第50話

 宿屋でアリアの分の追加料金を支払い部屋へと戻る。

 ビャクヤに加えて幼いアリアまで連れ込むことに宿主が難色を示すかと思ったが、アーシェと俺のことを知っていたため、特に何も言われずに部屋へと戻ってきていた。

 なんと言うかこういう所は誤解させたままの方が利点として働くため、何とも言い難いのだが。


「奥の我輩の部屋をアリアと使うとしよう。 手前の部屋はファルクスが使うといい」


「そうするよ。 必要な物があれば俺が仕入れに行くから、気兼ねなく言ってくれ」


 冒険者の宿という事で、冒険者に必要な商品も少ないながらに取り扱っている。

 回復薬や解毒薬などのアイテム類から、装備のメンテナンスに必要な道具まで。

 ただ、今回はアリアという一般人……と言っていいのかは不明だが、それに類する少女がいるため、生活必需品なども新たに買う必要があると考えたのだ。

 だがアリアは何が必要という訳でもなく、俺をじっと眺めていた。


「不思議な人ね。 私を殺す依頼を受けたなら、そうすればよかったのに。 なぜ話を聞こうと思ったの?」


「言っただろ。 まだ確証はないが俺と似てるんじゃないかと思ったんだよ。 俺の時は幸いにもビャクヤがいてくれた。 だがお前にとってビャクヤが救いになる存在とは限らない。 人形を怖がってるしな」


「こ、怖くはないぞ! ただ、少し苦手なだけだ!」


 奥の部屋から声が聞こえてくるが、今は無視しておいた。


「そこで俺が話を聞こうと思ったわけだ。 ギルドへの報告もできるし俺も話を聞きたい。 一石二鳥だろ?」


「偽善者。 そうやって弱者に手を差し伸べてる自分に酔ってるだけでしょ」


「だが話しやすいだろ? 心の底からお前に同情して、涙を流しながら慰めの言葉を掛けてくる慈愛の持ち主か、同じ穴の狢として自分語りをしてアドバイスを垂れ流す目的が分かり切った偽善者。 話すならどっちを選ぶ?」


「それは……。」


「やらない善よりやる偽善。 俺に冒険者の道を示してくれた恩人の言葉だ。 まぁ、俺の行動はあの人の物まねだから、偽善者っていうアリアの意見は的を射てる。 その通り、俺は偽善者だ」


 とは言え偽善者といわれて思う所はない。

 ヨミに誓った通り、俺の行動原理が例え物まねだろうとも、そこに生まれる結果は本物だ。

 そしてアリアを取り巻く謎から救い出せるのであれば、偽善者であっても一向に構わない。

 

 備え付けの椅子に座って、向かいの席をアリアに進める。

 黙り込んだアリアは、意外と素直に椅子へ座り、そして黙ったままテーブルを見下ろす。

 そして短くない沈黙が下りる。

 俺に話すべきか。それとも内に秘めたままにしておくべきか。悩んでいるのだろう。

 人を殺める程の覚悟を簡単に話せるわけがない。 

 

 どれほどの時間が経ったのか。

 奥の部屋からビャクヤの寝言が聞こえ始めた頃、ふとアリアは顔を上げた。

 口を開いて何かを言おうとして、そして再び口を閉ざす。

 それを何度も繰り返し、そしてたった一言。


「わたしは――」


 奇しくも、その時だった。

 激しく扉をノックする音が部屋に響き渡った。

 それを無視しても良かったが、すぐにそれが異常なことだと理解する。

 深夜ともいえる時間帯に、他の冒険者の部屋を訪れる者はそうそういない。

 そしてギルドからの呼び出しであれば、宿主が対応するはずだ。

 知り合いが訪れたという線もあり得ない。ここに宿を取っているという情報は、誰にも教えていないからだ。

 アリアを奥の部屋へと下がらせ、武器を腰に下げて、扉を小さく開ける。


「こんな時間に、誰だ?」


 扉の隙間から見えたのは、長髪の女性だった。

 腰ほどまである長い茶色の髪に、大きな黒い瞳。顔立ちは整っており、微かに化粧を施している。

 興行用のポスターの中や、人場で歌を披露している芸人にいそうな出で立ちだ。

 実際に女性は顔が美しく見える絶妙な角度で首をかしげて、俺を見上げてきた。


「こんばんは。 ここはファルクスさんの部屋で間違いないかな?」


「俺がファルクスだが、アンタは? 身なりからして宿の人間って訳じゃなさそうだが」


「ぴんぽーん! わたしは冒険者クラン『銀の翼』のサブリーダーをしてる、アテネスだよ。 よろしくね」


 冒険者クランときたか。クランとは言わば、パーティよりも一回り大きい冒険者の集まりだ。

 クランの内部でパーティを組み、得意な依頼をそれぞれが代替わりする。

 大きな仕事ともなれば何十人という冒険者が必要になるため、そう言った時にクランの仲間を呼んだりもするらしい。

 らしいというのは、俺にクランとの関わりがないからだ。悲しいかな、無能と呼ばれる転移魔導士に声は一度もかからなかったのだ。

 つまり、この銀の翼というクランとも面識は皆無だった。

 

「銀の翼……聞いたことないな。 それで、そのサブリーダーさんが俺の部屋に何の用事だ。 そもそも誰からこの場所を聞いたんだ」


「そう身構えないで欲しいな。 わたしの用事は、すごく簡単。 仲間の女の子を返してほしくて、ここに来たの」


「仲間? ここには俺と相棒しかいないが」


「かくしても無駄だよ? ここまで私が来たってことを考えれば、すぐに分かるでしょ? ただ私はアリアを返してほしいだけなの」


 当然のように、アテネスはアリアの名前を出した。

 つまり銀の翼がアリアの謎を解くカギになり得るという事か。

 できるだけ動揺を顔に出さないよう、アテネスを真似て首を傾げる。 


「知らない名前だな。 アリア? 演劇歌手かなにかの名前か?」


「あーあ、そういう態度でいいのかな。 私、これでも穏便に済ませようとしてるのに」


 アテネスの声音が、作り物めいたものから、違和感のない自然な物へと変わる。

 つまり交渉は終わり、という事だろう。元々それに応じる気の無かった俺としては、話が早くて助かるが。 

 アテネスへの注意をそらさないまま、部屋の奥に向かって叫ぶ。


「ビャクヤ!」


「どうした、ファルクス」


「え、うそ!? 恋人と同居してるのに、アリアを連れ込んだの!?」


 アテネスが何がほざいているが、今は無視だ。


「少し出かけてくる。 遅くなるだろうから、しっかりと部屋を守っててくれ」


「任されよう!」


 胸を叩いたビャクヤを見て、頷き返す。

 そして、先ほどとは違い冷酷な笑みを浮かべたアテネスを見据える。

 

「じゃあ、色々と聞かせてもらおうか」


「少し違うね。 聞かせてもらうのは、私の方だよ?」


 意識を集中させて、魔法を起動させる。

 そして明らかに臨戦態勢へと入ったアテネスごと、窓の外に見える建物の屋根へと転移した。

 

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