第96話
「随分と仲がいいのですね」
監視塔から出ていく二人の背中を見送る俺に、背中から皮肉が飛んでくる。
振り返れば呆れかえったように、ベルセリオが頬杖をついて俺を眺めていた。
あれだけの言い争いを見られていたのだから、無理もないか。
ただ、さすがにこの状況で言い返す気力もなかった。
「そりゃどうも」
「それで、山林にあった痕跡とやらの話でしたか。詳しく聞かせてもらえましすか?」
声の大きさなど考えずに激しい言い争いをしたのだから、話など筒抜けになっていただろう。
ただ話を聞くという姿勢を取るのは、ベルセリオなりの優しさなのか。
それとも明確に俺から話を聞きたかったのか。
ふたりとの言い争いの内容には触れず、彼女は俺の話を黙って聞いていた。
そして全てを聞き終えて、一言。
「超大型飛竜の痕跡?」
「そうだ。ダイヤ・ウルフの住処の近くにあった。なにか知らないか?」
「いいえ、初耳です。そもそもそんな飛竜がこの山にいるなら、とっくにこの地方は灰燼に包まれているでしょうね」
「まぁ、普通に考えたらそう思うよな」
飛竜(ワイバーン)の脅威は、冒険者や一般人の中でも広く知られている。
遥か遠方に見えただけでも警戒しろと言われるほど、その被害範囲は広い。
それもひとえに、飛竜の息吹(ブレス)が何よりも脅威となるからだ。
ただでさえ脅威とされる飛竜だが、今回発見された痕跡はその数倍の大きさだと示していた。
そんな個体がいれば、もはやこの地は人間や動植物が生き残れる土地ではない。
「一応は、その大型飛竜の件についても、見張りには警戒するよう伝えておきます」
「よろしく頼む。それで、今後の作戦の事なんだが」
「貴方達が言い争いをしていた理由は想像がつきます。ただそれを正直に話そうとした貴方ならば、信じてもよさそうですね」
「それは、つまり……。」
「貴方は覚悟が本物であると私に証明した。であれば次は私がそれに答える番です」
ベルセリオは拍子抜けなほど、あっさりと言い切った。
里の守護者である彼女にとっては、里が無防備になることが最大の懸念のはずだ。
「いいのか? 一時的にとは言え里を開ける事になるんだぞ?」
「戦争が起こればこの里であっても、被害は免れない。先日の様な魔族がなだれ込んでくれば、それこそ私であっても里を守り抜くことは難しいでしょう」
「だからこそ、最初に危険を排除するってことか」
「戦争を止めることは、私一人ではできません。ですが、貴方達とならば、少なくとも可能性が生まれます」
危険な芽は最初に摘み取る、ということだろう。
合理的な考えた方であり、結果的に彼女と俺達の目的が一致した形だ。
強力な攻撃魔法が使えるベルセリオが戦力が加われば、作戦の成功率は格段に上がる。
「とは言えども長い間、この里を空ける訳にはいきません。作戦が決まり次第、迅速に行動します。 それと、その後の協力は確約できかねますので」
「それでも、ありがとう。絶対に作戦を成功させて見せる」
だが、この状況を素直に喜べない俺もいた。
ここでもし、ベルセリオが飛竜の危険を優先し、作戦に参加してくれなければどうなっていたか。
偶然にもうまいこと話が転がったが、ベルセリオの判断が違えば目も当てられない状況になっていただろう。
すぐに、という訳にはいかない。
今夜は頭を冷やして、明日の朝にでもアリアとビャクヤに謝罪へ行かなければ。
そんなことを考えていると、ベルセリオが階段を上っていく姿が見えた。
これから里を見守るのだろう。
「期待していますよ。ファルクス」
そんな言葉を投げかけられても、とっさに返事はできなかった。
少なくとも最高の流れて話は進んだはずだ。
それでも、喜び合う仲間が今は隣にいない。
初めて味わう、本物の仲間との軋轢が重く肩にのしかかっていた。
◆
監視塔を出ても、すぐにはあてがわれた家へ戻る気にはなれなかった。
いま戻れば冷静になり切っていない状況で、ふたりと顔を合わせてしまう。
これから大きな作戦が控えているというのに、これ以上の口論を重ねるのは得策ではない。
そんな事を考えつつむ、どこか安心している自分に嫌悪感を抱く。
自分への言い訳を重ねたところで、結局は本気でふたりとぶつかり合う事を恐れているのだ。
仲間に見放されるのが、これほど恐ろしいことだったとは。
「あら、ファルクス君じゃない。今夜は寂しくひとりで過ごしてるのね」
そんな声をかけられて、顔を上げればドーラが手を振っていた。
ふたりとの話し合いを避けるがあまりに、俺はいつのまにか里の外れまで歩いてきていたようだった。
ドーラは俺を手招きすると、焚き木の近くに座るよう促す。
今の俺に断る理由はない。暖かな火の近くに腰を下ろすことにした。
「ドーラは元気そうでなによりだ。ここでうまくやっていけそうか?」
「そうねぇ。 獲物を狩って帰るとみんな、温かく迎えてくれるわ。 あの街とは大違い」
「それを聞いて安心したよ」
懸念の一つがなくなり、肩の力が抜ける。
少なくとも彼女にとってこの里は住みやすい場所になるだろう。
異種族にとっては、どんな場所でも今のエルグランドと比べればマシに見えるのだろうが。
それにドーラは狩りの技術に長けている。
貧しい里の食糧事情に貢献できれば、難なく受け入れられるはずだ。
ただドーラは焚き木の向こう側から俺を見て、小さく笑った。
「ふふ、そんな顔で安心したと言われてもね」
「えっと」
「あら、ごめんなさい。でも、落ち込んでる姿を見ると、少し可愛く見えてしまって。ふたりと喧嘩したんでしょ」
「さすがに、わかるか」
「顔を見ればね。よければ話を聞くわ。それぐらいしか、私にできることはないだろうから」
どうするべきか、逡巡する。彼女に対して話を打ち明けていい物か。
ただ、ドーラと俺は下手に心の距離が近すぎず、ちょうどよい距離感と関係性だ。
そんな心地よさが、俺の口を軽くしていた。
「わからなくなったんだ。俺の信じてきた物と、三人での目的が相反する自体になったとき、どちらを優先すればいいのか。ふたりの意見を否定するつもりはなかった。でも結果的に、俺の掲げる夢のために、ふたりの意見を蔑ろにしてしまった。ぶつかり合って、そして……。」
「喧嘩になった訳ね」
「まぁ、そうだな。思わぬ方向に飛び火もしたが、そう言うことになる」
抽象的で、非常に曖昧な物言いだったにも関わらず、ドーラは口を挟まず話を聞いていた。
そして俺の話を聞き終えた彼女は、短くない時間を思案に費やして、おもむろに口を開いた。
「こう言ってはなんだけれど、よくある話よ。信頼しあう仲間だからこそ、深い部分の思想や意思を露呈した時、反発しあうというのは」
諭すように、ドーラは続ける。
「でもそれは悪いことじゃないわ。ぶつかり合って、理解しあってこそ、絆は深まる。だから思う存分、ぶつかり合った方がいいわ」
「それで、関係が壊れてしまうかもしれないだろ」
心から溢れた感情が、言葉として零れた。
俺にとってビャクヤとアリアは、勇者達とは違う。
胸を張って仲間と呼ぶ事の出来る相手だ。
そんな仲間と仲違いをしてしまうのであれば、自分の意見など捨てるべきではないか。
こみ上げる不安と恐怖を抑え込む俺に、ドーラはなんでもないように、言った。
「本当に優しいのね。でも、相手も同じように思ってくれているとは限らないでしょう?」
「どういう、ことだ?」
「あのふたりは、本当に貴方を仲間だと思っているの? 私から見たら、協力関係だからそういう風に振る舞っているだけに見えるけれど。まるで、ままごとみたいにね」
一瞬、それが誰の声なのか理解できなかった。
焚き木の向こう側で微笑みを浮かべている相手が、いったい誰なのか。
そんな困惑がこみ上げるほどに、ドーラは優しい声音で冷たい言葉を放っていた。
「壊れてしまっても構わないと思わない?そんな関係ならば」
これが人間と異種族の差なのか。
それとも、厳しい環境で生きてきたドーラの処世術なのか。
判断は、できなかった。
「ありがとう、参考になった」
「えぇ、ぜひとも参考にしてね」
だが、その場にとどまるという選択肢はなかった。
とっさに立ち上がり、ドーラの傍を後にする。
去来する焦燥感がなにに由来しているのかは、わからない。
それでも分かったことは一つだけある。
ドーラは、確実に俺達とは違った思考を持っている。
それが迫害する理由になるとは思わない。
しかし、彼女に恐怖心を覚えたのは、確かだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます