第102話 剣聖視点

「それは、本気で言ってるの!?」


 抑えきれない驚きと怒りが、思わず口から飛び出していた。

 日が暮れた森林の中に声が響き渡り、エレノスが思わずと言った様子で肩をすくめる。


「静かに、声が大きい。もしナイトハルトに聞こえたら、そもそもこの旅の意味がなくなってしまう」


「その作戦が成功しても、同じことでしょ。勇者を……殺すなんて」


 その一言は、口に出すだけでも憚られる。

 実際に言葉にしただけで、気分が悪くなる。

 しかしエレノスいつもと同じ表情で、淡々とかぶりを振った。


「人聞きの悪い事を言わないでほしいな。僕はただ、魔将との戦いを勇者に一任すべきだと言ってるだけだよ」


「おなじことよ。いいえ、見殺しにする分だけ、質が悪いわ」


「おや、疑っているのかい? 勇者が悪を滅ぼすという伝説を。魔将程度を倒せないのであれば、魔王を倒すという目的も到底果たせないだろうね」


 邪悪を祓う勇者が魔王を打ち滅ぼし、世界に平和をもたらす。

 それは私達の旅路の根底に存在する大前提だった。

 いや、誰もが一度は読んだことがある御伽噺によって刷り込まれた、常識と言っていい。

 

 実際に勇者というジョブを有する人物――ナイトハルトが台頭するまで、それはただの英雄譚だと思われていた節もあった。しかし勇者と魔王が出そろった今、多くの人々は過去の勇者と同じ働きをナイトハルトに求めていた。

 伝説と同じように、勇者が邪悪を祓うその時を待ち望んでいる。

 

 しかし、その重すぎる期待に応えられないからこそ、私達はここまで追い詰められている。

 百年前の埃を被った伝説に頼るのは間違いで、現代の勇者という称号はただのまやかしに過ぎないのではないかと。

 ナイトハルトの行いを見れば信用が失墜するのも無理はない。


 そんな中、再び支持を得るには期待を抱かせるための、希望を抱かせるための戦果が必要だ。

 権力闘争以外の争いとは無縁だった王国が、強靭な魔族との戦争に打ち勝てるはずがない。

 無謀な方向へと国王が舵を切る前に、再び勇者はここにありと示さなければならないのだ。


 しかし、それには足りないものがあった。

 ナイトハルトが成長するための、時間だ。


「ナイトハルトには、まだ成長の余地があるわ。時間をかければいずれ――」


「時間をかければ? それは誰にでもいえることだ。僕達のジョブも時間をかければ遥かな高みに上り詰められる。数年、いや数十年の歳月を強さの探求に費やせばの話になるけどね。でも君も気付いているだろう? 今や時間は非常に貴重な資源だ」


「それは……。」


「エルグランドは辛うじて魔族を退けているが、他の抗戦地域の被害は甚大だ。じっくりと時間をかけて成長すれば、なんて甘えは人々が、国王が、なによりも世界が許してくれないだろう」


 エレノスの反論に、私は納得するほかなかった。

 魔将を倒し、勇者として戦えることを示す。

 それは確かに私達が活動を続けるために必要なことだ。そして周囲の人々を救うためにも。

 しかしそれ以上に、大陸の大部分が魔族の襲撃を受けていることを考えなければならなかった。

 

 残された時間は限られている。

 私達がパーティとして活動する目的はあくまで魔王を討ち、大陸を救う為だ。

 パーティの存続を優先させるがあまり、大陸に甚大な被害が出ては本末転倒と言えた。


「ならば猶更、ナイトハルト一人で戦わせるべきではないわ。確実に勝つためにも、四人で戦えばいいでしょ。人々の胸に希望を抱かせるためにも」


「違うよアーシェ。君は理解が早い方だと思っていたのだけれどね」


 周囲に視線を巡らせ、そしてエレノスは言った。


「はっきり言ってあの勇者は足手まといだ。ならばその使命を、君が受け継ぐべきだと僕は考えている」


 賢者エレノス。彼の言葉は私達を幾度となく危機から救ってきた。

 頭の回転もさることながら、その知性と豊富な知識によって導き出された解には、私達も絶対の信頼を置いている。

 だというのに、この瞬間。

 エレノスの口から出た言葉を、私は信じることができなかった。


「エレノス。貴方、いったい、なにを言ってるの?」


「簡単な話だよ。勇者がいなくなった後、君がこのパーティを率いて戦うんだ」


「できるわけがないわ。ティエレは教会に引き戻されるし、国からの支援もなくなる」


「いいや、できるさ。魔将との戦いで負傷した勇者は死を悟り、君に後を継いでほしいと遺言を残す。そして君は涙ながらに、勇者の託した思いと共に魔将イヴァンを打ち取る。ほら、簡単だろ?」


 酷く他人事のように、エレノスは答える。

 いや、彼にとってはすでに他人事なのだろう。


 勇者という『駒』はもはや使い物にならない。

 ならば新しい駒に挿げ替えてしまおうという彼の意思が透けて見えた。

 思わず怒りが口を突く。


「そんな見え透いた嘘をばら撒くというの?」


「真実か嘘かは重要じゃない。人々に希望を与え、勇者なしでも魔王を倒せると信じ込ませる事が重要なんだ」


「勇者なしでは魔王は倒せないわ。伝承にあるように」


 それは、酷く稚拙な反論だと、自分でも理解していた。 

 今やなんの根拠もない、ただの理想的観測だ。

 

 極力、疑いを持たないようにしていたのは事実だ。

 性格がどうであれ勇者の実力を疑わないよう、彼がいれば魔王を倒せると信じてきた。

 それが私達にとっての常識であり、パーティの存在理由だったからだ。

 しかし、冷静に考えれば、勇者という存在をそれほど信用することの意味を見出せなくなっていた。


「確かに勇者と言うジョブは、非常に強力だ。攻守にわたって幅広い魔法やスキルを扱える。パーティの中心に据えれば、完璧な布陣を敷くことも可能だ。僕の見立てでは、総合的な能力として最強のジョブと言っても過言じゃない」

 

 しかしと、矢継ぎ早にエレノスは続ける。


「それは、切れ味鋭い剣と同じだよ。相応しくない者が手にしてもその能力は半減する。今のナイトハルトが、まさにそれだろう。アーシェ、君は時間をかければナイトハルトは勇者に相応しい実力を手に入れると言ったね? でも僕はそうは思わない。あの男は勇者に相応しくない」

 

「私だって、勇者と呼ばれる資格なんてない」

 

 なぜナイトハルトが勇者と呼ばれるか。

 傍目に見ても性格破綻者である彼がなぜ勇者を名乗れるのか。

 それは彼が神々からその役目を与えられたからだ。


 逆を言えば勇者と名乗るには神々に認められる必要がある。

 私が授かったのは剣聖であり、勇者ではない。

 そんな迷いを見抜いたのか、エレノスはじっと私を見つめて、言った。


「勇者とはジョブや能力で与えられる称号ではないと、僕は考えている。その行動によって後に称される物であるべきだともね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る