第62話
振り上げられた拳が、一直線に地面へと突き刺さる。
無機質な一撃は正確にビャクヤのいた場所を打ち砕いた。
その威力は、遠くに離れて居ながらも揺れを感じるほどだ。
だが――
「『残影』!」
ビャクヤは白い髪を翻しながらその一撃を避け、即座に反撃へと転じた。
まるで舞踊の様な優雅さを感じさせる回避行動から一転、空いた距離を詰める踏み込みは影を捕らえる事さえ難しい。
刹那の間に距離を詰めたビャクヤの一撃が鈍重なゴーレムを完璧に捕らえる。
金属が奏でるとは思えない破壊音が響き渡る。
見れば巨大なゴーレムは吹き飛ばされ、地面を転がった。
見上げる程の巨躯を誇るゴーレムが吹き飛ぶほどの威力だ。
普通の魔物なら即死していてもおかしくはない威力だ。
だが、それでもゴーレムは再び立ち上がった。
ビャクヤはたまらずと言った様子で、眉をひそめる。
「なぜ立ち上がる! どうすれば破壊できるのだ!」
「ゴーレムは核を持ってるの! それを破壊しない限り復活を続けるわ!」
見れば、確かに胴体の中央に色彩の変化した宝石の様な物が埋め込まれている。
しかしそれは分厚い結晶に守られており、狙ってあの部分だけを破壊するのは至難の業といえた。
いくら鬼のビャクヤといえども、正面からあの部分だけをポンポイントで破壊するのは難しそうだ。
「なら、こうすればいいのか。 空間転移」
風切羽を取り出し、座標を定めて転移させる。
そして案の定、剣は何の抵抗もなくゴーレムの核を貫いた。
あれほどの猛威を振るっていたゴーレムはピタリと動きを止めて、そのまま地面へと倒れた。
散らばる結晶の破片がガラスが砕けた時のような音と共に周囲にまき散らされた。
そんな光景を見ていたアリアが、半面を顔で覆っていた。
「ハイゼンノードの最大の誤算は、貴方という転移魔導士ね」
「そこまでとは思わないが、俺の魔法とゴーレムは相性がいいのは間違いないな」
地面に転がった剣を手元に戻して、鞘へ納める。
相手が生物でなく、動く結晶であれば内部への転移も可能だと考えたのだ。
その点でいえばまさしく俺の魔法はゴーレムに対しては特攻と言ってもいい効力を発揮する。
前方で戦っていたビャクヤも、満面の笑みで戻ってきていた。
「助かったぞ、ファルクス。 さすが我輩の相棒だ!」
「お褒めにあずかり光栄だ。 さて、商業地区はすぐそこだ。 急ごう」
ゴーレムの性能は把握できた。
単純な行動を繰り返すだけであり、目の前の障害は容赦なく排除する。
俺達を見つけてすぐ襲ってきたことを考えると、相手が誰かなど判断している様子はない。
それはつまり、ゴーレムは相手を選ばず力を振う。一般市民であっても容赦はしないだろう。
そう考えただけで、思わず走る速度が上がる。
これ以上の被害の拡大は取り返しのつかないことになる。
その確信にも似た不安が、俺を急かすのだった。
◆
奇襲に備えて転移魔法で移動することも考えたが、それはすぐに却下した。
ゴーレムの対処をしなければ被害は拡大する一方だ。
例え他の場所では冒険者が抑え込んでいるとしても、目の前の被害を生み出す相手を放ってはおけない。
道中で出会ったゴーレムは即座に倒してきたが、見れば街のあちこちで、ゴーレムに破壊された跡が散見される。
住人の被害も出ているようで、道端に打ち捨てられている無残な姿の遺体もあった。
そのたびにビャクヤと協力してゴーレムを倒してきた。
しかしアリアは妙に落ち着きがない。
そして目的地が近づいた時、アリアはひとりで駆け出していた。
「アリア、あまり先行するな! 奇襲されれば、我輩達も守り切れぬ!」
ビャクヤが呼び止めるが、アリアは構わずとある店舗の前まで走って向かった。
しかし、そこで足を止める。
呆然と立ち尽くすアリアの姿を見て、急いでいた理由をようやく理解した。
そこには、崩れ落ちた家屋の残骸が散らばっていた。
道端に転がっている看板にはナナリアの名前。
そして手書きの可愛らしい人形の絵が、巨大な足型に踏み抜かれている。
その絵はどことなく、アリアに似ている気がした。
「まさか……嘘。 嘘よ。 絶対に、嘘! ナナリア! どこにいるの!?」
悲痛な叫びだけが響き渡る。
だが、それに応える者はいない。
瓦礫の隙間から覗く人形達も、ただじっと俺達を見つめているだけだ。
ただ、異常ではある。
周囲の家屋もここまで徹底的に破壊はされていないのだ。
せいぜい壁や扉を破壊された程度で、倒壊するほど攻撃された痕跡は他に見て取れない。
そしてなにより周囲が静かすぎる。
街中に散らばっているはずのゴーレム達の破壊音。
そして遠くから響いていた戦闘音さえも聞こえない。
まさか――
「空間転移!」
倒壊していない建物へと転移して、周囲を見渡す。
そして、小さく舌を打つ。
「周辺から膨大な量のゴーレムが接近してる! 作戦を立て直すぞ!」
閑散とした街の通りを大量のゴーレムが闊歩していた。その光景はまるで悪夢のようでもある。
そこまでの速度はないが、ゴーレム達は確実にこの場所を目指して歩いてきている。
例え俺の魔法が相性がいいとはいえ、これほどの量を相手にするのは難しい。
だが倒壊した家の残骸を動かしているアリアは、涙を浮かべた瞳で俺を睨みつけた。
「ふざけないで! この下に、この瓦礫の中にナナリアが埋まってるのよ!?」
「わかってる! 見捨てるなんて事は絶対にしない! だが今はタイミングが悪い! 俺達まで押しつぶされるぞ!」
「いいから、この瓦礫をどけてよ! 転移魔法なら、簡単でしょう!?」
確かに転移魔法で一気に瓦礫を動かすことはできる。
だが転移先にどういった形で瓦礫を置くかなんて、そこまで緻密な操作はできない。
万一、どこかの隙間にナナリアが逃げ込んでいるとしても、下手に転移させてしまえば圧死する可能性が高いのだ。
かといって一つ一つを転移させていてはとんでもない時間がかかる。
そうなれば周囲をゴーレム達に囲まれて逃げ道を塞がれる。
俺の転移魔法で逃げる事もできなくはないが、この商業地区を抜けるまで連続して魔法を使わなければならなくなる。
となれば膨大にあったはずの魔力でさえも最後まで持つか怪しい。昨日から休憩を挟まずに大技や戦闘を繰り返している。それに強化された転移魔法には相応の魔力が必要になる。
事実、かつて感じた事のない疲労感、魔力の減少による独特な倦怠感が体を覆っていた。
俺達が逃げ切るか、ここで戦いながらナナリアを見つけ出すか。
この瞬間の判断が命運を決める。ここが分水嶺だ。
引くか、戦うか。
だが、助けられる可能性が残っているのであれば。
あの冒険者ならためらいなく手を差し伸べたのだろう。
「アリアはビャクヤと共にナナリアを探してくれ。 俺は周囲のゴーレム達を何とかする!」
そう宣言した瞬間、耳元で囁くような声が聞こえた。
「そう簡単に済むとおもった?」
振り向きざまに剣を振る。しかし、手ごたえはない。
見れば同じ建物の屋根に、見知った顔が立っていた。
本来ならば憲兵団の本部に囚われているはずの人物。
そして、この事件を起こした組織のサブリーダー。
「この地区自体が俺達を嵌める大規模な罠だったってわけか、アテネス」
「ぴんぽーん、正解です。 正解者には、苦痛と絶望と死をプレゼントします」
どこかのアイドルの様な微笑みを浮かべながら、血濡れのアテネスは楽し気に微笑んだ。
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