第123話

 ビルバース。

 その名前は貴族を示すものだったと覚えているが、ルルフェンは躊躇なくそのビルバースに暴言を浴びせてみせた。

 会話からして旧知の中であることは確かだが、それでも彼女の放った一言は軽口というにはあまりに度が過ぎている。

 様子をうかがえば、ルルフェンはしっかりと俺の腕を抱きとめて離さない。

 一方のセコイアはといえば、なぜか高笑いを上げ始めた。


「ははは! 相変わらず口の聞き方を知らないようだな。だがそれもいい。いずれは俺の物になったとき、教育しがいがある」


「死んでも……いえ、死んだ後であっても、貴方のものになる気はありませんよ、ビルバース様」


「ならどうする? どれだけお前が優秀な冒険者だろうと、竜討祭の結果は決まったようなものだ。ビルバースの血筋に加えてフォロボスの名前が手に入れば、嫌でもお前を俺の物にできるぞ。なら最初からあきらめて俺のパーティに入るのが賢明だと思うがな。あの貧乏な村の事を考えれば、なおさらだ」


 断片的な情報しかないため全く話を理解できていない。

 そもそもフォロボスの名前が手に入るという意味が分からない。

 この街の大英雄の名前とは知っているが、その竜討祭とやらが関係しているのだろうか。

 ならなぜルルフェンをパーティに加える必要があるのか。


 なにも状況を理解できず、ただ話の行く末を棒立ちで見守る事しかできない俺だったが、唐突に腕を引っ張られてセコイアの前まで連れていかれる。

 二人の間に全く関係のない人間が目の前に現れたのだ。 

 目に見えてルルフェンから俺へと冒険者達の視線が移るのを感じていた。


 その視線が無言で訴えている。

 いったいお前は誰なんだと。


 ルルフェンの様子からして望まない勧誘に苦悩していることは想像できる。 

 ただその相手は、ルーゼリアの歴史書を収集しているというビルバース家である。

 当然、俺の知りたいフォロボスに関する情報を持っている可能性が高い。

 下手に荒波をたてて機嫌を損なうより、中途半端な対応になっても穏便にこの場を三方丸くおさめるべきではないか。

 そんな事を考えていたが、俺にそんな余裕は残されていなかった。


「ビルバース様は、ここにいる冒険者を誰かご存知ないようですね。まぁ、こんな地方で粋がっている田舎貴族の御子息では、知らなくとも無理はありませんが」


「そういうお前も、名前すら知らな――」


「良いから、あわせてください。噛みつきますよ」


 強烈な煽りをした手前、退くに引けないのだろう。

 小声で吠えて、ルルフェンは犬歯の覗かせる。

 ここでルルフェンのはしごを外せば、目覚めが悪くなることは目に見えていた。

 

 困っている少女と、それを強引に勧誘している貴族の冒険者。

 自分に利益をもたらしてくれるのは後者だが、助けるとなれば迷う必要すらない。

 ルルフェンを体の影に隠すよう半歩前へと歩み出て、セコイア達を睨み返す。


「冒険者のファルクス・ローレントだ」


「私、ここにいる彼と組むことになったので。残念ですが、お引き取りください」


 勝ち誇った様なルルフェンの微笑。

 それに比べて冒険者達の動揺は想像以上だった。 


「ファルクス・ローレント!?」


「あの、転移魔導士の……?」


 慌てふためく冒険者の姿に疑問を持ったのか。

 ルルフェンは小首をかしげてその姿を眺めていた。


 ただセコイヤに関しては、転移魔導士という単語を聞いて薄ら笑いを浮かべていた。

 その素振りは、すでに嫌というほどに受けてきた類のもの。

 俺を……転移魔導士というジョブを格下に見下している時のものだ。


「そうかそうか、どうやら詐欺師の手合いに引っかかってしまったようだな。よりにもよって転移魔導士などというカスを頼ってしまうとは、哀れな。だが安心しろ。この俺がフォロボスとなった暁には、お前を娶り籠の中で飼ってやる。その中でしか生きられないよう、一生な」


「セコイア様、あの冒険者は……。」


 取り巻きの一人が慌てて、セコイヤに耳打ちする。

 何かを聞かされたセコイヤはと言えば顔をしかめると、耳打ちしていた冒険者のひとりの胸倉をつかみ上げた。


「二つ名持ちの、ゴールド級冒険者だと? 父上はとんだ無能を雇ったみたいだな。そんなすぐに嘘だと分かるデタラメに踊らされるとは。お前はもういい、クビだ」


 これは最近知ったことだが、エルグランドでの復興期間中に、ウィーヴィルでの出来事が噂話として冒険者の中で広まっているらしい。この名前を聞くたびに耳の速い冒険者達が怪奇の眼で俺を見てくることが多くなっていた。

 ただ冒険者といっても殆どがその話を尾びれ背びれの付いた作り話だと思っているようで、ごく稀に俺の名前を聞いて突っかかってくる輩も増えている。

 どちらかと言えば厄介ごとを引き寄せることになるため、自分から名前を名乗ることは避けたかったのだが、この場合は致し方ないだろう。

 身内で言い争っている冒険者達を尻目に、ルルフェンが俺の肩を叩いた。 


「セコイヤの取り巻きが言ってたこと、本当なの?」


「結果的にはそうなってる。冒険者としての活動は、ほとんどしてないけどな」


 小声でルルフェンに返す。

 実際、俺が冒険者としてかかわったのはウィーヴィルでの一件と、カセンでのゴタゴタだけだ。

 未だにゴールド級冒険者という肩書が相応しいかは、甚だ疑問ではある。

 見れば仲間だった冒険者を殴り倒したセコイヤは取り繕うように身なりを整えていた。

 

「丁度いい。竜討祭の前にひとつばかり功績を積んでおくか。階級を詐称するばかりか、二つ名持ちなどという虚偽を吹聴したことでギルドを冒涜した、愚かしい冒険者をこの手で処刑したとな」


「流石に冒険者ギルドも殺人は容認しないんじゃないか?」


「この街でビルバースに逆らえる者など、存在しない。貴様の様な木っ端冒険者など、存在ごと消すことさえ酷く容易い」


 閑静な街の一角には似つかわしくない、鋭い金属音が鳴り響く。

 セコイヤの腰から抜き放たれた剣は様々な装飾と魔法文字での強化も施されている。

 流石は貴族と言った所か。華美な見た目であると同時に、非常に上質な刀剣であることが見て取れた。

 ただセコイヤの威勢とは裏腹に、取り巻き達は酷く及び腰だった。


「ほ、ほんとにやるんですか、セコイア様」


「それでもこのセコイヤ・ビルバースの配下か? ゴールド級の転移魔導士など存在するはずがないだろう! それか仲間を金で雇った実力に見合わない階級保持者に違いない。真に優れた才能を有するこの俺とは、存在そのものの格が違う! それを見せつけてやれ!」


 それだけ啖呵を切っておきながら、結局は他人任せか。

 だがそれがセコイヤの戦い方なのだろう。

 剣の切っ先を俺へと向けた瞬間、冒険者達は各々武器に手をかけて行動を始めていた。

 

 身のこなしから相当に腕の立つ冒険者であることはわかる。

 重装備の大柄な冒険者が俺の視界を視界を遮り、遊撃に適した武器の冒険者達が死角へと回り込む。

 雇われの身であったとしても、その立ち回りはセオリーを踏襲した手堅いものになっていた。


 ただ、この状況を打開するために武器を抜けば、それこそ喧嘩では済まなくなる。

 さすがに街の有力者、それも貴族相手にそこまでする気はさらさらない。

 大事にすることなく、この戦いを終わらせるには――


「共鳴転移!」


 ――武器を奪い去るのが、手っ取り早い。

 石畳を打ち砕く破壊音と共に、無数の武器が地面へと突き刺さった。

 唐突に生えたように見える武器を前に、冒険者達は地面に転がるか、あるいは一瞬遅れて大きく後方へと回避していた。

 だが、ひとりだけ予想外の反応を示した人物がいた。

 セコイヤは驚きのあまり後方へと倒れ、小脇に抱えたヘルムがあたぬ方向へと転がっていく。

 並みの冒険者であれば、いまの魔法だけで全てを察することができるはずだ。 


「それ以上暴れられると、次は手元が狂うかもしれないな。例えば、その体の中に武器を転移させてしまう、とか」


 当然、そんなことするわけがないのだが。

 しかしそんな見え透いた脅し文句であっても、効果は絶大だった。

 取り巻きの冒険者達は武器を拾うことすらせず脱兎のごとく逃げ出し、俺達の前にはたったひとりだけが残された。

 立ち上がったセコイヤはおもむろに地面に突き刺さった剣を引き抜こうとして、そして結局引き抜けずに諦めていた。

 ばつが悪そうな表情のセコイヤから、怨嗟に満ちた声が漏れだすように聞こえてきた。


「この俺をここまでコケにして、タダで済むと思うな。ルルフェン、ファルクス・ローレント」


 ◆

 

 恨みの言葉だけを残して、セコイヤは消えていった。

 後に残ったのは地面に突き刺さった戦闘の痕跡と、正体不明の獣人の少女だけだ。

 そこでようやく、がっちりと捕らえられていた腕が解放される。

 見れば先程までの誰それ構わず噛みつきそうなルルフェンの雰囲気も引っ込んでいた。


「やっと邪魔者が消えましたね、お兄さん。それでは早速、冒険者ギルドへいってパーティを組みましょうか」


 さも当然のように笑顔を向けてくるが、それに流されるほど愚かな人間ではない。


「組むわけないだろ。まずは説明が先だ。こっちは何に巻き込まれたのかさえわかってないんだからな」


「そんな固いこと言わないでくださいよ。こんな可愛い冒険者と組めるなんて役得だと思いますけど、なにが不満なんですか? いつもなら頼まれたって組まないんですよ、私」


「とんでもない自信だな。その調子なら俺の助けも必要なかったんじゃないか」

 

 そもそもルルフェンがなぜセコイヤに言い寄られていたのかさえ分かっていない。

 パーティに加入させたいということはわかるが、貴族の財力をしてみれば優秀な冒険者を雇うことは容易いはずだ。

 だというのにこのルルフェンに固執する理由がなにかあるのだろうが、そもそもわからない情報が多すぎる。

 手助けをするにしても、まずはルルフェンが置かれている状況を把握してからだ。

 それも、あまり深くかかわらない程度に。


 幸運なことに、こういう手合いの話はアーシェから聞かされているのだ。

 自分の方から積極的に距離を詰めてくる女の子には必ず裏があるから用心しろと。

 そんなありがたい教えに従い、ルルフェンから一歩二歩距離を取る。

 

「見てもらえれば分かると思いますけど、私ってこの街だと人気者なんですよね。なので――」


 しかし狼の眼光を宿したその少女は、遠ざかった分だけ距離を詰めてきた。

 そして瞬きの間に艶やかな黒髪が舞い踊り、胸に微かな衝撃を受ける。

 視線を落とせば、すっぽりと俺の胸の中にルルフェンが収まっていた。


「私と一緒に歩いてる所を他の冒険者達に見せつけてあげましょうよ。きっと優越感に浸れると思いますよ」


「お、おい!」


 その身のこなしはまるで野生の動物を想起させた。

 ルルフェンの流れるような動作により、再び懐への進入を許した俺はとっさに突き放そうとする。 

 ただルルフェンは獣人かつ冒険者だ。

 華奢な体つきからは想像もできない腕力に苦戦していると、聞きなれた声が俺の名前を呼んだ。

 

「ファルクス?」


 はっと顔を上げて、そして振り返る。

 セコイヤ達が現れた道から現れたのは、冒険者ギルドへ向かったアリアと、目じりを下げたビャクヤである。

 ふたりは俺と、俺の腕の中にいるルルフェンを見比べて、そして無言を貫いていた。

 その無言の意味を理解した俺は、咄嗟に両手を差し出し、けっして自分の意志でルルフェンを抱きとめているわけではないことを証明する。

 

「待て、まずは話を聞いてくれ」


「えぇ、聞かせなさい。こっちが納得する話をね」


 アリアは威圧的な笑みを浮かべ、親指で後方にある冒険者ギルドの方向を指さすのだった。

 弁解の余地はある。このルルフェンが適当なことを言わなければ。

 結局、俺達は四人で冒険者ギルドへと向かうのだった。


 当然、その道中は全員が無言ではあったが。

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