第133話

 見慣れた姿。

 見慣れた動き。

 何度も何度も、繰り返して見てきた。

 何度も何度も、それを模倣してきた。

 だからこそ理解できる。

 

「受けるな、ビャクヤ!」

 

 直感よりも確かな感覚に、声を上げていた。

 その一撃が生み出す結果を、鮮明に幻視する。

 ビャクヤは俺の声と共に攻撃を受け流す態勢から、一気に距離を取って回避行動へと移行する。

 

 そして、破壊が巻き起こる。

 男の斬撃によって、冒険者達が束になっても傷ひとつ付けることが叶わなかった壁が、簡単に切り裂かれていた。

 あまりの威力に、受け流そうとしていたらどうなっていたか想像するだけで肝が冷える。


 ただ辛うじて回避が間に合ったビャクヤを見届け、俺は目の前の相手に意識を向ける。

 呆然と立ちつくすロロファスの元へと、アリアの人形達が殺到する。

 だが、その結果は何度も見た物と変わらない。


「あぁもう! どいつが本物なのよ!?」


「落ち着け、アリア! 今は魔力を温存しておけ!」


 人形の攻撃を受けたその瞬間に影のように溶けて、再びロロファスは物陰から現れる。

 その特徴は、あの影の魔物と酷似している。 

 ほぼ間違いなく、このロロファスが今回の騒動の中心人物であることは確定した。

 

 ただ、となるとここにロロファス本人がいるのかさえも怪しい。

 俺達を相手にしているのは幻影だけで、本人は全く別の場所にいる可能性さえあるのだ。

 

 アリアもそこに気付いたのか、人形達も動きを止めた。

 気付けばビャクヤとディノンも、睨み合ったまま膠着状態に陥っている。


「やっぱり頼れるのは貴方だけね、ディノン」


 じっと立ち尽くすディノンに、ロロファスがしだれかかる。

 だが、ディノンはなんの反応も示さない。

 それどころか、今まで一度もその口を開いていない。

 もはやそれは、ただただロロファスに命令されるがままに剣を振るうだけの存在だった。


「ふざけるなよ。その自分の意思さえもってない人形が、ディノンなわけがないだろ」

 

「えぇ、ディノンになるはずだったのよ。彼の心をこの体に移し替えれば」


「心を、移し替える?」


「怪我をして落ち込んでいた彼を慰めるあの時間を、少しでも長く味わっていたいと思ったのが駄目だったのよね。驚かせてあげようと、秘密でこの体を作ったことも」


 理解できている事は限りなく少ない。

 それでもロロファスの行いが、到底人間に許される範囲の所業でない事だけは理解できた。

 人間の体を複製し、心を移し替える。

 その技術を使って、ロロファスは怪我を負ったディノンに新しい体を用意したのだろう。

 だが、この施設がそれを可能にしてしまうというのなら、目の前の存在は一体何者だというのか。

 心を自由に移し替える事ができるというのなら、このルルフェンに似た存在は、一体誰だというのか。


「お前もそうなのか、ロロファス。いや、お前はいったい、誰なんだ」


「私が誰だったか、なんてどうでもいい話でしょう!? だって名乗っても、貴方はわからないもの! それどころかルルフェンも、ディノンも、この世界の誰も、私のことなんて覚えていないわ!」


 絶叫にも似た声は、震えていた。

 その顔に満面の笑みを浮かべながら。


 液体の中で眠っている獣人の少女は、ルルフェンとロロファスに酷似している。

 つまり獣人の少女から作られた体に、別の人間の心が入っているということだ。

 別人になりたいと強く願った、全く関係のない別人が。


 混濁とした感情に顔を歪ませるロロファスと、安らかに眠るように目を閉じている獣人の少女。

 その二人が全く同じ顔だとは、とてもではないが思えなかった。


 ◆

 

「ならばお主は、なにが目的なのだ。無関係であるのなら、なぜそこまで二人に執着する」


 視線はディノンへと向けたまま、ビャクヤが疑問を投げかけた。

 確かにロロファスの狙いがいまいち理解できずにいた。


 冒険者達をこの施設に幽閉したこと。

 影の魔物を使って冒険者達に被害を出したこと。

 そしてディノンを複製し、別人の体に自分の心を移し替えたこと。

 それらの事実が点としては存在しているが、線として繋がらない。

 

 だがそのビャクヤの問い掛け自体が、ロロファスの琴線に触れたのか。

 目の前に立っているはずのロロファスの姿が、不安定に揺れ動く。


「貴女には分かりっこないわ、鬼のお嬢さん。その綺麗な顔に、綺麗な髪は、生まれながらのものなのでしょう? さぞ大切に育てられたのでしょうね。さぞ、可愛がられたのでしょうねぇ」


「我輩の一族は戦いに生き、そして戦いに死ぬ。お主の考えているような扱いなど、受けたことすらないな」


 絞り出すようなロロファスの呪詛を、ビャクヤは刹那の迷いすら見せずに切り捨てた。

 しかしロロファスの怨嗟は、堰を切ったかのように留まるところを知らない。

 

「与えられている時点で恵まれている、となぜ考えられないのかしらね。あのルルフェンもそうだったわ。アルレリアの生まれ変わりだなんて呼ばれて、村の宝だともてはやされていたわ。そしてあの子も、それを当然のように受け入れていたの。ディノンだって、あのルルフェンばかり気にかけて、私に向ける笑顔なんて愛想笑いだけだったのに」


「じゃあ、なに? 執着するのは、二人の美男美女ぶりを勝手に妬んだ結果だっていうわけ? 馬鹿じゃないの」

 

「その妬みで私は奇跡を起こしたの。だって、ルルフェンとそっくりでしょ。ここにいる彼女もきっと、アルレリアの子孫かなにかだと思うのよね。だから彼女をもうひとりつくって、そこに私の心を入れたの」


 誇らしげに語るその姿から感じるのは、純然たる狂気だ。

 そこにいるのは、別人になりたいと心から願い、それを実現してしまった人間の成れの果て。

 名前も素性も知らない獣人の少女を複製し、そこに自分の心を押し込めた、誰とも知らない人間だった。

 本当の自分さえも失ってなにを求めたというのか、思わず問いかけていた。

 

「ディノンによく似た意思を持たない人形と、ルルフェンに似た誰とも知らない人間の体。それを手に入れて、どうなるっていうんだ。なにを手に入れられる?」


「全てよ! このルーゼリアという小さな世界で、私は望む物を全て手に入れたの。そして今度は、私が気に入らないものを、全て消し去る。私とディノンのふたりで、一から全てを始めるためにね。その手始めに、捕まえていた魔物を解き放ちましょうか」


 ロロファスの一言で、全く持って馬鹿だと自覚する。

 転移魔法で収容できるのであれば、当然ながら転移魔法で別の場所へ移動させることもできるはずだ。

 そもそもあの部屋に出入口が存在していなかった時点で気付くべきだったのだ。

 

 竜討祭で魔物の数が異様に少なかったのは、ここに収容されていたからだとすれば、どれほどの数がここに押し込められているのか。

 それをアルレリアの中に転移でもさせられたら、瞬く間に街は地獄へと化すだろう。

 そしてルーゼリア最大の都市が落ちれば、その被害を抑える方法は無くなってしまう。

 唯一、この地方がロロファスの言う通り更地となるまでは。


「ここはお前の故郷なんだろ!? あの村さえ、消すっていうのか!?」


「あっはははは! 今の話を聞いていて、あの村がまだ残っていると思っているの? だとしたら、ディノンからは甘さだけを受け継いでいるのね」


 笑い声と共に現れたのは、あの村で見かけた住人の姿だった。

 住人の少ない、静かな村だと思っていたが、そもそもその認識が間違っていたのだ。

 あの村にいたのは、このロロファスが作り出した幻影そのもの。


 いや、村が実在するのかさえ今となっては定かではないのだ。

 全てが幻であるとすれば、俺はずっと騙されていた事となる。

 初めて会った、あの時から。


「そうか。ジョブそのものを、偽っていたのか」


「幻術師。それが私に与えられたジョブ。こんな薄気味悪いジョブなんて使いどころがないと思ったけれど、この体に入ってからはすっごく調子がいいの。あのふざけた村の全員を始末して幻術に置き換えることも、ディノンに私が仲のいい幼馴染だと認識させることも、ディノンが怪我した責任をルルフェンに押し付けることも、全部叶えてくれたわ。それに、私が望めば――」


 言って、小さくステップを踏むように、ロロファスは距離を取る。

 ほんのわずかな間、俺達はそのロロファスを直視していた。

 いや、してしまった。

 そして視界の端で蠢く、黒い存在に気が付く。


「こんな事もできるのよ?」


 ロロファスの合図と共に、部屋を埋め尽くすほどの影の魔物が姿を現した。

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