第95話

 日が傾き始め、山が燃える様な夕日に照らし出される。

 イグナスからの依頼をこなすために早朝から山林へ入ったが、一日と掛からず目標を討伐できたのは行幸と言えた。

 下手をすれば今日明日はかかると思っていたのだが、アリアの能力のお陰で予想以上に順調に依頼は完了した。

 そして魔物の討伐報告をするため、俺達は再び監視塔を訪れていた。 


「確かに、ダイヤ・ウルフとクロウ・ベアーの討伐は確認しました。 随分と手早い仕事ぶりですね。 期待以上です」


「俺達の本業は冒険者だからな。 それに今回はアリアの力が役に立った」


「まぁ私ほどの腕前になれば、これぐらい簡単よ」


「お主は冒険者ではないだろう」


 ベルセリオは、俺達が渡した袋を確認しながら感嘆の声を上げた。

 イグナスから聞いていた通り、ダイヤ・ウルフはこの里にとって相当な脅威だったのだろう。

 素直な賞賛を受けてアリアが自信気に胸を張るが、背後からビャクヤが冷静に言葉を返していた

 ただ、報告すべきことは依頼の成果だけではなかった。

 

「ベルセリオ。 少しいいか? 話しておきたいことがある」


 依頼の報告が終わり、再び監視塔の階段を登ろうとしていたベルセリオを呼び止める。

 俺の声音から何かを感じ取ったのか。

 怪訝な表情ながらベルセリオが戻ってくる。


「親睦を深める世間話、と言う訳ではなさそうですね。 聞きましょう」


「山林の中にあった痕跡の事だ」


 その話を出した瞬間。


「ちょっと待ちなさい! ビャクヤ、そのお馬鹿さんを連れてきて!」 


 焦燥と怒りが入り混じったアリアの声が、俺の言葉を遮った。

 そのままビャクヤに引っ張られて監視塔の隅まで連れていかれる。

 アリアはベルセリオから十分に距離ができたことを確認すると、俺を睨みつけた。

 その理由は、まぁ分からなくもない。  


「いい加減にして。 貴方、いったいどういうつもりなの?」


「ファルクス。 今回の事に関して言えば、我輩もアリアに賛成だ。 あの痕跡の事を話すのは、今でなければならぬのか?」


 珍しくも、ビャクヤまでもが非難の声を上げていた。

 ただそれはつまり、ふたりは俺にこう言っているのだ。


「俺に黙ってろと、そう言いたいわけか」


「別にずっと黙ってろとは言ってない。 ただ作戦が終わるまで待てないのかって話よ」


「あの痕跡の事を、超大型飛竜の存在をベルセリオに伝えれば、協力を得られなくなる可能性があるからだろ」


 当然のことだ。

 あくまでベルセリオが守りたいのはこの里であり、戦争よりも喫緊で脅威になり得る超大型飛竜の存在が確認されれば、そちらを警戒して里を空ける事を拒む可能性が高い。

 それが黒き聖女と呼ばれるベルセリオの根本的な行動指針だ。


 そして俺はそれを尊重するつもりでいた。

 たとえ今後の作戦に支障が出ようとも、人々を守るという彼女の行動を支持するのは当然だ。

 だが燃え上がるような怒りが、アリアの表情に広がった。


「貴方はなに? 有明の使徒でしょ。 なら黄昏の使徒の思惑を止めることを最優先に考えなさいよ!」


「違うな。 有明の使徒である以前に、俺はファルクス・フォーレントだ。 人々を守る。 この信念を曲げたことは、今まで一度たりともない」


 勘違いされているかもしれないが、ヨミには感謝している。

 パーティから追い出され絶望の淵にいた俺を、この力を授ける事で救ってくれた。

 そして何よりビャクヤやアリアと言った仲間と出会えたのも、結果的に言えばヨミのお陰と言えるだろう。

 だからこそ有明の使徒として、黄昏の使徒との戦いに身を投じている。


 だが、それとこれとは話が別だ。

 人々を救うという俺の掲げた夢に反することは、絶対にできない。

 その夢を叶えるために、俺はヨミと契約したのだから。

 いくら俺が有明の使徒であっても、ここで引き下がる気も毛頭なかった。

 

 そんな俺を睨みつけるアリアとは裏腹に、ビャクヤは冷静そのものだった。


「確かに、お主の矜持は美しい。 それは何物にも代えがたい、尊い夢だ。 だが、それならば猶更、戦を止めるべきではないか?」


「ビャクヤの言う通りよ。 人々を救うというのなら、まずは魔素をばら撒くのを阻止するべきでしょ。 二つの軍勢が使徒の支配下に置かれれば、その後に発生する犠牲は目も当てられない規模になるわ」


「ならこの里はどうする? ベルセリオがいない間に里に飛竜が現れれば、逃げる事すらできないはずだ」


「そんなの水掛け論でしょ! ならベルセリオがいなくて私達の作戦が失敗したらどうするの!? 飛竜に襲われなくても、村は使徒に操られた軍勢に滅ぼされるだけよ!」


 気付けば、俺は苦笑を浮かべていた。

 なぜならアリアの意見は全く持って正論だったからだ。

 そして俺の意見もまた、間違ったものではないと確信できる。

 いや、そもそもこの議論に答えなど存在しないのだろう。


 少数の安全を優先して、大勢の命運を危険にさらすか。

 それとも目の前の危険に目をつぶって、大勢を救うか。

 俺達が決断するのはおこがましいほどに、重大な二択だ。


 そもそも数日の内に大型飛竜が里を襲うという可能性は限りなくゼロに近い。

 一方でベルセリオがいなければ魔族の前線基地の破壊に成功しないという確証もない。

 不確定で、不確実な情報しか俺達は持っていないのだ。


 それでも俺達はどちらか一方を選ばなければならない。

 その判断で大勢の命が失われるという、責任を背負うことになったとしても。


「言い争いも結構ですが、私は里を見守る必要があります。 話があるのであれば、手短にしてください」


 見ればベルセリオは階段に腰かけて、俺達の話し合いが終わるのを待っていた。

 それを見て、ビャクヤは小さなため息を吐き出した。


「わかった。 我輩はファルクスに任せるとしよう」


「ビャクヤ、でも……。」


「我輩達の言葉では届かぬのだろう。 その冒険者の背中を追うファルクスには」


 ビャクヤの灰色の瞳が、一瞬だけ俺を捉えるが、すぐにそらされてしまう。

 監視塔の出口を向きながら、ビャクヤは去り際に、俺の耳にだけ届くようにつぶやいた。 


「アーシェとやらならば、お主の意見を変えられたのかも知れぬがな」

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