第61話

 パーシヴァル達が出発したのを見計らい、若手の冒険者達はそれぞれ街中へ散らばった。

 非常時でも冒険者は情報を求めて窓口へ向かうのが常であり、素早い対応を望むのであればパーシヴァルの命令を各地の窓口へ届ける必要がある。

 それに総数の大半をしめる低位、中位の冒険者の協力がなければ市民の避難もままならない。

 一刻も早い情報の伝達が求められた。


「俺たちは街外れの酒場へ向かおう。 あの周辺にいる冒険者とマスターに早くこの状況を伝えないとな」


「それには賛成だが、ここから向かうには距離がある。 ゴーレムとの戦いは避けられぬぞ?」


 街外れという事で、他に向かう冒険者が居るとは思えなかった。

 それにあの酒場のマスターには相当な借りがある。

 俺の提案にビャクヤは肯定的だったが、その視線はアリアへ向けられていた。


「なに? 私がお荷物だっていいたいの? 私にはこのメリアがいれば十分よ」


「見栄を張ってる場合じゃないだろ。 実際にはどうなんだ? あの幽霊騎士はもう召喚できないのか」


 アリアの腕の中に納まるメリアに視線を向ける。

 銀の翼が期待したように、アリアの能力は遠距離からの奇襲や暗殺に向いている。言ってしまうと、メリアだけでは正面からの戦闘では非力としか言いようがない。

 一時はビャクヤと張り合ったあの幽霊騎士が常に出せるなら心強い戦力になるのだが、しかしアリアは残念ながらと首を横に振った。


「ジーンは奥の手なの。 鎧を一から魔力で構成するのよ? 魔力の消費が激しすぎて、長くは行使できないわ」


「だが、そのメリアだけじゃ正面から戦うには戦力不足だろ。 ほかに戦う手段は?」


「無いことはないわ。 でも人形がもっと必要ね。 そもそも私は人形達を従える『人形術士(ドールマスター)』なのだから」


「いや、ドールマスターってのは初めて聞いたが。 って、いま人形達っていったか? まさかとは思うが、複数体同時に操れたりするのか?」


 自称なのか他称なのかは不明だが、ドールマスターなるジョブは聞いたことがない。それ故に能力の詳細も不明瞭だ。

 というより、アリアの能力に関しての質問をするのはこれが初めてなのだと気付く。

 まさかと思った俺の質問にも、アリアは当然だと言わんばかりにうなずいた。


「一人あたりの消費魔力なんて高々しれてるわ。 とはいっても、魔力が編み込まれた人形以外は動かせないのだけれど」

 

 言ったアリアは手元のメリアを自由自在に動かして見せる。その隣でビャクヤが張り付いたような笑顔を浮かべているが、いい加減慣れろと言いたい。

 とはいえアリアの能力が判明したことで、少しばかりこの状況を打開する道筋が見えてきた。


 現在の問題は広域で暴れまわっているゴーレムの処理と、逃げ場を失った住人の避難誘導だ。だが前者は熟練の冒険者達がどうにか抑え込んでくれている。

 つまり残っている問題は住人の避難誘導だ。

 中央塔を落とされた今、住人達はどこへ逃げるべきか迷っているはずだ。それどころか中央塔が落とされたという情報さえ知らない可能性がある。

 普通に考えればゴーレムが暴れまわっていると知れば近隣の冒険者ギルドへ逃げ込むだろうが、それも絶対ではない。

 そこでアリアの人形の出番だ。

 

「人形を使えば、広範囲に情報を伝達することもできるかもしれないな。 例えばギルドの正式な書類を持たせて、各地の窓口へ情報を伝えて、そこから冒険者達に市民の誘導を手伝わせる。 どうだ?」


「正体不明の人形が持ってきた情報をギルドの職員が信じるかどうかはさておき、出来ないことはないわね」 


「そこは総合窓口の印やら署名やらで対応する。 問題はその人形が、どこで手に入るかだが」


「商業地区に一店舗だけあるわ。 ナナリアのドールハウス。 そこへ向かいましょう」

 

 その名前を聞いて、思わずアリアの表情を窺う。

 確かにメリアを作り上げた人物ならば確実だ。

 メリアを作ってからも長い歳月が流れている。

 人形職人としての腕も上げているだろう。

 だがいくら街の為とは言え、これほど望まない再会もあるだろうか。

 

 しかし心なしか、アリアの表情は晴れやかだった。

 俺の視線に気づいた彼女は、小さく微笑み大丈夫だと頷く。

 

「あのねぇ、私だって覚悟していってるのよ。 それを無駄にするような余計な心配は、やめてもらえるかしら」


「それなら、わかった。 少し遠回りになるがいいか? ビャクヤ」


 パーティメンバーとして、そして相棒として確認を取るが、ビャクヤは俺の顔を見て、満面の笑みを浮かべた。


「良いもなにも、すでにお主の中で決まっているのであろう? ならば我輩は何も言わぬ。 お主が正しいと思った通りに動けばよい」


 妬けるわねと茶化すアリアだが、そう言われてもおかしくはない。

 それほどにビャクヤは、俺に信頼を寄せてくれていた。

 そんな信頼が心地よかった。

 同時に、ビャクヤの期待に応えられるよう、気を引き締めるのだった。


 ◆


 総合窓口から必要な書類を受け取り、そのまま商業地区へと急ぐ。

 ただイリスンからは、出来れば道中のゴーレムを討伐して進んで欲しいという要望があった。

 報告ではゴーレムは無差別な破壊活動のほかに、目に付く人々を襲うという命令を受けているらしい。


 冒険者ならばまだしも、一般市民に対抗する手段はない。

 転移魔法での移動は極力避けて、走っての移動になる。

 ただ魔法を使える以外は普通の子供であるアリアは、ビャクヤに背負われているのだが。


「もうすぐ商業地区だ!」


 見れば立ち並ぶ家屋が民家から商店に代わっていく。

 いつもならば賑わいに溢れている地区だが、今は不気味なほどの静謐さが支配していた。

 そして本通りに差し掛かったところで、店の壁が吹き飛んだ。


「なっ!?」


 中から出てきたのは、全身が結晶でできた人型の魔物。

 頭部の部分には一つ目の赤い宝石のような物が埋め込まれており、それが俺達を捕らえるのに時間は必要なかった。

 何の予備動作もなく俺達の方へと向き直ると、そのままゆっくりと近づいてくる。

 話し合う、という行為が通用するとは思えなさそうだった。


「これが報告にあったゴーレムか。 アリア、どうだ?」 


「間違いないわ、ハイゼンノードのゴーレムよ。 でも、おかしいわ。 こんな広範囲に配置できるなんて」


 確かに、ここは中央塔や憲兵団本部とは遠く離れている。

 アリアの証言通りならば、ハイゼンノードの能力とはかみ合わない部分も多い。

 だが実際に、目の前には結晶の巨人が存在する。


 その目の前に飛び出したのは、白い髪の鬼だった。 


「頭を使うのは後回しにせよ! 今は、こ奴を破壊する!」


 いうが早いか、ビャクヤは臆せず薙刀を振り上げた。

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