第127話

 ひとだかりを押しのけ、足取りのおぼつかない酔っ払いをやり過ごし、地面に転がっている冒険者を飛び越える。

 併設されている酒場には納まりきらず、冒険者ギルド側にまで酒の臭いと喧噪が押し寄せてきていた。

 この騒ぎもひとえに竜討祭が目前に迫ったことによる影響だろう。

 いくつかある窓口の中で開いている場所を探し、受付嬢へと要件を伝える。


「竜討祭への参加を頼みたいんだが」


「竜討祭への参加受付ですね、畏まりました。こちらへ必要事項をご記入ください」


 受付嬢がカウンターの下から取り出した用紙に目を通す。

 そこには依頼を受ける時と同じような注意事項が並んでいる。

 怪我の責任は冒険者側で持つこと。

 報酬は冒険者ギルド側から、討伐した魔物に応じて支払われること。

 優秀な成績を収めた冒険者には、なんとビルバース家から褒賞があることなどなど。

 そんな中でも気になるのはそこに付け加えられた一文。

 竜討祭に参加した後、期間中に無断で街を離れると今後の評価に響くらしい。


 かなり強気な条件ではある。

 だがギルド側がそれを条件として定めているのでは、冒険者としては従うほかない。

 必要事項に目を通した後、必要なサインを記入し、そして冒険者章と共に受付嬢へと渡す。

 その際に、それとなく聞き及んでいた情報を確かめる。

 

「噂で聞いたんだが、祭りの後にフォロボスの称号を継承する式典があるらしいな。それは誰でも参加できるのか?」


「ごめんなさい。式典に出席できるのは、優秀な成績を収めた冒険者だけなんです。ビルバース伯爵の私設美術館を貸していただくので、入場数を制限していて……。」


「まぁ、警備の面から見ても当然だよな。わかった、ありがとう」


 半信半疑だったが、どうやら情報は正しかったらしい。

 受付を済ませ冒険者章を受け取ると、そのままアリアとビャクヤの待つテーブルへと向かう。 


「どうだった?」


「竜討祭の詳細について言ってるなら、これに目を通してくれ。お目当ての物に関して言えば、ロロファスさんの言う通りだった」


 アリアに詳細の書かれた用紙を手渡し、椅子に腰を下ろす。

 初代フォロボスの出生地という村で、ロロファスから得た情報。

 それは、フォロボスの称号が継承される式典は、ビルバース家の私設美術館で執り行われる、というものだった。


 そこには成金貴族であるビルバースが収集している品々が収められており、歴史書もその品々と同じように保管されているらしい。

 これは現在のアルレリアの長である、ヴィット・ヘンリルが歴史書を寄贈した際に確認したらしい。

 つまり、フォロボスの称号を手に入れることができれば、おのずと歴史書のある建物に入ることができる。

 ロロファスはそう俺達に助言してくれたが、それはこのことだったのだろう。


「次期フォロボスの継承者になれば、おのずと機会が訪れる、か。我輩は構わぬぞ。このような祭りは久しいからな」


「となれば目指すは優勝……フォロボスの称号だけれど、意外とルールは単純ね。指定された地域で魔物を討伐して、魔石を持ち寄る。その総量で最初のポイントを決めるらしいわ」


「なら、大人数で参加する方が有利ってことか」


 純粋な魔物の討伐数による競争ならば、人海戦術を取れるパーティが有利なのは間違いない。

 最初のポイントというからには、これだけで竜討祭が終わるわけではないのだろう。

 優勝を考えるのであれば最初から他とは差を付けたいところだが、幸いにもこのパーティは対多数の戦闘を得意とするジョブの持ち主がいる。

 ビャクヤが隣に座っているアリアの腕を引き寄せ、肩を組む。


「ファルクスとアリアがいれば、数の不利などあってないようなものであろう」


「ま、数での戦いになれば有利なのは間違いないわね」


 俺の転移魔法も移動に適しているが、広範囲での戦いになれば人形遣いであるアリアの独壇場だ。

 他のジョブやパーティと比べても、俺達が優勢なのは間違いないだろう。

 楽観的な空気が広がっていたその場だったが、ビャクヤがじっと俺の隣へと視線を注いでいた。

 その視線の先を追うと、そこには黒髪の獣人の姿があった。

 ルルフェンは俺達の姿を発見すると、その黒髪を揺らしながら近づいてきた。


「けっきょく参加することにしたんですね。アレだけ私の誘いを断っていたくせに」


「考えが変わってな。今からでも俺達のパーティメンバーとして参加するか? 人数は多い方がいい」


 テーブルの上に置いた用紙を指で叩く。

 この竜討祭は――少なくとも今判明している限りでは――人数を集められた方が有利だ。

 人数が多すぎて不利になる、ということも考えにくい。

 お互いにメリットになるであろう提案だったが、ルルフェンはさも当然のように言い放った。


「その時はもちろん、私にフォロボスの名前を譲ってくれるんですよね」


「いや、その名前は俺がもらう。ちょっと必要になったんでな。だが俺がフォロボスになれば、お前にとっての最悪の状況は回避できるだろ」


 俺がフォロボスの名前を手に入れれば、少なくともルルフェンはセコイヤとの結婚は回避することができる。

 その最悪の事態を回避することができるわけだが、ルルフェンは寸分の迷いすら見せなかった。


「問題を先延ばしにする気はないので。私が求めているのは、フォロボスの名前そのものを消すことですから」


「できると思うのか? 新しいフォロボスになったからって、今までの歴史を消すことはできないんだぞ」


 揺るがない黒い瞳を見据えて、告げる。

 永久にフォロボスの名前を消し去る。それがルルフェンの望みではあるが、とても実現できるとは思えなかった。

 例えばルルフェンが名前の継承を辞退して、一時的にその英雄の名前に空席を作ることはできる。

 だが名前をなくすことはできない。たとえ何があろうとも、この街がフォロボスという名の英雄に救われたという事実がある限り、ルルフェンの望みが叶うことはない。

 

 ディノンがルーゼリアから立ち去る原因となったこと。

 フォロボスという名前に憧れなければ、ディノンが怪我を負わずに済んだこと。

 全ての元凶は、そのフォロボスという名前であることも、理解できる。

 だがそれらの元凶となった以前に、この土地が存続している理由でもあるのだ。


 フォロボスという名前が持つ意味と歴史。

 それらをどうやって消し去るというのか。

 純粋な疑問に対する答えは、予想の斜め上を行くものだった。


「その歴史が間違いだったと、気付かせればいいだけの話です」


「歴史を? いったい、なにをする気だ?」


 再びの問いに、答えはなかった。

 黒い髪が翻り、背中を向ける。


「このお話は、ここで終わりです。それではさようなら、お兄さん」


 返ってきたのは、別れの言葉のみ。

 結局、ルルフェンから組もうという話を持ち掛けられることなく、数日が過ぎていった。

 ルルフェンが誰かと組んだという話も聞かないことから、恐らくは一人で参加することを決めたのだろう。

 少々の不安と好奇心に胸を高鳴らせながら、迎える当日。 


 竜討祭の、幕が上がる。

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