第52話

 魔法を使えなくする腕輪を付けられた俺は、そのまま薄暗い路地裏に連れ込まれた。

 同時にアテネスはアリアを部屋まで連れに向かい、なにごとも無かったかのように戻ってきた。

 どうやら俺がアテネスに持たせた手紙が効いたらしい。アテネスには手を出さす、アリアを引き渡すようビャクヤに向けた手紙を書かされていたのだ。とは言え、アテネスの指示以外にも色々と書かせてもらったが。


「それで? アテネス……お前、この男を連れてきてどうするつもりだ?」


「この人が例の情報にあった転移魔導士だよ。 アリアを回収したついでに、仲間に入れようかなって。 それに見て? ワイバーンウェポンも手に入ったんだ!」


 俺の武器の一本を奪ったアテネスは随分とご機嫌だが、俺の見張りをしていた男は不満げに舌を鳴らした。


「ボスに何を言われても知らないからな」


「わかってるって。 わたしから話すから、任せておいてよ」


 そう言うと、ふたりは静かに路地裏を移動し始めた。

 アリアと俺は腕輪を付けられているため、魔法やスキルを使って逃げ出すことはきない。

 大人しくアテネスの背中を追いかけていると、隣から怨嗟の様なつぶやきが聞こえてきた。

 

「嘘つき」


 見ればアリアが顔も合わせずに、うなだれていた。

 あれだげ見栄を張っていた俺がこのざまなのだ。当然の反応といえた。


「まぁ誰でも命は惜しい。 少し我慢してくれよ。 それよりビャクヤにはなんて言って出てきたんだ?」


「なにも」


「じゃあお前の『親友』には?」


 そう言うと、アリアは寂しそうに手の中を見つめた。


「大人しく待っててねって。 本当は離れるのは嫌だったけど」


「そりゃ上出来だ。 さすがはアリア」


「なに喋ってやがる! 黙ってろ!」


 男が怒鳴り、俺の背中を蹴りつける。

 たまらず後方の男を睨みつけるが、男がナイフを取り出したため、素直に視線を前へ戻す。

 抵抗しても武器を取り上げられている状態では一方的に殺される。転移魔法が使えなければ純粋にレベルと技術で戦うことになる。人殺しを稼業にしてる連中と正面から戦って勝てるとは思えない。

 小さなため息をつくと、前を歩いていたアテネスが、古い一軒家へと入っていくところだった。


「すこーし黙っててね。 なんせこれから向かう場所は、音が響くからさ」



「えぇ、そうです。 例の裏切り者を連れてきました。 それと、私の判断でもうひとり」


 頑強な鉄製の扉を介して、アテネスが誰かと話を通す。

 かび臭く狭い通路に押し込められている俺達は、男に見張られてじっと待つしかなかった。


 以前、どこかで裏組織の話を聞いたとき、彼らは秘密の地下通路を通り、街の中枢にも通ずるような隠れ家を持っていると聞いたことがある。

 それを聞いたときにはまさかそんな話があるわけないと、鼻で笑ったものだ。そんな組織があれば冒険者ギルドや憲兵団が見逃すはずがないと。

 だが、間違っていたのが俺の方だったと理解した。

 古い家の地下から通路へ入り、その通路は巨大な建物の内部に通じていた。

 最初はその建物がなんなのかわからなかったが、時折みえる鉄格子からの風景でこの場所がどこかのかを察した。

 銀の翼は、街の南にある魔物を追い返すための大門の中に本拠地を構えていたのだ。


「大門の中に、こんな場所があったなんてな。 だから街の反対側の旧貴族街に身を隠してたわけか」


 アリアと銀の翼の関係は不明だが、逃げる場所として旧貴族街を選んだ理由はわかる。

 東に位置する旧貴族街と西の大門は街の正反対に位置している。身を隠すには絶好の場所といえただろう。

 だが俺が知りたいのは、なぜ身を隠す必要があったのか。なぜ身を隠しながら人々を殺めたのかだ。 

 見ればアリアは自分の体を抱きすくめるようにして、俯いていた。


「どうした?」


「ここには、戻ってくるつもりはなかったのに」


「まぁ、巡り合わせ、運命の流れには逆らえないって事だろ。 ほら、手でも握るか?」


「……ん」


 差し出された小さな手を握る。氷の様に冷たいその手は、微かに震えていた。

 見ればアテネスが話を終わらせて、鉄の扉を開けている所だった。

 微かに光が差し込む内部へ、アテネスが招きこむ。


「入って。 でも、くれぐれも暴れないように」


 言われるがままに入った内部は、想像以上に広い空間だった。

 膨大な数の魔力結晶や木箱、魔物の素材が積み上げられている場所もあれば、用途不明の薬品が並べられている棚もある。そしてそこで作業をしていた十数人の視線が、俺達へと注がれた。 

 銀の翼の方針からすれば、それらが合法的な取引に使われる物だとは考えにくい。彼らの活動資金になっているのだろう。確たる証拠が見つかれば告発することも不可能ではない。


 しかし俺が注目したのは、その先。

 空間の最も奥で巨大な研究装置を弄っていた男だ。

 その男は俺とアリアに気付くと、近くまでやってきて凄まじい声量で叫んだ。


「ようこそ! 銀の翼に! 君達を歓迎しよう!」

 

「ボス、あの子供は脱走者ですよ」


「ではやり直す! よく戻ったな、この裏切り者め! ただで済むと思うなよ! 歓迎しよう!」


 乱れた赤髪に、曇ったメガネ。衣類には様々な薬品が付着しており、異臭を漂わせていた。

 見ればアリアは怯えたように身を固くして、目の前の男を凝視していた。

 少なからずアリアと因縁がある様子の男は、両手を広げて高らかに宣言した。

 

「僕の名前はハイゼンノード! 銀の翼のリーダーだ! 君達を歓迎するよ!」

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