第138話
「共鳴転移!」
一対の剣が風を切り裂き、刃の嵐となって魔物達を襲う。
小型の魔物であればそれだけで致命傷だが、中型以上の魔物となると生命力も跳ね上がり、一度で仕留めるのは難しい。
そして不死の怪物ともなれば、高速で飛び回る剣程度ではかすり傷程度しか負わせられない。
加えてその圧倒的な回復力の前では、多少の切り傷程度では即座に塞がってしまう。
だが、仕掛けもなく無限の治癒を可能にしているはずもない。
原理さえ分かれば、すぐにでもアステリオを仕留めることも可能なはずだ。
ただ、今はその仕掛けを見抜くことに魔力を消費することができなかった。
ここまでくるために使用した転移魔法の回数を考えると、ここにいる冒険者達を連れ出してアルレリアに戻るには、膨大な魔力が必要となる。
戦いに浪費してしまえば、その為の魔力が足りなくなってしまうのだ。
だが、目の前の怪物は手加減をして勝てる相手ではない。
徐々に焦燥感が込み上がり、冷静さを奪おうとしてくる。
そんな焦りを冷ますかのような、冷たい声が背中から響いてきた。
「なにをしてきたのかは、また後から聞かせてもらいますよ、お兄さん」
これが響くと同時に、弦を弾く音が耳に届く。
するとダンジョンの暗闇を、星明りの如き光が駆け抜けた。
いくつもの光の束は魔物達を射抜くと、そのまま霧散させてしまう。
死体すら残らないということは、核となる魔石を砕いたということに他ならない。
それも、十数体の魔物を同時に。
恐るべき精度と威力だった。
「す、すごいな。魔物の弱点を、全て把握してる……のか?」
「あれ、言ってませんでしたっけ。眼が良いんですよ、私。それも、自分でも驚くぐらいに」
そういうルルフェンの右目には、白い炎にも似た揺らぎが灯っていた。
先程のなにをしてきたのか、という問いを聞くに、今の状況はルルフェン自身も理解が追い付いていないのだろう。
いや、正確には覚えていないというべきか。
自分自身でさえも気付かなかった能力が唐突に開花したように感じているのかもしれない。
そうなった理由を考えた時に思いつくのは、ひとつだけだ。
「そうか。ロロファスの幻術が……。」
「幻術、ですか?」
「いや、こっちの話だ。詳しくは色々と終わってから話す。だからその前に……。」
「えぇ、そうですね。色々と終わらせるには、まずアステリオをどうにかしないとです」
ルルフェンが持っているのは、相手の弱点や特性を見抜くことのできるジョブなのだろう。
そう考えると、幻術師であるロロファスが真っ先にそのジョブを無効化するのは当然だった。
自分が姉だとルルフェンに認識させなかったのも、下手に接触回数が増えてしまえばジョブの能力によって看破されてしまう可能性が増えるからだ。
再び弓に矢をつがえるルルフェンは、ゆっくりと弦を引きながら、呟いた。
「魔石の位置が判明しました。どうやらアステリオは、魔石の数がひとつじゃないみたいですね」
「この馬鹿げた治癒力はそのせいか。完全に仕留めきるなら、同時に破壊するべきだが……。」
「お兄さんはアステリオの胸を狙ってください。あとは私が壊します」
「任された」
自信に満ち溢れたルルフェンの発言に、思わぬ笑みが零れる。
ルルフェンという少女を、俺は深くは知らない。
ただ自信家であり、そして自分の可能性を信じて疑わないということだけは知っている。
それは幻術が解けた今であっても変わらないということに、少しばかりの安心を感じていた。
一対の剣を手元に戻し、そしてその切っ先をアステリオへと向けた、その時。
「お兄さん!」
その声は、聞いたことの無い焦りが混じっていた。
振り返れば、ルルフェンはなにかを言いかけていたのだろうか。
開いた口から八重歯が覗いていたが、そこから言葉が放たれることはなかった。
「どうした」
「……いえ、なんでもありません。無理だけはしないでくださいね」
逡巡。
その間にルルフェンが何を思ったのか、推し量ることは出来ない。
ただその言葉を投げかけたかった相手は、俺の他にもいたに違いない。
だからこそルルフェンの前で、二度もそんな悲劇を起こすつもりは、毛頭ない。
雄叫びを上げて迫りくる伝説の怪物を前に、不思議とそんな自信が沸き上がってくるのだった。
◆
「ヴモォォォォオオオオッ!!」
大気を震わせる咆哮と共に、アステリオが肉薄する。
その視線は、まっすぐに俺へと向けられている。
一度は腕を切り落としたのだ。
我を忘れる程の怒りを抱いていてもおかしくはない。
その証拠に、アステリオは自分の周りにいた小型の魔物さえも踏みつぶし、そしてその剛腕で地面を薙ぎ払っていた。
周囲にはバラバラの肉塊となった魔物達が飛散し、生き残っている魔物達も怯えた様に後ずさる。
だがそんな光景を、俺はアステリオの後ろから眺めていた。
直線的な攻撃であれば、転移魔法を使えば当たることはまずない。
加えて転移の距離が短ければ、消費する魔力も少なくて済む。
目の前にいる相手の死角へ飛ぶ程度なら、殆ど魔力は消費しない。
だが問題は、どうやって胸にある魔石を破壊するかだ。
いくら攻撃を避けれたとしても、転移魔法を使った攻撃が通用しないのなら、俺の剣術ではかすり傷を与えることすら難しい。
となると、俺が取れる選択肢は多くは残っていない。
「共鳴転移!」
一対の剣が突き刺さったのは、荒れ狂うアステリオの踵だった。
魔物も生物である以上、構造上の弱点も、痛覚も存在する。
一瞬ふらつき、そして片膝を着く。
ただそれだけでは、アステリオの動きを封じるには至らない。
息を荒くしたアステリオは、そのまま俺へと視線を向けていた。
「お兄さん!」
悲鳴にも似た声が、暗い迷宮に反響する。
その理由は、膝を着いたままアステリオが自分の武器に手を伸ばしていたからだ。
がむしゃらに動いているように見せかけて、最初からそれが狙いだったのだろう。
柄を握りしめたアステリオは、躊躇なく力任せにそれを振るう。
しかし、見えている攻撃など、もはや脅威ではない。
「これで、終いだ」
見下ろすは、武器を振り払った態勢のまま硬直しているアステリオの姿だった。
再び武器と共に俺が消えたことを不思議に思っているのだろうか。
それとも驚愕のあまり、思考が停止しているのか。
いずれにしても、俺にとっては都合のいいことこの上ない。
俺では手に持つ事すらできない巨大すぎる武器が、その無防備な背中を貫いた。
巨大故の自重と、アステリオの振るった力が加わり、背中から飛び込んだ刀身は胸を貫通し、地面へと突き刺さる。
地面に縫い付けられる形となったアステリオだったが、自分の治癒力の高さゆえに傷口が瞬く間に塞がり、身動きが取れなくなっていた。
痛みか驚愕か。
大気を震わす咆哮の最中、その名前を叫ぶ。
「ルルフェン、頼む!」
俺が声を発する、その直前。
すでに一条の光の矢が放たれていた。
しかしそれはアステリオのすぐ横を通り過ぎて、ダンジョンの闇のなかへと消えていく。
訪れるのは、刹那の静寂。
「『流星の一撃(シューティング・スター)』」
囁くような声が、その沈黙を打ち破る。
ルルフェンの声に答えるように、ダンジョンの奥から夜明けのような光りの奔流が溢れ出した。
それと同時に、真下にいたアステリオに異変が現れる。
突き刺さった武器を抜こうと足掻いていたはずが、徐々にその力を失っていく。
そして最後には死体すら残らずに、迷宮の薄暗い闇の中に溶けて消えてしまった。
つまり、ダンジョンの奥にアステリオの核となる魔石が保管されていたのだろう。
それが不死身という伝説の正体だったというわけだ。
地面へ突き刺さった巨大な武器。
そしてその周辺に転がる、砕けた魔石とその破片。
アステリオが残したものは、たったそれだけだ。
不死身の怪物と呼ばれるには、余りに呆気ない最後ではあったが。
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