第51話

 瞬間的に転移したことに驚いたのか、アテネスはしきりに周囲を見渡している。

 月明かりだけが周囲を照らし出す暗闇の中であっても、彼女は不自由なく歩き回っていた。


「すごいすごい! 本当にこんな場所に転移できるんだ!  転移魔導士とは思えない力だよ!」


「本当に? まるで誰かから聞いたような口ぶりだな」


「君は君が思っている以上に有名人だよ。 ワイバーンの複数頭討伐、だっけ。 少し前に街に来た冒険者が、まるで叙事詩の様に君と恋人のことを語っていたよ」


 宿屋の中で始める訳にもいかず、かといって相手だけを外に放り出せばどうなるか予想不可能。それも相手はどうやら隠密行動に長けるタイプの様に見える。

 そのため直接話を付けようと俺も同時に転移してきたのだが、安易に能力を見せすぎたと後悔していた。

 相手のペースに乗せられないよう、話を別の方向へと逸らす。

 

「アテネス、とか言ったか。 そのアリアとかいう仲間を探し出して、どうするつもりだ?」


「決まってるじゃない。 不幸なすれ違いがあったから、話し合いをして戻ってきてもらうの。 私もアリアと仲が良かったのに、急に出ていっちゃうんだもの。 傷付いちゃったよ」 


「それで全身に暗器を忍ばせて迎えに来たってわけか。 話し合いというより、脅迫に近いんじゃないのか」


 転移魔導士となって付いた癖に、無意識の内に転移させる対象を観察するという物があった。

 そして空間ごとアテネスを転移させた際、人間を転移させるよりも遥かに多くの魔力を使った。

 つまりそれだけの物質を彼女が持ち歩いているという事に他ならない。

 アテネスは悪びれた様子もなく、袖口から一本のナイフを取り出した。


「女の子が夜中に出歩くのは危ないでしょ? これは護身用なの。 でも……。」


 瞬間、アテネスが闇に消える。


「そういう風にも、使えなくはないかな?」


 瞬きの間に、アテネスは俺の目の前に迫っていた。

 その両手には、数えきれないほどの暗器。

 剣を抜くには、遅すぎる。

 本能が激しく警鐘を鳴らした。


「空間転移!」


 思考より先に、体が動いていた。

 自分の体をはるか後方へと転移させて、相手との距離を作る。

 だが、行動が安直過ぎた。

 転移した先にも、アテネスが投擲したであろう暗器が迫っていた。

 それをどうにか地面に伏せるようにして回避する。

 すぐさま視線を前に向ければ、またもやアテネスは目の前に迫っていた。

 

「あはは! 本当にすごい能力だね!」


 手には幅広のナイフが一本。

 咄嗟に腰の武器を手元に転移させて、アテネスの一撃を受け止める。

 火花が散り、暗闇を薄く照らし出す。

 

「でも、人間相手の戦闘に慣れてないね。 動きが凄く読みやすい」


「そういうお前は手慣れてるな!」


「そうだね。 こういう仕事をしてると、どうしてもね?」


「あぁ、そうかよ!」


 鍔迫り合うナイフを瞬時に転移させ、そのまま剣を振りぬく。しかし、手ごたえはない。

 見ればアテネスはもう片方の腕に仕込んだナイフで俺の剣を受け流していた。

 多すぎる。いくら暗器といえども、体に仕込むのには限度があるはずだ。

 だがアテネスは暗器の消費を気にせず、後方へ飛びながら俺目掛けてナイフを放った。

 闇夜に紛れる刃だが、前方の空間ごと転移させてしまえば問題はない。

 そして自分の剣を続けざまに転移させる。


 昔から使っていた武器はガスクに預けた事でいくつかの改良を加えられていた。

 ガスクは俺が剣を斬ることより突きを多用していることを考慮してか、刀身を薄くして刺突に適した形状に打ち直した。

 その結果、剣が加速するたびに鋭い風切り音が周囲に鳴り響く。

 

 距離を取ったまま様子を窺っていたアテネスの足へと狙いを定め、そして。


「共鳴転移!」


 新たな剣、『風切羽』を射出する。

 しかし――


「あはは! わたしと飛び道具で戦うなんて、おバカさん!」


 剣は名の通り風を切り裂くにとどまった。

 驚くことに、アテネスは恐ろしいまでの反射神経で剣を避けて見せたのだ。

 そして続けざまに膨大な数のナイフを袖口から取り出し、投擲。

 

 即座に転移して回避する。

 が、行動が読まれている。転移先にまでナイフはばら撒かれていた。

 咄嗟に自分の周りの空間を転移させて、ナイフの猛攻を凌ぐ。

 だが足元に落ちていたナイフを拾い上げて、そしてアテネスの能力に気付く。

 

「そんな身なりだから近接系のジョブかと思ったら、結晶魔導士か。 道理で武器が品切れにならないわけだ」


「あはは、騙された? でももう遅いかな。 魔導士に時間を与えると、こういう事になるんだよ!」


 ネタが割れた所で、実力でどうにでもなる。

 アテネスの声には確かな自信が混じっていた。

 俺も迎撃すべく魔力を集中させた、その時。


 唐突に現れた剣が周囲を覆いつくした。

 硝子の様に透き通った刀身を持つそれは、本物の剣ではない。

 アテネスが作り出した暗器と同じ性質、魔法で生み出した結晶だ。

 少しでも動けば、酷い切り傷を負うことになるだろう。

 まさしく剣の牢獄ともいえる空間だった。


「どう? アリアを引き渡す気になった?」


 牢獄の向こう側から、アテネスが問いかける。

 確かにこの状況では、少しでも抵抗する態度を見せれば命を取られかねない。

 そこで俺は、一つの決断を下した。


「わかった、降参だ。 もう抵抗はしない。 そんなにあの小娘が欲しいなら、持って行けよ。 そんな価値があるとは、思えないけどな」


「わかってないなぁ。 あの子はわたし達を裏切ったんだから、絶対に連れて帰るの。 それにわたしが選ばれるなんて、少し癪だったけれど」


「お前みたいな実力者が小娘ひとりによくやる。 戦う術も持たないただのガキだっていうのに」


「戦力としての優秀さはこうやって直接戦う以外にもあるんだよ? 例えば、超遠隔から人形を操って、面倒な相手を殺させる、とか」


 ポロリと喋ったアテネスは、しまったと言わんばかりに口に手を当てた。

 反応に困るが、彼女は戦闘の腕は立つが性格に多少の問題を抱えているらしい。

 だがそのお陰でなぜアリアが銀の翼に目を付けられているか判明したわけだが。

 しかし勝手に喋ったアテネスは、名案を思い付いたと言わんばかりに笑みを浮かべた。


「少ししゃべり過ぎたかも。 ボスに怒られるかな? でも貴方を殺してしまえば、問題ないか」


「お、おい! 小娘は引き渡すって言っただろ! それでも殺すのかよ!」


「んー、アリアを渡しても、別に生きて帰すとは言ってないよね? あ! でも貴方の能力は、少し気になるかも。 仲間に入るって言うなら、少し考えてあげてもいいよ?」


 それはつまり、俺の能力が裏稼業向きって事か。

 ただここで断ってアテネスの機嫌を損ねるのはマズい。

 悩むふりをして、頷き返す。


「……そうすれば殺されないっていうなら、そうしよう。 銀の翼に、入らせてもらう」

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