第93話

 逃げ延びた者達が身を寄せ合う隠れ里。

 そこの住人の願いは追手や他の者達に見つからず、静かに生きていくことだ。 

 となれば当然、普通の人間が立ち入らないような、厳しい環境下に里を築くことになる。

 その厳しい環境が外部からの接触を遠ざけるための盾になるのだ。


 ただ当然として、その環境はそこに住まう人々にも容赦なく牙を剥く。

 乾燥させた植物と動物の毛皮で作られたベッドにいても、身を刺す様な冷気が容赦なく体温を奪っていく。

 標高の高い山間に作られた里と言うだけあり、夜には凍てつくような冷気に包まれる。

 

 一言で言うなら、寒すぎて寝れる気がしなかった。

 冒険者としての経験の中でもこんな環境で寝た事はない。

 なにより下手に寝てしまうと体調を崩しそうだ。


 仕方がなくイグナスに案内された家屋から抜けだし、夜の里を歩き回る。

 そしてふと見上げた監視塔の頂上。

 そこには昼間と変わらない位置から、人影が里を見下ろしていた。

  

「あれは……。」


 一瞬の暗転。

 そして視界が開けた時には、監視塔からの絶景が眼下に広がっていた。

 流麗な山脈とすそ野に広がる森林。

 それらに寄り添うように里は広がっている。

 

 目の前には、槍を片手に里を見下ろす黒衣の女性。

 昼間と全く変わらない位置で里を見守る、ベルセリオだ。

 彼女は俺の転移に気付いていたのか、振り返る事はしなかった。


「この里への滞在を許可した覚えはありませんが」


「里の住人が少しの間だけ許可してくれた。 まさか黒の聖女様がその決定を覆す、なんてことはないだろ」


「そう呼ばれるのは、好きではありません」


「らしいな」


 一瞬だけ、紫色の瞳が俺を睨みつけた。

 しかしそれが意味をなさないと判断したのか。

 ベルセリオは視線を里へと戻す。


「ダイヤ・ウルフの討伐を引き受けたようですね。 イグナスから報告がありました」


「俺の覚悟が本物だと証明しなきゃいけないからな。 そしてそれを証明して、戦争を回避させる」 


 クラウレスの目的が戦争を引き超すことだった以上、そこに使徒の思惑があるのは明らかだ。

 そして戦場で魔素がばら撒かれてしまえば、俺達ではどうしようもなく被害が拡大してしまう。

 回避するには先手を打って戦争を回避させる。

 第三勢力として戦いに介入し、戦争を硬直状態に持ち込む必要があった。


 だがベルセリオは呆れたように振り返り、ため息をついた。


「本気で信じているのですか、その話を」


「でなきゃこんな辺鄙な所まで来て、嫌悪感剥き出しの相手を説得すると思うか?」


「なるほど。 貴方という人間の素顔が見えてきましたね」


 くつくつと、ベルセリオは初めて笑みを浮かべた。 

 そして俺の表情を窺いながら、そう言えばと、話を続けた。


「少し前でしたね。 勇者一行を名乗る連中がこの里を訪れました」


 今思い出したとでも言わんばかりに、ベルセリオは言い放った。

 だが俺は思わず、ベルセリオを見返す。

 その反応を見て、彼女は重ねて笑った。


「それは……。」


 なにかを問おうとして、そして言葉を失う。

 なぜこの場所に来たのか。そしてどこへ向かったのか。

 聞きたい事はいくつもある。

 しかし、それを聞いたところでどうなる。


 いや、つまりミリクシリアの言う協力者とは、勇者一行の事だったのか。

 だが俺達の情報を集めていたなら、俺と勇者達が協力関係にないことは知っていたはずだ。

 であればミリクシリアの言う協力者は、このベルセリオで間違いない。


「ふざけた性格の勇者と、根暗で陰気な賢者、吐き気を催す慈愛主義の聖女に、頭お花畑の剣聖。 よくもあれで魔王討伐など掲げられたものですね」


「そう言ってやるなよ。 勇者以外は、それなりに良い奴なんだ」


 監視塔の上。

 吹きすさぶ暴風も合わさり、凍えそうな程に体は冷えている。

 しかし頭は今にも沸騰しそうな程に思考が交錯していた。

 冷静になれと自分に言い聞かせて、勇者達の記憶を奥へと追いやる。


 そんな俺をよそに、ベルセリオは半笑いを浮かべていた。

 

「あの四人ならば、魔都オルトロールに向かいました。 エルグランドの前線基地襲撃の情報を教えた際に、混乱に乗じて魔将イヴァンを討つと豪語していました」


「……それを俺に話してどうするつもりだ」


「さぁ? 貴方の出方を見たかったのかもしれませんね」


 試すような、そして見極めるような笑み。

 ベルセリオはそのまま、里の監視へと戻る。


 ただ、俺はその日に関しては一睡もすることなく、朝日を拝むことになった。

 


 ◆


 周囲には散乱した獲物の骨。

 内部には抜け落ちた獣の毛が堆積している。

 強い血と獣の臭いが、この場所がつい最近まで使われていたことを示していた。

 

 間違いなく、イグナスから報告があったダイヤ・ウルフの巣だ。


 イグナスの情報通り山を下った先に巣は存在した。

 隠れ里とはかなり距離が離れており、里の周辺で頻繁に目撃されるのは不自然と言える。

 ただその原因と思われる物は、巣に入ってすぐに見つかった。 


「それで? 冒険者としての意見を聞かせてほしいわね」


 痕跡を調べている最中、背中のアリアからそんな急かす様な声が飛ぶ。

 仕方がなく頭に叩き込んでいた魔物の情報を引っ張り出す。


「ダイヤ・ウルフは基本的に10頭前後の群れを作る。 狩りは基本的に雌雄のペアでおこない、人間にも容赦なく襲い掛かる。 侵入者には容赦しないほどに自分達の縄張りに固執する習性もある」


「そういう眠くなる説明は後にして」


 寝不足で眠いのはこっちだ。

 などという文句は飲み込む。


「普通、ダイヤ・ウルフが縄張りを追い出されるという事は殆どない。 群れ全体で標的に定められたら、シルバー級の冒険者でも手を焼く相手だ。 野生生物や並みの魔物と縄張り争いで負ける、という事はごくまれだ」


「じゃあその普通じゃない事態が起きたんでしょ」


「簡単に言ってくれる。 だが確かに普通じゃない」


 アリアの意見は、目の前に広る惨状を見れば当然の物だった。

 ちょうど、巣として使われていた洞窟の入り口。

 そこには巨大なダイヤ・ウルフの死骸が転がっていたのだ。

 それも見事に、一撃の元に頭を砕かれでいた。

 

「この死体は、恐らく群れのリーダーだろう。 住処でリーダーが殺されたから、残った群れの個体がバラバラになって逃げ延びたんだ」


「つまり、この成熟した個体を一撃で葬った魔物が、他にいるということだな?」


「魔物かどうかは、まだわからないけどな」


 心なしかビャクヤの声音が弾んでいた。

 ビャクヤにとっては手ごわい魔物がいる程度の認識なのだろうが、そんな簡単な話ではない。

 ダイヤ・ウルフの死骸に残された痕跡から見るに、普通の魔物同士の争いと言うには不自然な点が目立っている。


 なぜ群れの長だけを仕留められたのか。

 それを狙ったのか、それとも偶然か。

 そもそも争った形跡がないのはなぜか。

 

「この依頼、少しばかり面倒なことになりそうだぞ」


 

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