第125話

 ここまで運んでくれた御者に謝礼と感謝の言葉を残して、荷馬車を飛び降りる。

 アルレリアから街道を外れた細い道を馬車で進むこと、約二日。

 なだらかな丘と、山脈の麓で広がる森。

 それらに寄り添うように作られた小さな村が、そこにはあった。

 先に馬車から降りていたビャクヤは周囲の雄大な景色を見渡しており、一方のアリアは腰を抑えながら大きく背伸びをしていた。


「ここのところ、馬車に揺られっぱなしで腰が痛いわね……。」


「悪いな。俺がセコイヤの機嫌を損ねたせいで」


「過ぎたことを責めても仕方あるまい。ギルドの助言通り、この村であれば当時の記録を持っているやもしれんのだからな」


 ビャクヤの言う通り、この村こそが俺達の頼みの綱でもあった。

 ビルバース家に最悪な印象を植え付けた俺とは違い、アリアとビャクヤが冒険者ギルドから有力な情報を手に入れていた。

 それは初代フォロボスの出生地と呼ばれる村が、今でも残っているという話だ。

 打てる手が少ない俺達は迷いなくその村へと足を向け、今に至る。


 だが目的の村は、予想とは少しかけ離れていた。

 人通りは皆無に等しく、聞こえてくるのは木々のざわめきと、風が揺らす草花の音だけだ。

 大英雄出生の地と伝わっているのであれば、この竜討祭に合わせて活気にあふれているかと思っていたのだ。

 その静かな様子から、今回の催しにはあまり関わりがないのだろうか。

  

 小さな違和感もありつつ、村の中の様子をうかがっても、やはりひとの影はない。

 やはり規模としてこの村は大きくはないが、それならば聞き込みに時間を取られずに済む。

 済むのだが、となると別の問題が浮上する。


「まずは聞き込みをしたいんだが……。」


「はいはい、私が声をかければいいんでしょ」


「助かる」

 

 静かな村に冒険者が押し入ってくれば当然ながら警戒される。

 一見、冒険者と盗賊は見分けがつかないことが多いからだ。

 だがアリアならばそう言った心配もない。

 俺達の前を歩くアリアは、小さくぼやきながら遠慮なしに村へと入っていく。


「まったく、私がいなくちゃなにもできないんだから」


 あまりに大人びているため忘れがちだが、アリアの見た目は十代になったばかりの少女のそれである。 

 頭髪が白黒になっている俺や、珍しい種族である鬼のビャクヤに比べれば、唐突に話しかけられても警戒心を抱かせないという点で言えば、俺達の中でも群を抜く。

 村の中へと入っていくアリアを見送ると、背中から足音が聞こえた。


「あら、珍しい。こんな村に冒険者だなんて」


 この村に来て初めて聞くひとの声に振り返れば、そこには皮の軽装で身を包んだ女性が立ち尽くしていた。

 装備の種類からして、冒険者か狩人であることは間違いない。

 腰には珍しい光沢を湛えた鞭が収められており、よく見れば装備にも使い込まれた痕跡が残っていた。


 だが特に目を引くのは、そういった装備ではなく、黒曜石のような黒髪と狼の耳だ。

 軽い危機感を覚えるその姿を見て、ビャクヤは俺と同じ名前を思い浮かべた様子だった。


「ルルフェン……ではないな」


「あの子の知り合いなのね。私は姉のロロファス、この村専属の冒険者よ。それで、こんな村にどんなご用かしら」


 まさかこんな場所でルルフェンの身内と会うとは。

 全く持って想定外の出来事だが、逆をいえば都合がいい。

 ルルフェンという共通の顔がいるのなら、少しは話しやすくなる。

 えも言えぬ緊張感に包まれながら、事情を説明する。


「俺はファルクス。こっちは仲間のビャクヤです。実は初代フォロボスについて調べているんですが、なにか当時の話や記録が残っていたりはしませんか?」


「まぁ、この村に来るってことは、そうよね。けど残念。彼が特別視されるようになったのは戦士として大成したからなの。フォロボス出生の地なんて言われてるけど、彼が大成する以前の記録はひとつも残っていないわ」


 その返事を聞いて、内心では小さく肩を落とす。

 期待していた応えではなく、これでまた振り出しにもどってしまったのだから。 

 ロロファスの反応からして、フォロボスの話を聞きにくる来訪者が多いのだろう。

 どこか言いなれた説明を聞いて、ビャクヤが小さく唸る。


「ふむ、となると当てが外れたか。済まぬな、手間を取らせて」


「いいえ、こちらこそお役に立てず申し訳ないわ。けどせめて、歓迎させてね。なにもないところだけれど、ようこそ」


 柔和な笑みを浮かべたロロファスは、弾かれたように村の方へと視線を向けた。

 その次の瞬間、連続した鐘の音が村の外まで響いてきた。

 先程までは物音さえ聞こえなかった村の中で慌ただしい声が上がり始める。


「……この鐘は?」


「また近くの森で魔物がでたみたい。これじゃあ一息つく暇もないわね……。」


 そういって小さくため息をつくロロファスの格好も、よく見れば少し汚れている。

 俺達に話しかける前まで、魔物の駆除をしていたのだろう。

 専属ということはそれだけこの村が冒険者を必要としている証左だ。

 森の方角をじっと見つめるロロファスを見て、ふと妙案を思いつく。


「俺はロロファスさんと魔物の討伐に向かう。ビャクヤはアリアと合流して、被害が出ないよう村を守ってくれ」


「いいの? 手伝ってくれるのなら、とても助かるけれど」


 俺も寒村の出身であるため、こういった村の事情は理解している。

 こういった小さな村は、それぞれが生き残るために相互協力が重要になってくる。

 その結果、村人同士の仲間意識が非常に強くなり、一方で外部の人間には中々心を開いてくれない。

 部外者である俺達が唐突にフォロボスの情報を聞き出そうとしても失敗するのは当然だ。 


 そんな時に効果的なのは、まずひとりを仲間につけることだ。

 あの冒険者が俺の村に来た時も、依頼を持ち掛けてきた村長と打ち解けたことで、村の一員として定着していった。

 本当に情報が残っていないかもしれないが、残っている可能性もあるのなら、あの時の再現をすべきだろう。


 そんな打算もありつつ、手伝わせて欲しいとルルフェンへと返事を返す。

 ビャクヤの方もなにかを察したのか、納得したようで首を縦に振った。


「承知した。くれぐれも無理はせぬよう、気を付けるのだぞ」


「あぁ、わかってる」


 ◆


 だがしかし、森へ向かって早々に自分の見通しの甘さを実感していた。

 破裂音が響き渡り、視界に入った魔物……ホブ・ゴブリンは成すすべなく消し飛んだ。

 仲間がやられたとて物量で押すのがゴブリン系の特徴だが、その戦術はまったくもって意味をなさない。


 幾重にも重なる破裂音と共に振りぬかれるのは、不可視の一撃。

 それも魔法やスキルではなく、純粋に速度が速過ぎて目で追えないのだ。

 木々の間を駆け抜けてきたホブ・ゴブリンの群れは瞬く間に地面の染みとなり果てた。


「これなら俺の手伝いは必要なかったですね」


「そんなことないわ。転移魔法で魔物を一か所に集めてくれたでしょ? とても助かったわ」


 確かに四方八方から攻めてくるホブ・ゴブリンを一か所に集めたが、今の腕前を見るにその必要があったのかさえ疑わしい。


「いえ、ロロファスさんの腕があってのことです。こんなに腕が経つとは思ってませんでした」


「そう言ってくれて嬉しいわ。私の《操鞭士》は少し威圧的みたいだから、褒められるのなんていつぶりかしら」


 朗らかに笑いながら、ロロファスは手元に鞭を引き戻した。

 一連の戦いの中でスキルを使った様子もないことから、高い技術とレベルを有しているのは間違いない。

 村の専属ということで冒険者章を付ける習慣がないのだろうが、実力を見ればシルバー級やゴールド級と言われても驚きはしない。 

 そこから繰り出される一撃は、確かに見る者に少なくない衝撃を与えることは事実だった。


「威圧的かは見る人によると思いますけど……珍しいジョブではありますね。確か、動物のテイムもできるんだとか」


「それも試してみたんだけど、なんでか動物達が懐いてくれないのよ。どうしてかしら」


「えぇっと、まぁ、なんででしょうね」


 獣人特有の犬歯を剥き出して笑うその姿が全てを物語っているが、黙っておく。

 ロロファスが持つ野生が、動物たちに逃亡という選択を迫っているのだろう。


 以前、ウィーヴィルで出会った操鞭士はテイムした動物に荷物を運ばせて、商人の真似事をしていたはずだ。

 そんな冒険者の姿とロロファスの戦う姿が、どうしても結びつかなかった。

 同じジョブでもここまで違いが出るとは驚きだ。


 物足りなそうに鞭を仕舞ったロロファスは、周囲を見渡して小さく頷いた。


「さて、今回はこんなものかしら。魔物の数も減ってきたし、一度村に戻りましょうか」


「そうですね。ですが念のためもう一度、高い場所から確認してみます」


 言うが早いか、高い木の上へと転移して周りを見渡す。

 ロロファスの言った通り、見えるかぎりには魔物の姿は確認できなかった。

 この森自体が魔物の湧きやすい条件が整っている場所なのか、それとも魔物が別の場所から流れてきているのかは定かではないが、ひとまずは一通りの討伐が済んだはずだ。

 再び地上へと転移して、ロロファスの元へと戻ろうとした時だった。

 

 大きく踏み込む音。

 小枝が折れる音が耳に入った。

 

 頭で考えるよりも先。

 反射的に用意してあった魔法を発動させる。

 瞬間、視界が一転する。 


 滅茶苦茶な場所へと転移した影響か、刹那の間だけ平衡感覚が失われる。

 だが遥か後方から破裂音が響いてきたことを考えると、判断が正しかったのだと確信する。

 どうにか着地して、足音の方向へと視線を向ける。

 当然ながらそこにいたのは、鞭を手にしたロロファスだった。


「さすがね。あれを避けるなんて」


「これは、どういうつもりですか」


 ゆっくりと、腰に下がった剣の柄を撫でる。

 先程の一撃は、冗談では済まされない威力を秘めていた。

 俺が転移に失敗、あるいは転移が間に合わなければ、大怪我を負っていたことは間違いない。

 冒険者同士の殺し合いはご法度だが、もしも相手がその気であれば無抵抗のまま殺される気はない。


 とは言え、疑問もある。

 ロロファスが俺の命を狙う利点がひとつもないということだ。

 強引に理由を考えるのであれば、村の依頼を独占したいがために俺達を消そうとした、ともとれる。

 だが俺達が村を訪れた理由がフォロボスの調査だと聞いたうえで、そこまでの危険を冒すだろうか。


 意図が読めない奇襲に対して警戒心を最大限まで高めていると、ロロファスはゆっくりと鞭を腰へと戻した。

 先程見せた刹那の殺気は鳴りを潜め、最初のたおやかな笑みが顔には浮かんでいる。


「ごめんなさいね。でも思わず実力を確認したくなってしまったの。あのひとが手紙に書いていた子が、ほんとうに冒険者になっていたと知って」


 語られたのは、酷く抽象的な理由だった。

 その話を最初の数舜は理解できなかったが、徐々に思い当たる名前が浮かび上がる。

 ロロファスに手紙を送っていた相手。

 俺が冒険者を目指していたことを知っている相手。

 それらが合致する人物は、ただひとりしかいない。


「もしかして、あの冒険者……ディノンを知っているんですか?」


 俺とアーシェが冒険者を志すことになった理由にして、その理想を体現した冒険者、ディノン。

 村を守るために壮絶な最後を遂げたが、彼が生前に手紙を送っていたとしてもなにも不思議ではない。

 警戒を解かずに反応を窺うも、ロロファスはすでに木に背中を預けて過去を懐かしんでいた。


「知っているもなにも、私と彼はこの村で一緒に育ったのよ。けどその様子だと私のことは、聞いていないみたいだけれど」


「残念ながら。昔のことは、あまり語ってくれませんでしたから」


「なら私も捨てたい過去のひとつになってしまったのかしら。まったく、酷いひとね」


 今にも泣きそうな声音で、ロロファスは笑った。

 ディノンは自分の過去や来歴を語ろうとはしなかった。

 その理由さえ教えてはくれず、そのまま永久に語られることはなかった。


 だがもしも、本当にロロファスがディノンと共に育った間柄だったとしたら。

 今の姿は痛々しく、とてもではないが芝居を演じているようには見えなかった。

 

「実力を確かめたかったと言っていましたけど、どういう意味ですか? もっと別のやり方があったと思いますが」


「こんな試すようなことして、ほんとうに申し訳なく思ってるわ。けれど貴方のようなひとにしか頼めないことがあるの。外から来た、実力のあるひとにしか託せないことが」


「頼む? いったい、なにを……。」


 問い掛けは、最後まで言い切ることができなかった。

 その前にロロファスは鞭を地面に落とし、そのまま深く腰を曲げる。

 予想だにしない行動に身構えるが、その必要がないとすぐに理解する。


「お願い。フォロボスの名前を受け継いで、ルルフェンを外の世界に連れ出してあげて。それが、ディノンの望みでもあると思うから」


 ロロファスの、懇願するような震えを帯びた湿った声は、森の中に消えていく。

 この姉妹の相反する目的を前に混乱したまま、俺はなにも返事を返すことができなかった。

 ただただ、森の冷たい空気が自分に冷静さを齎してくれるまでは。

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