第60話

 深夜。凄まじい音が街中を夢の中から引きずり出した。

 まるで巨大な魔物の唸り声の様な音色が、街中に反響する。

 ただまったく聞き覚えの無い音、という訳でもなかった。


 たまらず簡易ベッドから飛び起きて、部屋の外へと向かう。

 すると丁度、ビャクヤとアリアが同じように部屋から飛び出してきたところだった。 

 

「ファルクス! これはいったい何事だ! なにが起きている!?」


「これは中央塔の鐘の音よ。 街に緊急事態が迫った時に鳴らされるの」


「そうだ。 過去に魔物の群れが街に押し寄せてきたときに鳴った覚えがあるが、このタイミングでなるなんてな。 偶然とは思えないが……。」


 中央塔はその名の通り、街の中央にある行政機関が設置された巨大な建造物だ。

 そこにはギルドの観測員が常駐しており、街に危機が迫る、もしくは近隣で強力な魔物の出現が確認された場合に鐘を鳴らす。つまり街の存続に関わる程度の危険が迫っているという事に他ならなかった。

 ふと見れば廊下の先から、見知った顔が駆けてきた。


「イリスンさん! 中央塔の鐘が鳴るなんて、なにが起きてるんですか!?」


「中央塔と憲兵団の本部が何者かに襲撃を受けて、占拠されたようなの。 憲兵団の銀の翼本拠地強襲作戦に合わせて、カウンターを打たれた形ね」


「銀の翼を甘く見ていたか。 その憲兵団とやらの内部にも、構成員がいたとみるべきであろうな」


「でもこれって、まずいんじゃないの? たしか中央塔って万一の時、市民の避難場所に指定されているのよね?」


 アリアの指摘は正しかった。

 中央塔はウィーヴィルの中でも最も安全な場所として、市民達の避難場所に指定されている。鐘の音がなったらまずは中央塔へ向かう。それが市民達の中の共通認識だ。

 だがもし中央塔が落とされれば、市民達は銀の翼の元へ自ら足を運ぶことになる。混乱は避けられない。 


「その通り、状況は最悪よ。 今は冒険者ギルドの職員と冒険者が対応しているけれど、焼け石に水ね。 それに相手の大多数は結晶で出来た人型(ゴーレム)よ。 いくら対処しようと湧いて出てくるらしくて、術者を探しているけれど遠隔から操作されているみたいなの」


「遠隔から操作されたゴーレム、か。 俺もなにか思う所が無くはないが、アリア。 この能力に心当たりはあるか?」


「ハイゼンノードの操るゴーレムに違いないわ。 でも、彼のゴーレムは強力だけれど、操作範囲はそんなに広くないはずよ。 この目で確かめたから、間違いないわ」


「ならばゴーレムの付近を捜索すれば、自ずとハイゼンノードとやらにたどり着くのではないか?」


 ビャクヤの問いかけに、イリスンは神妙な顔つきで答えた。


「そう簡単じゃないわ。 正確な情報ではないけれど……街全体。 それも数えきれないほど膨大な数のゴーレムが、街を破壊しているのよ」


 ◆


 さすがは高位冒険者。

 非常事態だと判断したのか、さしたる混乱もなく次々と総合窓口へと集まってきていた。 

 そしてロビーに集められた冒険者達の視線は、階段に立つ人物へと向けられていた。

 英雄と呼ばれた男、パーシヴァル。元プラチナ級冒険者にして、現ギルドマスター。

 彼は尊敬と羨望の眼差しを受けながらも、動ずることなく声を張り上げた。


「みんな、落ち着いて聞いてほしい。 昨夜未明に決行された、憲兵団主導の犯罪組織強襲作戦が失敗に終わった。 強襲部隊は負傷者多数で撤退を余儀なくされたという。 それに加えて同時刻、憲兵団の本部と中央塔が襲撃を受けて制圧された」


 小さなざわめき。

 冒険者が魔物を狩るスペシャリストなら、憲兵団は犯罪者を狩るスペシャリストだ。

 対人戦に特化した憲兵団に勝つのは冒険者であっても難しい。

 それが襲撃を受けて制圧されたと聞かされれば、動揺するのは無理もない。

 しかしパーシヴァルは気に掛けず続ける。


「相手は銀の翼という組織だ。 リーダーのハイゼンノードは以前に捕獲された団員の解放と、自分達に自治権の一部を譲渡しろと主張している。 そして、この銀の翼は十年前に貴族への革命を成した自由の翼の残党だと思われる」


 それが決定打だった。

 何人かの冒険者が呻くように声を上げた。


「古株の冒険者の中には、覚えている者もいるだろう。 そうだ、あの時の戦いで先陣を切った自由の翼が、犯罪組織としてこの街に残っていた。 私もあの時のことを鮮明に覚えている」


 周囲を見渡せば、確かに老練な冒険者達が苦い表情を浮かべていた。

 大規模な、それこそ街を上げての革命。そこで流れた血の量を考えれば、その反応も当然か。


「この都市の自由は、十年前の流血と暴力の末に勝ち取ったものだ。 そして今、その暴力が我々へと牙を剥こうとしている。 あの時の代償を払う時が来たのかもしれない。 銀の翼は、暴力による革命を良しとした私達が作り出してしまった組織だ。 その責任は、我々が取るしかない」


 静まり返ったロビーに、ただパーシヴァルの声だけが響く。

 いや、よく耳を澄ませば、外から小さな悲鳴と破壊音が聞こえてくる。

 パーシヴァルの話がなんら間違いでないことを、冒険者達は理解しただろう。


「未来ある若者達はこのギルド本部の防備を固めた後に、各所にある冒険者窓口への伝達を頼む。 そして、できれば近隣住人をこのギルド本部へと誘導してくれ。 恐らくこの場所が最も安全だ。 そしてもし、あの戦いに参加した古強者がいるならば、私と共に銀の翼と戦ってほしい」


 そう言って、パーシヴァルは深々と頭を下げた。


「お願いだ。 ウィーヴィルを、この街を守るために、力を貸してほしい」


 その場に、沈黙が下りる。

 人間同士の抗争に冒険者を使うことなかれ。それはギルドが定めた掟だ。

 それをギルドマスターでもあるパーシヴァルが破ろうというのだ。

 彼よりも上、例えば王都の冒険者ギルド中央議会にこの事がバレれば、パーシヴァルの首が飛ぶことになる。

 それだけならまだしも、協力した冒険者達にも被害が及ぶ可能性がある。

 多くの冒険者がパーシヴァルに背中を向けて、総合窓口を後にする。

 その中でも最後まで残った、初老の冒険者が頭を下げ続ける自分達の長へ、語り掛けた。


「パーシヴァル、お前の願いは分かった。 だが協力はできない」


 そう口にしながらも、その冒険者は優し気にパーシヴァルの肩に手を置いた。


「我々冒険者は好き勝手に、この街を守らせてもらう。 お前の命令ではなく、自分達の意思でな。 お前はこの街に必要だ。 これからも、街を守って欲しい」



 ◆


 熟練の冒険者達は瞬く間に作戦を練り上げていた。

 先ほどの老練な冒険者が指揮を執り、街の奪還作戦が瞬く間に組まれたのだ。

 冒険者達は三つの部隊に分けられた。シルバー級の熟練者は街に広がったゴーレムの駆逐。ゴールド級の熟練者は相手の戦力が最も集まっていると思われる中央塔の奪還。

 そして若手は情報を各地の窓口へ伝達し、市民の誘導という三部隊だ。

 その中でも街の象徴でもある中央塔の奪還にはパーシヴァルも参加するという。


 まさに電光石火の行動に、彼らが最上位の冒険者だと呼ばれる所以を垣間見た気がした。 

 心なしか安心した様子のパーシヴァルは、打ち合わせから戻ってくると俺達の元へ顔を出した。 

 

「巻き込んでしまってすまない。 本来なら、十年前に終わらせておくべきことだったというのに」


「今さらだぞ、パーシヴァル! お主には世話になっているのだから、こんな時ぐらいは我輩達に背中を預けてくれ」


「そうですよ。 それにこの街は俺にとっては第二の故郷みたいなものです。 見捨ててはおけません」


 とはいえ未熟者の俺達のやる事は決まっている。近隣の窓口への通達と、市民の避難誘導だ。

 最前線で戦う冒険者ほどではないが、多少は危険が付きまとう。しかしこの街を守りたいという気持ちは、他の冒険者にも負けてはいない。その程度の危険は、甘んじて受け入れるつもりでいた。

 パーシヴァルは最後に俺の陰に隠れていたアリアへ、遠慮がちに問いかける。


「アリア君。 ぜひ君にも手伝ってほしい。 頼めるかな?」


 今までとは真逆の立場だ。

 だがアリアは迷いなく、尊大な態度で頷いた。


「いいわ、手伝ってあげる。 このアリアに任せなさい」 


 そう言って、幼い少女とは思えない蠱惑的な笑みを浮かべるのだった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る