第132話
ダンジョン攻略の鉄則は、まず地図の空白を確実に埋めていくことだ。
レベルやジョブの能力に物を言わせて強引に踏破する方法もなくはないが、それはダンジョンに出現する魔物の傾向やレベル帯が事前に判明している場合に限る。
そのため、冒険者達は出口を見つける為に建物の調査に乗り出した。
決して広くはない回廊を進むため、連携になれたパーティ単位での行動にはなった。
だがお互いに危険な状況に陥ったら、あるいは出口を見つけたら、最初に閉じ込められていた部屋の前に戻ってくるという確約をしての調査となった。
俺達も三人で真白な回廊を、ただひたすらに歩いて調査を行っていくが、目新しい物は発見できずにいた。
特徴的なのは、冒険者達が捕まっていたものと同じ構造の部屋が、等間隔に作られているということだ。
ただ明白に違うのは、そこに閉じ込められているのが冒険者ではなく、別の生物であるということだろう。
歩きながら、ガラスの壁の向こう側に視線を送る。
「ここは馬のようだな。後から我輩達の馬も連れて帰るとしよう」
「こっちはゴブリンね。よくもまぁ、こんな悪趣味な……。」
調査する中で、真赤に染まった部屋をいくつも見つけている。
その理由は簡単で、縄張り意識の強い肉食獣や魔物が押し込められているからだ。
「転移魔法で生き物を収容する施設なのかもしれないな」
この惨状を見ると、収容した後になにをするのかは不明だが。
ただその用途がなんであれ、種族別に部屋を分けて転移させるというこの施設の技術力の高さには驚かされる。
施設自体の場所がどこかは不明だが、アルレリアの西側に展開した冒険者達が軒並み収容されている所を見るに、常識外れの有効範囲であることは間違いない。
転移魔法を使う者として、その範囲がどれだけ規格外なのかも十分に理解している。
誰がこの施設を作ったのかはわからない。
だが間違いなく、天才という言葉でさえ言い表せないほどの才能の持ち主だ。
俺の転移魔法に転用できる技術が見つかれば、大きな成長につながるだろう。
そんな事を考えていた矢先。
進んでいた方向とは逆側から、騒がしい足音が迫ってくることに築く。
何事かと振り返れば、最初に別れたはずの冒険者達が俺達を追いかけてきていた。
魔物でも出現したのかと思ったが、最初に口を開いたのは相手側だった。
「探したが出口なんざどこにもありゃしねえ! アンタの転移魔法でさっさと外へ飛ばしてくれよ!」
「慌てる気持ちはわかるが、余りそれはお勧めしないな」
「こっちはもう何日もメシを食ってねぇんだよ! この餓死しろってのか!?」
思い返せば、その冒険者達は西側で失踪した冒険者のパーティだった。
竜討祭の日程を考えれば、あの真っ白な部屋で数日間は閉じ込められていたことになる。
拠点を設営して早々に転移させられたとなれば、今の彼等の心情は十分に理解できた。
そこで、持ち歩いているポーチから非常用の食糧を取り出し、手渡す。
「今はそれで我慢してくれ。構造が分かっている建物ならまだしも、こういった未知の場所での転移は危険が伴う。壁や地面にめり込んで即死してもいいなら、転移させるが」
「そ、それは……。」
「一刻も早く外に出たいなら、出口の捜索に協力してくれ」
黙り込む冒険者達。
だが決して脅して言っている訳ではなかった。
転移魔法は発動してしまえば、強制的に転移させられてしまう。
たとえ転移先が地面であろうと壁であろうとだ。
ただ普通のダンジョンと比べて、この空間は余りに異質すぎる。
閉鎖的な空間に閉じ込められていた彼等の心が参ってしまうのも頷けた。
一刻も早く出口を見つけて外に出るべきだろう。
冒険者達は僅かな食糧を分け合って、再び俺達とは別の方向へと消えていった。
「ピリピリしてるわね。さすがに数日間も閉じ込められてたら、ああなるのかしら」
「我輩ならば一日で暴れまわっているであろうな」
「ならさっさと出口を見つけよう。ビャクヤが暴れだす前にな」
ダンジョンと比べても異様なほど清潔で明るい場所ではある。
しかしダンジョン以上に不気味でもある。
少なくとも長居をしたくない場所なのは確かだ。
出口を見つける為に探索を再開しようとして、そしてアリアの悲鳴が響いた。
「な、なに!? なんか勝手に扉が開いたんだけど!?」
悲鳴と共に聞こえてきたのは、空気の抜けるような音だった。
見れば、扉と思われる壁の一部が、滑るように横の壁の中へと吸い込まれていく。
魔道具の一種か、あるいはそういう魔法の類なのか。
警戒しながら扉の中の様子をうかがう。
見た限り、室外ではなさそうだった。
相変わらず真白な部屋に、眩しいほどの光源。
違うのはテーブルにいくつかの器具が並べられていることか。
それらがなにに使う物なのかは、不明だが。
「出口、ではなさそうだな。いったいどこにつながって――」
進めていた足が、止まる。
続けて背中に小さな衝撃を受ける。
背中に誰かが当たったのだろうが、それを確認する余裕すらなかった。
「どうしたのだ、ファルクス」
部屋の中央に設置されていたのは、巨大で透明な円柱。
その中は液体で満たされており、そして獣人の少女が眠るように浮かんでいた。
だが何より驚いたのは、その獣人の容姿だ。
目を見張るほどの美しさを持つその獣人は、ロロファスやルルフェンと瓜二つだった。
◆
「あら、ダメじゃない。あの部屋から出てきちゃ」
刹那の間、円柱の中央に浮かぶ少女が言葉を発したのかと錯覚する。
しかしそれが俺の思い違いだとすぐに理解した。
なぜなら円柱の後ろから、見知った人物が顔を見せたからだ。
「ロロファス?」
「なぜお主が、ここに」
その黒曜石のような髪と瞳は、見間違いようがない。
以前に見た冒険者用の装備を身に着け、腰には鞭が下げられている。
だがその身に纏う空気は、あのお人好しな姿からは想像もできない剣呑なものだった。
「やっぱり、君の転移魔法なら抜け出せてしまうのね。勉強になったわ」
「なッ!? じゃあアンタが私達をここに飛ばしたってわけ!?」
語られた言葉は、決して多くはない。
だがそれだけで、目の前の相手が友好的ではないことを察するには十分すぎた。
即座に剣を引き抜き、その切っ先を向ける。
しかしロロファスは意に介していない様子で、見覚えのある微笑みを浮かべた。
「そこから動かないでくれ。聞きたいことがある」
「ルルフェンの面倒は見てくれてる? あの子のことだから小生意気にひとりで竜討祭に挑んでいるのかしら。だとしたら心配ね。姉として、こんど直接小言を言いに行ってあげないと」
楽し気に語るその姿を前に、冷たいものが背中を流れる。
円柱を周りを歩き始めたロロファスには、まるで俺の声が聞こえていないかのようだ。
親し気に会話を交わしているようで、ロロファスはひとりで会話を続けている。
しかし、その歩みと言葉が、止まる。
「次は当てる。だから、動くな」
ロロファスの足元には、一本の剣。
俺の転移魔法での一撃は、流石に流せなかったのだろう。
鋭い金属音を響かせながら突き刺さった剣を見て、ロロファスは張り付いたような笑顔を向けてきた。
「強引ね。その剣で私を殺そうっていうのかしら」
「そうしたくはない。だからこの施設のことと、お前のことを教えてくれないか。ついでに、そこにいる獣人についてもな」
口ぶりから、この施設に偶然迷い込んだという訳ではないはずだ。
少なくとも冒険者達の失踪に関わっていることは確定している。
そしてその口調は、まるで今回の出来事が起こることを知っていたかのようでもあった。
だが詰問を受けているにもかかわらず、ロロファスの余裕は崩れない。
「実をいうと、ここがなんの施設なのかは私もわからないわ。けれどできる事は色々と知っているの。例えば生き物を転移魔法で捕まえることができること。そして――」
言葉を区切り、ゆっくりとロロファスは円柱に背中を預けた。
液体で満たされたその中で、眠るように浮かぶ獣人の少女。
そのふたりの姿が、重なる。
二人を見て似ているとは思っていた。
だが、もはや似ているというレベルをはるかに超えている。
あまりにも二人は、似すぎているのだ。
自分でも信じがたい嫌な予感は、ロロファスの言葉となって現実となった。
「――見ての通り、生き物を複製できる場所ね」
「複製、だと?」
とてもではないが、信じられるわけがなかった。
しかし、ロロファスが嘘を言っているようには見えない。
事実、目の前には全く同じ容姿をした人間が並んでいるのだから、否定しようがない。
ジョブという絶対的な価値観が人間社会の規範となり長い時間が流れた。
その歴史の中で、人間を複製するという考えがなかったわけではない。
強力なジョブや希少なジョブの持ち主が重宝される中で、そういったジョブの持ち主を複製できればどれほど有用かと考えてしまう者が出てきたのだ。
だが成功した例は存在しない。
できるのであれば、とうの昔に賢者、聖女や剣聖を複製して人間は世界の覇者となっている。
魔王の出現に合わせて生まれる勇者でさえも複製すれば、魔王の脅威など恐れる必要などなくなってしまう。
そうなっていないこと自体が、全ての答えとなっている。
だが、人間を複製する。
そんな事が万一にも出来るのであれば、それはもはや人間を作った者達の領域と言える。
信じがたいが、この施設は人間という種族そのものに干渉したヨミと同等の存在が作った施設とでもいうのか。
であれば、この余りに異質な雰囲気も納得はできる。
数秒の逡巡。
あまりの事実に気を取られてしまった。
だからこそ、円柱の影に潜んでいた人物に気付くことができなかった。
「信じられないかしら。なら見せてあげましょうか。ねぇ、ディノン」
その呼び声に、体が硬直する。
自分の鼓動が、五月蠅く感じる。
無意識のうちに一歩後ずさっていた。
生物の複製が可能なのであれば、確かにあり得ることではあった。
しかし、そんな事が許されるはずがない。
許していい、わけがない。
だがどれだけ否定しようと、眼前に現れた存在が消えるわけではなかった。
生き様に憧れ、理想を継ぎ、そして背中を追いかけた。
だからこそ、見間違えるはずがない。
見間違うことなど、できるはずがない。
眼前に現れた存在は、あの冒険者。
ディノンに、間違いなかった。
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