第130話

「お集まりいただきありがとうございます。現在、アルレリアの西側を担当していた冒険者との連絡が途絶している状況です。皆さんにはその冒険者達の調査をお願いしたく思います」


 ヘンリルの灰色の瞳が周囲を見渡し、小さく頭を下げる。

 隣にいる従者も主人に合わせて深く頭を下げていた。

 冒険者ギルドには、影の魔物と対峙した冒険者が中心に集められている。

 今回の失踪もあの魔物と関係があると睨んでのことだろう。

 ただ冒険者の中から疑念の声が上がった。


「割り当てられた地域を勝手に離れただけじゃないのか?」


「その可能性も考え、私兵をオーダス大橋へ向かわせています。この地を離れたのであれば橋の見張りが冒険者達を確認しているはずです。皆さんには万一に備えて、失踪したであろう現地での調査をお願いします」


 すでに調査に動いているというその手腕は流石としか言いようがない。

 もしかすると、影の魔物の目撃情報が最初に上がった時点から、不測の事態に備えて私兵を動かしていたのかもしれない。

 だが調査をするにあたって、不満を持つ者も当然いた。

 俺達のすぐ隣にいた冒険者が声を荒げる。 


「今後のことも考えて、竜討祭をいつまで中断するのか明言してほしいんだが」


「その場合、調査の期限を定めることとなってしまいますので。現状は皆さまの調査が無事に終わるまで、としか」


 期限が定まっていないのであれば、いつ竜討祭が再開されるかもわからない。

 調査が終わった直後に再開となれば、疲労の回復や物資の補給などが間に合わず、竜討祭には不利な状況で望まなくてはならなくなる。下手をすればビルバース家の圧力で、調査中に再開することも考えられた。

 声を上げた冒険者はそれを危惧しているのだろう。


 しかしヘンリルの言う通り、期限を定めることは失踪した者達が見つからなかった場合、その期間で失踪者の命を諦めることと同意義だ。

 確かに難しい問題だが、この状況では人命を尊重するヘンリルの意見に首を縦に振っている冒険者が多いように感じていた。


 とは言え、それらは全て順調に調査が進んだと仮定した場合の話だ。

 最大の障壁となっている、影の魔物についてはなにも言及されていない。


「今回のような魔物は今まで見たことも無ければ、情報すら聞いたこともない。冒険者ギルドは今回の魔物についてなにか情報を持っていないのか?」


「ギルドとしても今回の事態は初めてのことでして、総力を挙げて過去の記録を見返しています。なにかわかり次第、皆さんにお届けするよう手配しております」


 小さなどよめきが冒険者ギルドに渦巻く。

 俺の質問にギルドの職員は淡々とそれだけを答えたが、つまりなにもわかっていない、ということだ。 

 事前に警戒は出来るが、影の魔物と実際に戦闘になれば苦戦を強いられるのは目に見えている。

 下手をすれば二次被害を被る可能性もあるというのに、あまりにギルドの動きが緩慢だった。

 だがここで手をこまねいていれば、失踪した少なくない冒険者達の命に関わる。

 

「冒険者の方々がルーゼリア地方を離れた、あるいは失踪した冒険者達を連れ帰った場合は金銭的な報酬以外に、皆さんには竜討祭で有利になるよう私の方から工面しましょう。ですのでどうか、よろしくお願いします」


 立ち去る冒険者も少なからず存在した。

 そして残った冒険者達のなかでも空気が張り詰めている。

 えも言えぬ状況下で、調査隊の担当地域が割り当てられるが、地域を指定された冒険者達は早足にギルドから立ち去っていった。

 

 ◆


 俺達に割り当てられた調査地域は、広大とは言えないが決して狭くもない。

 少なくとも調査隊の人数で、竜討祭でその地域に割り当てられた冒険者達を探さなければならないのだ。

 日没になれば影の魔物の脅威が上がる事から、日が落ちるまでにどれだけの範囲を捜索できるかが、調査の肝となるだろう。


 ただその為の準備にも時間がかかる。

 俺達も直前まで、魔物討伐のために数日間野宿をしてきたのだ。

 そこで消費してしまった食糧などを調達する時間が惜しいと考えていたのだ。

 しかしその心配は杞憂で終わった。


「よし、こっちはそろそろ準備が終わりそうだ」


「こちらはいつでも出られるぞ」


「気前がいいわね。こんな色々と用意してくれてるなんて」


 アルレリアの商人達がせわしなくギルドの前を行き来し、必要な物資を積み上げていく。

 それらは全て、ヴィット・ヘンリルによる手配のものだった。

 調査に必要な物を用意して、それらを活用してくれという計らいだったが、正直に言えば非常にありがたかった。

 次々と出発していく冒険者達を尻目に、俺達も必要な物資を荷馬車へと積み込んでいく。

 そんな騒がしい中でもよく通る声が、背中から聞こえた。

 

「あれ、もう帰ってきていたんですね、お兄さん」


 荷物を抱えたまま振り返れば、弓を背中に背負った黒髪の獣人が、人混みを避けて近づいてきた。

 見た限り、大した怪我などもなさそうだった。


「無事だったか、ルルフェン。もう少ししたら確認しに行こうと思ってたんだ」


「いいんですか、そんなこと言って。私達はライバルなんですよ?」


「それは竜討祭の立場での話だろ。個人的には争う気なんてないからな」


 欲しいのはフォロボスの名前、そしてそれに付随する施設美術館への入場権だ。

 その点で言えばルルフェンとは競い合う仲ではあるものの、憎み合う必要も理由もない。

 予想外の返答だったのか、ルルフェンは呆れたように肩を竦めた。


「どう思おうと兄さんの勝手ですけど、うかうかしてるとフォロボスの名前は私が頂きますよ。こう見えても、冒険者としても優秀なんですよ、私」


「らしいな。見たところ、弓術士か?」


「竜討祭が終わるまでは秘密です。それで、そんな荷物を持ってどこへ行くんですか?」


 荷物が満載された荷馬車を見て、ルルフェンは小首をかしげる。

 今戻ってきたのであれば、事情を知らないのも無理はない。

 簡単に影の魔物とその被害。そして西側の冒険者が失踪したことを伝える。

 そしてギルドから正式な依頼として調査隊が結成されたことも。


「という訳で、その調査隊に志願したんだ」


「じゃあ竜討祭は諦めたってことですね。競合がいなくなるので、私としてはありがたいことですけど」


 冗談か本気か、わかりづらい表情でルルフェンがそんなことを言い放つ。

 それを聞いていたのだろう。

 荷物を積み終わっていたアリアが、荷台から身を乗り出して噛みく。


「なに勝手に諦めたことにしてるのよ。ヴィット・ヘンリルが竜討祭を数日間中止にすると宣言したから、その間に解決して戻ってくるわ」


「お主にも理由があるようだが、我輩達もフォロボスの称号が必要なのでな」


 ビャクヤも荷台から飛び降りて、ルルフェンと真正面から相対した。

 心なしか、ビャクヤもアリアも最初にルルフェンと会った時と比べてずいぶんと態度が軟化したように思える。

 ルルフェンの抱える問題の一端を、ロロファスから聞かされたからだろう。


 ただ急に対応が変化したことに困惑しているのは、ルルフェンの方だった。

 アリアとビャクヤを見比べた後、不思議そうに俺へを視線を向けた。 


「どうしたんですか? 前と雰囲気が違いませんか、なんだか」


「実は、お前が竜討祭に参加することになった理由を聞いたんだ。探るようなことをして、悪い」


「いえ、別に隠している訳じゃありませんから謝る必要はありません。私の方から目的も話してることですしね。ですが悪いと思ってるなら、私にフォロボスの名前を譲ってくれてもいいんですよ」


「残念だが、それはできない。フォロボスの名前が、大勢を救うために必要なんだ」


 正確にはその授与式に参加することが、だが。

 ヨミへの懸念を晴らし、そしてなんの迷いもなく有明の使徒として戦いに戻る。

 最初はそれだけのためにこの竜討祭に参加したはずだった。


 だが今は、ロロファスの頼みも背負っている。

 目の前のルルフェンのためにも。そしてディノンのためにも。

 フォロボスの名前をルルフェンに渡すわけにはいかなかった。

 

 ただ俺の言い方になにか思う所があったのか。

 ルルフェンは呆然としたまま、黒い瞳を見開いていた。

 今まで見たことの無い様子に、思わずこちらも言葉が詰まる。


「その言い方、まるであの人にそっくりですね」


「……ディノンか?」


「その名前まで調べたんですね。さっきも誰かに聞いたって言ってましたけど、誰からですか?」


 黒曜石の様な瞳が細められる。

 ルルフェンが気付いているかわからないが、口元には犬歯が覗いていた。

 流石に深入りし過ぎたかと、背中に冷たい汗が流れる。


「お前の姉に偶然会ってな。お前のことを酷く心配してる様子だったから、詳しく話を聞いたんだ。悪い」 


 相手の個人的な悩みや心情へ踏み込み過ぎれば、警戒されて当然だ。

 だからこそ、隠すことでもないため正直に答える。

 ロロファスからもルルフェンには話すなとは言われていないため、約束をたがえる事にはならないだろう。

 だが帰ってきたのは、あのセコイヤへ向けられたものと同じ、温度を感じさせない冷たい声音だった。


「笑えない冗談はよしてください。私に姉なんていませんから」


「お、おい。それはどういう――」


 その背中を、俺の声では止められなかった。

 ルルフェンは縫うように人混みの中を抜けていき、すぐにその姿を消してしまう。 

 追いかけて謝罪したい気持ちもあるが、今は時間が惜しい。

 失踪した冒険者の調査を優先すべきだと判断し、その感情を振り切った。


 持っていた荷物を荷馬車へと投げ入れ、そのまま御者席へと飛び乗る。

 一拍おいて、白い髪をはためかせてビャクヤが隣に飛び乗ってきた。

 その視線は消えたルルフェンを探しているようでもある。


「姉妹仲が悪いのやもしれぬな。その気持ちも、わからなくはないが」


「まぁ、見たところ姉妹で性格が全然違うみたいだし、仕方ないんじゃない? ミリクシリアとベルセリオみたいに姉妹の形だって色々あるでしょ」


 ふたりの言葉に少しばかり心が軽くなるが、それでも強烈な違和感がぬぐえなかった。

 付き合いは長くないが、ルルフェンは敵味方をはっきりと区別するタイプに見える。

 利用できる人物だと見れば取り入り、敵だと分かれば苛烈に拒絶する。

 ゴールド級冒険者だと見た俺と、強引に距離を詰めてくるセコイヤへの対応がまさしくそれだ。 


 だが今の様子を見ていると、姉という言葉を聞いた途端に、俺への認識は敵側にかわったように思える。

 その理由を、姉妹仲が悪いからという一言で片づけていいのか。

 答えを得ようにも、すでにルルフェンは姿を消している。

 そしてロロファスのいる村へ今から向かうことは不可能だ。


 なにか致命的な間違いを犯したような感覚を抱きながら、荷馬車の手綱を握りしめるのだった。

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