第124話

 話に聞いていた催しが近いことが影響しているのだろうか。 

 目抜き通りに出た途端、道を行き来する冒険者やそれを相手にする商人達の声に包まれた。

 仲間を募集している冒険者の呼びかけや、値段交渉している冒険者とそれを相手にしている商人達。

 騒がしいが、どこか心地よいその独特な空気は、ウィーヴィルを思い出させる。


 特に冒険者ギルドに関しては、冒険者の数が増えている事もあってか想像以上の喧噪に満ちていた。

 酒場に窓口があるタイプではなく、酒場とギルドが併設されているおかげもあるのだれろう。

 地方独特な飾りつけと、酒に充てられた冒険者達が陽気に踊ったり、殴り合いをしたりと、それぞれ楽しんでいる様子だった。


 そんな冒険者達を尻目に、俺達は角の開いていたテーブルに腰を下ろす。

 隣にビャクヤ、目の前にはアリア。左前にはルルフェンが自然と同席している。

 喧噪の最中であっても、その声は耳へと滑り込んできた。


「アンタね、来て早々になにやってるわけ? フォロボスの調査するとか言ってた気がするけど」


「いや、落ち着いて話を聞いてくれ。実際にフォロボスの石像を見に行ったんだ。石碑の文章も読んできた。だから別にルルフェンには俺から話しかけたとかじゃなくてだな、どちらかと言えば巻き込まれたというか……。」


「落ち着いて聞いてもよくわからないんだけど、もしかして喧嘩売ってる?」


 カタカタと人形のように首をかしげるアリアの眼光は、いつになく剣呑だった。

 向こう側から見たら調査を押し付けて遊んでいたように見えるのだから、それも無理はない。

 だが俺達ほどの仲間であれば話し合いで誤解を解くことなど容易い。

 詳しく事情を説明しようとしたところで、ぽんと肩を叩かれた。

 見ればビャクヤが俺へと微笑を浮かべていた。


「まぁ落ち着くのだ、アリア。ファルクスも軽率だったとはいえ、そこまで責める必要はあるまい。我輩達にフォロボスの調査を押し付けておきながらナンパしていたことは、確かに頭にきたが」


「えっと、ビャクヤ?」


 少しばかり許していなさそうな雰囲気が滲み出ている。

 肩が今にも握りつぶされそうな力で掴まれているのも気のせいだろうか。

 咄嗟にルルフェンへと視線を向けて助けを求めるが、その瞬間。

 嫌な予感が俺の中を駆け巡った。

 そしてその予感は、無情にも的中した。


「それで、このおふたりは誰なんですか? 私にも紹介してくださいよ、お兄さん」


「へぇ、いい趣味してるじゃない。そんな願望があったなんて知らなかったわ。ねぇ、お兄さん」


 ◆


 食い散らかされた皿がテーブルの上に散乱し、そして今まさにもう一枚の皿が空となった。

 隣では無限に食事を書き込んでいるビャクヤと、正面では満足げに頷いているアリアの姿があった。

 俺の懐から幾ばくかの食費を提供することでどうにか事情を説明し、そしてようやく誤解は解けた、はずだ。


 そしてルルフェンの紹介も終わったところで、彼女の抱えている問題について話し合うこととなっていた。

 というのも、フォロボスという名前がセコイヤの口から出たことが気に掛かっていた。

 たしか、フォロボスという名前の継承、だったか。

 それらが行われる、この催しの名前こそが――


「竜討祭か」


「はい、そうです。ルーゼリア地方を上げてのお祭りなんです。といっても盛り上がってるのもこの地方だけなんですけど」


 なぜかアリアとビャクヤに紛れて料理を注文していたルルフェンは、肉料理をナイフで切り分けながら答えていた。

 ただその内容は、心なしか竜討祭に対していい印象を持っているようには聞こえなかった。

 地元の人々であっても、この祭りに関する評価は分かれているのだろうか。  


「さっき聞いた話だと、竜討祭とフォロボスになんらかの関係があるんだろ。さっきもセコイヤが名前を継承だなんだと言ってたはずだ」


「まさかセコイヤ・ビルバースと会ったの? 冒険者ギルドでフォロボスの事を聞いたら、その名前が真っ先に出てきたけど、どんな相手なの?」


「セコイヤを一言で言い表すのであれば、ゴミクズです。ビルバース家のことを言っているなら、この竜討祭を利用して一財を築き上げた、元商人の後進貴族です。元商人ということもあり街中では発言権が強くて、好き勝手に振る舞ってる、こちらもやはりクズですね」


「クズでも私達にとっては貴重な情報源なのよ。なんたって歴史書の収集をしてるんだから、今回の私達の目的にはビルバース家の協力は必要不可欠よ」


 アリアの反応を見て、思わず天を仰ぐ。

 やはりビルバース家が歴史書の収集を行っているという情報は正しかったのだ。

 あそこでルルフェンを助けたことを後悔はしていないが、もっとうまく立ち回れたのではないかと思わなくもない。

 これからはビルバースの手助けを受けずに、フォロボスの調査ができる方法を探すことになるだろう。  


「実をいうと、さっき話した追い返した相手っていうのがそのセコイヤなんだよ」


「は?」


「そうなんです。お兄さんが私への独占欲を剥き出しにして、言い寄ってきたセコイヤをボコボコにしたんです。ごめんなさい、私が魅力的すぎて」


「……いや、そういうのはもういいから」


 自信過剰なルルフェンを宥め、話しの先を促す。

 これ以上余計なことを口走らせる前にこの話し合いを終わらせることが最も被害を少なく抑える方法だと、今さらながらに気付いたのだ。


「そうですか? なら、簡単に言うと竜討祭はフォロボスを讃えるための催しなんですよ。実際には魔物の駆除が間に合わないこの時期に、ていのいい理由で冒険者を集める為に考案されたお祭りだったんですが。ただ田舎の寂れた街から参加者に贈呈できるものも無ければ支払う大金もない。そこでひねり出された苦肉の策が、優勝者にフォロボスという称号を与えることだったんです」


「気を悪くしないでほしいのだが、フォロボスという称号になにか意味はあるのか?」


 気付けばビャクヤも食事を終えていた。

 その表情は全く持って満足げではないが、それが食事が足りないことに起因しているのか、あるいは別の要因があるのかは聞かないでおいた。

 ただ冷静そのもののビャクヤの質問に対して、ルルフェンは酒場の飾りつけを指さして首を傾げた。


「あれ、竜討祭を全否定ですか? ごもっともですけどちょっとその発言は危ないかもですね」


「まぁ、貴族としての地位があるセコイヤ・ビルバースが執着していたところを見るに、確実にフォロボスの名前を手に入れることに利点はあるんだろうな」


「さすがはお兄さん。この街もフォロボスという称号に特別な意味を持たせるために、いろいろ努力してるみたいですよ。例えば雑貨店では値引きが適用されるとか、冒険者ギルド内では優先的に依頼を受けられるとか」


「英雄の称号にしては、なんか特典が地味ね」


 アリアはそんな事を真正面から言ってのける。

 ただ言葉にはしないが、内心では俺もアリアと同じ感想を抱いていた。

 増え過ぎた魔物の討伐に冒険者を招集し、それ自体を催しにするという考えは画期的であるとは思う。

 ただ冒険者がどれだけ参加するかは、その催しにどれだけの旨味があるかによる。


 魔物との戦いには命の危険が付きまとう。

 そのため報酬に不満がある場合は、冒険者側から依頼を蹴ることもままあるほどだ。

 この竜討祭も例にもれず、参加することで得られる金銭や景品がなければ冒険者達は見向きもしないだろう。

 

 だが周りを見渡してみても、相当な数の冒険者がこうしてアルレリアに集まっている。

 フォロボスという称号が持つ、なにかにつられて。

 今までの不遜な態度とは打って変わって、諦めきったような表情でルルフェンはそのなにかを語った。


「たぶんこの街の人達も同じことを思ったんでしょうね。なのでこの竜討祭を盛り上げるために、フォロボスの伝承からこんな一文を拾ってきたんです。ルーゼリア地方の至宝、アルレリアを守り通したフォロボスはその愛すべき者と結ばれた、という文言を」


「街を守って、恋人と結ばれた。別によく聞くおとぎ話や伝承だと思うが、それが竜討祭を盛り上げるのに役立つのか?」

 

「もちろん。この街がアルレリアと呼ばれるようになったのはフォロボスが街を救った後なんですよ。この意味、わかりますよね?」


 数秒の逡巡。

 そしてたどり着いた答えに思わず顔をしかめる。

 元々、アルレリアとは街の名前ではなくフォロボスが愛した相手の名前だったのだ。

 そしてフォロボスはその愛する者を守り抜き、結果的に街を救った。

 だからこそ、この街はフォロボスという英雄を讃え、救われる理由となったアルレリアという名前を冠することとなった。

 

 竜討祭は、過去のフォロボスの功績を讃えると共に、魔物を狩ることで過去の再現をも意識しているのは間違いない。

 ならばその英雄が街を救ったことで得られる報酬とはつまり、そういうことなのだろう。 


「まさか街を上げてそんなことをしてるなんてな」 


「下世話な話ですよね。フォロボスという英雄に見初められたら、それを断る事ができないんですから」


「はぁ!? ばっかじゃないの! それって見たこともない相手とか、下手すれば嫌いな相手と結婚させられるってことでしょ!」

 

 誰がそれを提案したのかは分からない。

 それを調べる術もなければ、そもそも調べるつもりもない。

 だが一つだけ分かるのは、その人物にとってフォロボスという名前は街を救った英雄の名ではなく、街に冒険者を集める為の餌でしかないということだ。


 だがそれを知りながらも、ここに残る者達もいるのだろう。

 優秀な冒険者は一度の依頼で一財産は稼いでおり、若くして引退しても裕福な暮らしを送れることが多い。

 そんな相手と結婚できるのであればと、望む人々がいたとしても何ら不思議ではない。


 しかし――


「ルルフェン、お前はなんで街から離れないんだ。冒険者なら拠点を移すこともできるだろ」


 どれだけ優秀な相手であろうとも、断るという人物も少なからず存在するはずだ。

 例えば、目の前のルルフェンのような毛嫌いしている相手がいる場合は、特に。


 セコイヤ・ビルバースは貴族としての財力を有し、街の至る所に顔と権力が効く。

 そんなセコイヤがフォロボスの名前を手にしてしまうことは、ルルフェンが自由を失うと同意義だ。

 貴族と血縁関係を結んだら最後、容易に家から抜ける事は出来なくなってしまう。


 比較的身軽な冒険者であり、その危険性があると分かっていながら、なぜこの街に残っているのか。

 ルルフェンは俺の問い掛けに、淡々と返事を返した。


「私にもこの街でやらなければならないことがあるので」


「毛嫌いしてる相手と結婚する可能性があるのにか? なんなんだ、それは」


 酒場に流れる陽気な音楽の中。

 ルルフェンは、冷たささえ感じさせる声音で呟いた。


「竜討祭でフォロボスの名前を手に入れて、永遠に消し去る。それが私の目的です」

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