第94話

「共鳴転移!」


 風切羽が唸りをあげて獲物へと襲い掛かる。

 その魔物は腹部に剣が突き刺さったというのに、本能のままに暴れまわっている。

 深い茶色の体毛に、見上げるほどの巨体。

 そして一撃で巨木さえ粉砕する前足の尖爪が特徴の、クロウ・ベアーである。


 剣の一撃が俺の攻撃だと判断したのか、クロウ・ベアーはその前足を振り上げる。

 転移してその攻撃を躱すことは容易だ。

 だがそうはしない。

 俺の周りにはすでに、人形の兵団が陣形を築いているからだ。


「隊列を! 攻撃を受け止めなさい!」


 魔法で生み出された盾を構えた人形達が、数人がかりでクロウ・ベアーの攻撃を受け止める。

 一体が非力でも数多く集まれば強力な一撃さえ止められる。

 それがアリアの人形兵団の強みでもあった。


 そしてその数舜の隙を、ビャクヤが見逃すはずがなかった。

 巨木の陰から陰へと移動していた白い影が飛び出す。


 地面を蹴ったビャクヤはクロウ・ベアーの頭上へと飛び上がる。

 そしてその真上に到達した瞬間。


「『一閃』!」


 垂直に放たれた一撃が、クロウ・ベアーの頭部を貫いた。

 ビャクヤの着地と共に、クロウ・ベアーが地面へと崩れ落ちる。

 見れば薙刀は頭部を完全に貫通して、地面へと縫い付けていた。

 確認するまでもなく、即死だ。


 クロウ・ベアーの最後を見届けたためか。 

 俺の周囲を囲む人形達も主の元へ戻っていく。


「お見事。 さすがは冒険者ね。 こういう魔物を狩ってるところは初めて見るから、本当に冒険者なのか疑ってたわ」


「アリアの人形も中々役に立ったぞ。 こういう狩りには数が重要になるからな!」


「俺なら、森の中を武装した人形が飛んで追いかけてきたら失神するけどな」


 クロウ・ベアーの発見には、アリアの人形が大いに役立った。

 この森林地帯の中から俺達三人で獲物を捜索するには少しばかり広すぎる。

 それもダイヤ・ウルフを仕留められるほど強力な魔物ということしかわかっていなかった。


 そこで目を増やせるアリアの人形の出番となったのだ。

 アリアのお陰で、さほど時間をかけることなくクロウ・ベアーを討伐できたと言っても過言ではない。

 

「それにしても、ずいぶんと獰猛な魔物なのね。 死ぬ間際までこっちを殺そうとしてくるなんて」


「クロウ・ベアーはダイヤ・ウルフと縄張り争いになりやすい魔物の筆頭だ。 性格は見ての通り攻撃的で、縄張りが重なれば相手に容赦はしない」


「今回の依頼の原因ってわけね。 ちょうどよかったじゃない、これを報告すればあの女も私達を見返すわ」


 ただ、ダイヤ・ウルフの長を殺したのが、このクロウ・ベアーかどうかは定かではない。

 前例や周囲にいる魔物を考えた末に、俺達がそう判断しただけの話だ。

 確証が持てない以上、判断はベルセリオに任せる事になる。


 ただ何の成果も出せずに戻るよりは、ベルセリオの協力を得られる可能性は高い。

 最後にクロウ・ベアーを討伐した証として、その尖爪を剥ぎ取ろうとして、ビャクヤが声を上げた。


「ふむ、話はそこらで済ませておけ」

 

「どうした、ビャクヤ」


「囲まれているぞ」


 反射的に周囲に視線を向ける。

 すると木々の間に、白い体毛の魔物が見え隠れしている。

 一所にはとどまらず、目まぐるしく入れ替わり、俺達の様子を窺っている。

 間違いなく、ダイヤ・ウルフだ。

 それも一頭ではなく、複数頭が連携して俺達を狙っている。


「ねぇ、さっき群れの個体はリーダーを失ってバラバラに逃げ延びたって言わなかったかしら」


「アリアが言った通り、普通じゃないことが起こったんだろ」


 普通であれば、群れの長が殺されれば通常の個体は散り散りになる。

 若い個体が長になるケースもあるが、そうなると当分は無理な狩りや、長を殺した魔物と鉢合わせる場所での狩りは避ける習性がある。

 だがこのダイヤ・ウルフ達は、そうではない。

 この場にクロウ・ベアーと、それを仕留めた俺達がいるにも関わらず、逃げるそぶりすら見せない。

 定石から外れた行動に違和感を覚えるが、ビャクヤはすでにやる気になっていた。


「好都合ではないか。 ここで片を付ければ、依頼は達成なのであろう?」


「まぁ、そう言う見方もできるな」


「ならやりましょう。 早く里へ帰って、水を浴びたいわ」


 そう言ってアリアは人形達を再び展開させる。

 ダイヤ・ウルフは本来、数と連携で有利を取る。

 しかしそれを超える数で攻めるアリアがいる時点で、俺達が苦戦する要因はなくなっていた。


 ◆


「うえぇ……。 それって必要なことなの?」


「当然だ。 でないと、どうやってベルセリオに魔物を討伐したって証明するんだ」


 地面に転がるダイヤ・ウルフから耳を切り取り、素材を入れる用のポーチへねじ込む。

 魔石を取り出してもいいが、ダイヤ・ウルフの群れをすべて俺一人で解体するとなると、どれだけ時間があっても足りないだろう。

 それに今回は正式な依頼でもないため、隠れ里の危険を排除できたという証拠さえ取れればいい。


 ただ見た通り、血生臭い作業ゆえにアリアの顔からは血の気が引いていた。

 ビャクヤも手伝ってくれてはいるが、自分のポーチがいっぱいになったのか。

 アリアの抱えるバッグに目を付けていた。


「アリア、お主のバッグは荷物が多く入るのであろう?」


「最初に言っておくけど、絶対に嫌よ。 そんな血生臭い物、入れるわけないでしょう」


「ならせめてポーチのひとつでも持ってくれ。 これもベルセリオの協力を得るために必要な行為だと割り切ってな」


「それぐらいなら、持ってもいいけど」


 俺の差し出したポーチを、アリアは渋々といった様子で受け取る。

 ただ周囲を見渡しても、まだ相当な数のダイヤ・ウルフが手つかずの状態で残っている。

 それはダイヤ・ウルフの性質を知るものからしてみれば、異様な光景だった。


 本来ならばダイヤ・ウルフは10頭前後の群れを構成する。

 だが俺達に襲ってきたのは20頭にも及ぶ大群だった。

 群れのリーダーを失ったというのに、なぜそれだけの数が集まったのか。

 そして最後の一頭になるまで、俺達を狙い続けたのはなぜなのか。


 そんなことを考えていると、いつの間にかビャクヤが隣に来ていた。


「あの黒の聖女……ベルセリオは頼りになりそうか?」


「少なくともレベルは俺達と大差ないように見えた。 それにジョブが何であれ、広範囲の攻撃魔法が使える時点で、俺達よりも数を相手にした時の戦闘力は上だ」

 

 傍目に見ただけでも、彼女の能力は一流だと断言できる。

 あの力を借りられるなら魔族の前線基地を襲撃する際に大いに役立つ。


「今後の作戦の事を考えれば、ベルセリオの力は是非とも借りたい」


「我輩達の内情を知っていたのだぞ? 怪しいとは思わぬのか」


「思うさ。 例えばミリクシリアが隠れ里のことを俺に伝えたという情報は、絶対に第三者には漏れていない。 戦闘の最中に聞いた情報だからな」


「ならばなぜだ。 お主は最近、余りにも安易に人を信用し過ぎているぞ」


 甘い性格になった。それは自分でも気付いていた。

 ビャクヤが最初に疑ったミリクシリアのみならず、全く素性を知らないベルセリオの言葉まで安易に信じ、こうして行動している。

 考えてみれば、おかしな話だ。


 自分の能力を過信しているのか。

 心強い仲間のお陰で力技で問題を解決できると、心のどこかで油断しているのか。

 それとも、ふたりの聖女の言葉が真実だと思いたい理由が、俺の中にあるのか。

 考えても明確な答えは出ないままだ。

 

 しかし毅然とした態度で見つめるビャクヤに返す答えが必要だ。


「こんな辺鄙な場所で傷を負いながら弱者を守るという、自己犠牲の体現者の様な人物だ。 一度、約束を取り付ければ絶対に裏切らない。 そう思っただけだ」


「本当にそれだけか? お主は、あの女から勇者の――」


「あっ!?」


 その瞬間、手の中に小さな重みがのしかかる。

 反射的に視界の端にいたアリアを、腕の中に転移させていた。

 見ればビャクヤも薙刀を手に周囲に視線を走らせる。


 ただ周囲に魔物の影はなく、握った剣の柄から手を放す。

 どうやらアリアは、地面のくぼみに足を引っかけただけのようだ。


「大丈夫か?」


「ち、ちょっと! 離してよ!」


「なにをそんなに慌てるんだよ。 別に取って食ったりはしない」


 腕の中から逃げ出したアリアは、俺が渡した荷物を拾いに向かう。


「そうじゃないわよ。 私、少し汗臭いし……。」


「なんだって?」


「別に聞き返さなくていいわよ! それより誰よ! こんな所に穴を掘った奴は!」


 なにかに憤慨したアリアは、荷物を拾い上げると、先ほど突っかかったくぼみを指さした。 


「穴って、こんな山奥でわざわざ穴なんて掘る奴いるかよ」


「じゃあなによ、これは!」


 気になって近づくと、確かに深いくぼみができている。

 子供のアリアが躓くのも無理はないど大きなものだ。

 ただ問題は、なぜそんなものがこの場所にあるか、だが。


 そしてその形状を見て、思わず後ずさる。

 近距離から見ただけでは断定はできない。

 それゆえに距離を取って全体の形を確認しようと思ったのだ。

 だが、数歩下がった俺の目に映ったのは、信じられない物だった。 


「これは、足跡だ。 それも、超大型飛竜の」


「超大型?」 


「普通の飛竜の数倍はありそうだぞ、この個体は」


 もはや怪物と言う言葉すら生ぬるい。

 到底、人間が手に負える規模を大きく超えた存在に、背筋が凍るのを感じていた。 

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