第101話 剣聖視点
「くそ! 害虫並みにしぶとい連中だな、魔族ってのは」
そう言って魔族の死体を蹴りあげる勇者に、思わず眉をひそめる。
名だけであっても勇者と呼ばれる者のする行動ではない。
ただそんな振る舞いも今に始まったことではないと、苦言を呈する気も起きなくなっていた。
「動かないでください、勇者様。今、治療いたします」
ただ聖女ティエレは勇者の傷を癒すために駆け寄っていった。
今や組んだ当初と同じようにナイトハルトと接しているのは、彼女だけだろう。
ゆっくりと剣を腰に収めると、隣に傷ひとつないエレノスが隣に並ぶ。
「相変わらず、ボロボロね」
「そうかい? あの勇者様を思う存分好き勝手に戦わせるようになってから、僕達の怪我は少なくなったと思うけれど」
視線の先では、傷だらけのナイトハルトがティエレの治療を受けていた。
すでにパーティとしての連携を捨て、勇者を捨て駒のように戦わせている弊害だ。
それがエレノスの提唱した新しい戦い方だった。
結果、想像以上の戦果を出しているが、ナイトハルトの消耗具合は以前と比較にならない。
「ナイトハルトの怪我は一気に増えたわ。ティエレの魔力も無尽蔵ではないのだから、気を付けないと」
「それを言ってナイトハルトが聞くのなら、そもそもこんなに苦労はしていないよ」
諦めたように言い捨てて、エレノスは移動の準備を始める。
魔族の奇襲を受けたが、それはある意味で私達の目的地に近づいていることを示していた。
大きな戦果を得るためには、多少の魔族を倒すだけでは足りない。
王国や教会を納得させるためには、世界を安心させるためには、魔将の首が必要だった。
魔都オルトロールを拠点とする魔族の将、イヴァンの首が。
◆
「魔族の街にはまだ着かねぇのかよ!」
荒涼とした大地を進み続けること数日。
魔物の哨戒部隊と思われる部隊とは幾度かの戦闘を行ったが、未だ魔都へは辿り着いていない。
不自然に荒野を彷徨っていたため断定はできないが、楽観視もできない。
そのため移動を急いではいるが、目的地は未だ視界にすら入っていなかった。
徐々に軽くなっていく物資には、ナイトハルトでなくとも少なくない焦りを感じていた。
ただ後方を歩くエレノスは焦燥感を感じさせない、落ち着いた声音でナイトハルトをたしなめる。
「あのベルセリオの話が正しければそう遠くない内に見えてくるはずだよ」
「信用できんのかよ、あの女をよ」
「さぁね。でも今は彼女の言葉を信用するほかないんじゃないかな。なんの成果もなく引き返せば、それこそ僕達は終わりだ」
鋼の聖女に導かれるままに向かった先にいたのは、ミリクシリアに似た雰囲気を纏うベルセリオと呼ばれる女性だった。
彼女もまた隠れ里を守るために気を張り詰めており、話を付けるだけでも非常に苦労した。
ただベルセリオから手に入れた情報は、その苦労に見合うだけの物だったと断言できる。
その情報が、真実であればの話だが。
「進みましょう。今、私達にできるのは一刻も早く魔都へ辿り着くこと。それだけよ」
ふたりの間にある空気を振り払うように、前へと進み出る。
今や言い争いをしている時間など残されていない。
出来る限り前へ。一歩でも前へ。それだけを考えていた。
「剣聖アーシェの評価としてはどうだい? ベルセリオは信用できる相手かな」
「何とも言えないわ。評価できるほど彼女の事を知らないでしょ」
「でも体感でわかるはずだ。相手の仕草や口調からも推測できる」
食い下がるエレノスを横目に、ベルセリオの記憶を思い返す。
他人を寄せ付けない人物だったことは疑いようがない。
ただ冷酷な人物かと言われれば、そうではなかった気がする。
あの里にいた人々は私達を見て距離を取っていた。
しかしベルセリオが現れてからは、緊張が少しだけほどけたように見えたのだ。
つまりそれだけ里の人々に信頼を寄せられているのだとわかる。
事情があって逃げ延びた人々から信頼される。
それは並大抵の努力ではなしえないことだとは、この私でも理解できた。
ベルセリオに対する周囲の反応こそが、エレノスの疑問の答えとなる。
「私の見立てでは、ベルセリオは嘘をつくようなタイプではなかったわね。多分、魔都の情報も本物だと思うわ」
「それなら決まりだ。魔都へ着いたら、エルグランドとの戦いで気を取られているうちに僕達で魔将イヴァンの首を持ち帰るとしよう」
「ずいぶんと楽観的ね。なにか策でもあるのかしら」
「そうだね、僕の渾身の秘策がある。楽しみにしていてくれよ」
そういうと、エレノスは微笑を浮かべる。
だがその笑みがひどく冷たい物に見えたのは、気のせいだと思いたい。
心に引っかかる一抹の不安を振り払うように、魔都オルトロールの方角へと視線を向けた。
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