう。

 すると、ルルフェンの視線と視線がぶつかる。

 なぜかその目は、満足げに笑っているような、そんな気がした。


「見ててください。これが、新しいフォロボスの姿です」


 弦の弾く音と共に、夜明けの光がアルレリアを包み込んだ。


「『流星雨(スター・レイン)』!」




 最も新しい英雄によってもたらされた星の如き輝きによって、アルレリアには再び平穏が訪れた。

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