第116話

 エルグランドの今後を左右する重大な話し合いは、ひと悶着あったとは思えないほど粛々と進んでいた。

 予想とは裏腹に、貴族や商人達はもの静かにミリクシリアの話に耳を傾けている。

 話を遮ったり、粗を探して笑ったりとすることは、意外と少ない。

 ウィーヴィルの貴族街を知る人間としては、これは少しばかり意外でもあった。


 俺の中では、貴族という人種は傲慢で平民を常に見下しているものだとばかり思いこんでいた。

 また名誉貴族としての階級を金で買っている豪商たちも、ソレと近しいイメージを抱いていた。

 だからこそ、話し合いが始まればミリクシリアを見下し、まともな話し合いが行われないのではないかと危惧していたのだ。

 だがそれは、俺の勝手な偏見だったとすぐに証明された。


「もしも支援を受けたとして、復興まではどれほどの時間が必要だとお考えですかな」


「冬が明ける頃には、街として最低限の機能を取り戻す予定です」


「この状況下での治安悪化は避けられないかと思われますが、なにか対策は?」


「現在は元騎士達で結成された自警団が見回りをおこなっていますが、準備が整い次第正式に治安維持組織を設立する予定です」


「権力が集中すれば以前の二の舞いになる恐れがある。民に支持を仰ぐべきであろう」


「もちろんです。最低限の衣食住を確保した後に、エルグランドに残っている住人による投票を実施予定です。正式に私への支持が集まり次第、治安維持組織を設立。組織の構成員も、住人の声を出来るだけ反映した人選を行います」


 集まった人々はミリクシリアの話を聞き終えた上で、静かに疑問を問い返す。

 それらはミリクシリアの提案や指針を否定するものではなく、より詳しい情報を引き出そうとするものばかりだった。 

 そしてミリクシリアから返答を受けた後は、短くない時間を熟考に費やす。

 全くもって領分が違うが、思案にふける姿からはどこか高級の魔導士に似た空気を感じていた。

 

 私見になるが、貴族や豪商といった人々は自分の意見を押し通すのではなく、相手の意見や行動に利益を見出す嗅覚が鋭い人種なのだろう。

 相手の話にどれだけ自分の利を見出すことができるかを常に考えて立ち回る。

 つまり、自分達に得があれば心強い味方になってくれるはずだ。

 復興の兆しが見えてきた。それも明るい兆しが。


 だが、粛々と進んでいた話し合いに水を差す者がいた。

 ミリクシリアに執着していた、件の貴族の青年だ。

 彼はテーブルに足を投げ出し、そのまま葉巻に火をつける。

 用意されていた食器とティーカップが暴れ、何人かが露骨に眉を顰めるが、それを気にした様子は一切ない。

 

「異種族と人間の調和だ共存だという話は、まったくもって興味はない。こんな場所まで来てやったのは、エルグランドが今までと同じように魔族の侵攻を食い止められるか、という一点を聞くためだ。そこんところは、どうなんだ?」


 物言いは酷く乱暴だが、それはここにいる誰もが疑問に思っていたことに違いない。

 その証拠に席についている人々の殆どが、ミリクシリアへと注目を向けていた。

 エルグランドは内陸への魔王軍の侵攻を食い止める、奇跡の街として知られていた。

 その役割を果たせるかどうかは、避けては通れない議題でもあった。

 逡巡の末に、ミリクシリアは慎重に言葉を選びながら口を開いた。


「……その確約は出来かねます。元騎士達の多くは先の戦いで負傷しており、教皇ベセウスの裏切りが明るみになった今、街を離れる者達も多くいます。再び以前と同じ規模での侵攻があった場合、魔族を抑えきれる見込みは薄いでしょう」


「それなら話はここで終わりだな。我がニズヴァール家はエルグランドの復興に銅貨一枚たりとも金を払うつもりはない」


 断言した青年は、不機嫌そうにティーカップへ葉巻を投げ入れる。

 恐らくニズヴァールという名前は相当な意味合いを持っているのだろう。

 青年の意見を聞いて、周囲の貴族や商人達も色めきだつ。


 貴族として格が高いのか、それとも別の意味で有名なのか。

 その判断は付かないが、少なくともニズヴァール家が支援しないという宣言は、場の流れを悪い方向へと傾かせるだけの力があるようだった。


 毅然とした様子のミリクシリアも、心なしか視線が下がっているように見える。 

 どうにか場の流れを変えることができないかと考えていると、よく通る声が俺の名前を呼んだ。


「冒険者ギルドとしては、どうしましょうか。参考までに意見を聞かせていただけませんか? ファルクス・ローレント」


 弾かれる様に顔を向ければ、すまし顔のイリスンがまっすぐこちらに視線を向けていた。

 当然ながら、この状況でふざけている様子はない。そしてわざわざ俺の名前を出す意味も分からない。

 俺が反応するよりも先に、件の貴族の青年が不機嫌そうに声を上げた。


「……なぜ、その薄汚い冒険者風情がこの場に出席してるんだ? 貴様の様な実績も実力もない、粗暴なだけの冒険者がいていい場所じゃあない。即刻、立ち去れ」


「お言葉ですが、コモンズ・ニズヴァール様。彼は二つ名を所持する、ギルドきっての上級冒険者です。冒険者ギルド代理である私の助言役としてこの場に同席することをお許しください」


 再び小さなどよめきが、貴賓室に巻き起こる。

 確かに二つ名持ちの冒険者は珍しいが、なぜイリスンはなぜそこまで俺を持ち上げるのか。

 言ってしまえば、ここは高い地位についているか金を持っている人間がより強い発言権を持つ場だ。

 そんな場所で、一介の冒険者になにを求めているというのか。


 だが、イリスンがミリクシリアに視線を送ったことで、その意図を読み取ることができた。 

 エルグランドの復興に冒険者ギルドが関与するとなれば、当然ながら冒険者がこの街で仕事をすることになる。

 そこで二つ名持ちの冒険者としての知見から意見を聞く体で、ミリクシリアへの助け舟を出す手助けをしてくれているのだ。

  

 俺のような冒険者がなにか意見を述べたところで、大した影響力を生むことはない。

 だがしかし冒険者ギルドの代理が、二つ名持ちの冒険者から助言を受けて判断を下す、という手順を踏む事で俺個人の発言とは比較にならない影響力を持たせることができる。

 ここで場の流れを変えるだけの意見を出してミリクシリアを援護できれば、エルグランドへの支援を大きく増やすことさえできるのだ。

 

 イリスンが機転を利かせて作り出してくれたこのチャンスを、逃す訳にはいかない。

 今までにない程に頭を回転させ、それらしい意見を組み立て挙げる。

 後は出たとこ勝負だが……。


「復興支援には、賛成だ。オルトロールの魔王軍は撤退したが、依然として魔王軍の勢いは衰えていない。内陸側に魔王軍の侵入を許した土地の被害を考えれば、唯一魔族の侵攻を食い止めていたエルグランドの復興は早ければ早いほどいいだろう」


「こんな廃墟同然の街に支援した所で、復興までどれだけ時間がかかる? 加えて資金を回収できる見込みは皆無ときた。ならいっそ魔族に対抗できるだけの傭兵団でも雇った方が、よほど手早く安上がりにすむ。あぁ、貧乏人にはできない計算だったか?」


 予想通り、噛みついて来たのはコモンズと呼ばれた貴族の青年だ。

 もはや完全に復興支援をする気はなく、それどころか周囲にも支援しないよう圧力をかけているように見える。

 できることなら一蹴したいところだが、憎たらしいことにコモンズの意見には事実も含まれていた。

 とは言え、その主張もこちらの想定を越えることはなかった。


「貴族の判断基準はわからないが、冒険者の目線から見ればそうは思わない。エルグランドには先行投資と考えて支援するだけのメリットが多く存在する」


「そこの教皇殺しにどう誑し込まれたのか知らないが、いい加減に見ていられん見苦しさだな」


 一々口を挟むコモンズを無反応で受け流し、話を続ける。

 あくまで俺はイリスンに自分の考えを聞かせている、という体なのだから。


「エルグランドは長年閉鎖的な政策を取り続けてきた。その影響もあってこの土地には天然資源の殆どが手つかずで残っている。そして何より、エルグランドは元々農耕地帯だった過去もある」


「そうなのですか? ミリクシリア様」


「え、えぇ。たしかに魔族が攻め入る前は、山脈側からの水源で農耕都市として栄えていました」

 

 ミリクシリアの首肯を受けて、周囲に気付かれないよう胸をなでおろす。

 これはベセウス達との戦いが終わった後に知りえた情報だ。

 復興に際して詳しい地形が記されている地図を探していた時、当時の収穫量などが記載された古い資料を偶然にも目にしていたのだ。

 まさかこんな状況で役立つとは思ってもいなかったが。


「今は魔族が撤退し、魔都オルトロールまでの土地を奪還することさえ可能だろう。もしも冒険者ギルドだけが多額な支援をした場合、この街での市場だけでなく、この土地に眠る潜在的な資源の多くを手にすることができる。まぁ、その辺の細かい数字は、当事者同士で話し合ってもらうことになるが」


 復興の必要性。支援による利益。

 これらを出来るだけ全面的に押し出したが、まだ足りない。

 微かな手ごたえを感じてはいるが、席に座る面々はまだ決めかねている様子だ。

 短くない沈黙の後に、深い緋色の髪が特徴的な貴族が声を上げた。


「だがそれらは、魔族の侵攻を加味してない場合の想定だ。机上の空論ではないのかね」


「天然資源を回収するにはまず魔物の脅威を取り除かなければなりませんから、必然的に相当な数の冒険者がエルグランドに駐在することになります。魔族の侵攻が再び起こった場合、不足している戦力はその冒険者で補うことも可能です。そして市場が潤えば、魔族との戦いを生業にする傭兵などもおのずとエルグランドへと集うことになるでしょう」


 言い切った後、残ったのは重苦しい沈黙だけだった。

 ほぼ全員が、じっとなにかを考えたまま、口を閉ざしている。

 コモンズに至っては勝ち誇ったように肩を揺らしていた。


 ここで誰か支援に名乗り出てくれるのならまだいい。

 もしも俺が余計なことをしたせいで誰も支援してくれない、とでもなったらミリクシリアに顔向けできない。

 自然と鼓動が早まり、嫌な汗が噴き出す。

 

 まさか、誰も声を上げないということは、これで解散になるのでは……。

 そんな俺の心配を裏切るような明るい声が、静寂を打ち破った。

 声の主は、すぐ隣に座っていたイリスンである。

 

「冒険者ギルドは、ぜひとも全面的な復興支援と臨時窓口の設置をさせていただきます。これからよろしくお願いします、ミリクシリア様」


 不思議な事に、イリスンを皮切りに大勢の貴族や商人が支援に名乗り出た。

 だが考えてみれば当然の事だった。俺の話した内容は全て、冒険者ギルドの協力があって初めて成り立つものだ。

 黙り込んでいたのも、大前提となるギルドの判断を待っていたのだろう。

 つまり俺の意見は少しでもミリクシリアの助けになった訳だ。 


 それが分かった途端、押し寄せる安心と心労で軽いめまいを感じていた。

 こういった場面は慣れていないし、出来ることなら二度とごめんだ。

 突っ伏したテーブルの冷たさが少しばかり心地いい。

 

 ふと視線を向ければ、いつの間にかコモンズの姿はなくなっていた。

 色々と絡まれることも覚悟していたが、これは行幸。

 あの貴族がいなくとも、これだけの支援があればきっとエルグランドは瞬く間に復興するだろう。

 

 なによりミリクシリアなら、このエルグランドを素晴らしい街に生まれ変わらせることができるはずだ。

 聖女という肩書がなくとも、誰よりもエルグランドを思っている彼女であれば。

 涙を一杯に浮かべたミリクシリアを眺めながら、そんな事を考えるのだった。

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