第49話


「ど、どういう事だ!? その人形はメリアという名前だったのだろう!? だが実際には、屋敷で見た姿がメリアだった、ということか!? じゃあお主は誰なんだ!? いや、お主は本当に人間なのか!?」

 

 錯乱状態のビャクヤは、ギルド本部から出るや否やアリアに詰め寄った。

 周囲の人間がなにごとかと視線を向けているが、ビャクヤにそれを気にする余裕はなさそうだった。

 

 イリスンの情報が正しければ、孤児院にいたメリア・クラウンが全ての元凶になっている。

 資料によればメリアはある時を境に魔法に目覚めた。能力の詳細は不明だが、相当に将来を期待されていたらしい。

 だがその翌年に孤児院は経営破綻。彼女は騒動の中で姿を消した。


 そして目の前の素朴な少女。

 魔法を使うときにだけメリア・クラウンの姿を取り戻す少女。

 最初は魔法で姿を偽っていると思っていたが、その逆だ。

 魔法を使うときにだけ、本当の姿をさらけ出す必要があるのだろう。

 見た目も十歳前後だ。ジョブを授かるには早すぎる年齢といえる。

 ここまで条件がそろえば、たどり着く答えは一つだった。

 

「落ち着け、ビャクヤ。 冷静に考えれば分かるだろ。 この少女がその――」


「違うわ! わたしは……わたしは、アリアよ」


 明確な否定の言葉が、俺の声を遮った。

 少女は、今にも泣きだしそうな顔で俺を見上げている。

 小さくため息をつき、そして踵を返す。

 これ以上の追及は不要だと考えたためだ。


「少し歩こう。 行きたい場所が出来た。 暴れるなよ、アリア」


「ま、待てファルクス! 先ほどの話の続きを聞かせてくれ!」



 冒険者の街、ウィーヴィル。

 その名の通り、冒険者向けの店舗や施設が多いことでも有名で、その中でも冒険者街と呼ばれる区域の賑わいは衰え知らずだった。それは俺がこの街を去る時も、そして戻ってきてからも変わらない。

 そんな懐かしささえ覚える街並みを進み、とある店舗の前へとたどり着く。

 見上げれば豪奢な建物で、中には冒険者達が集まって酒を飲み喧噪が飛び交っていた。

 ウィーヴィルでも有数の酒場であり、勇者一行が好んで使う酒場でもある。


「ここは?」


 だがこの場所に連れてこられたアリアには、まったく無縁の場所だ。

 不思議そうに首を傾げたアリアに、俺は意を決して口を開いた。


「ここは、俺がトラウマを植え付けられた場所だ」


「まさかとは思うが、ここでお主は追い出されたのか」


「……?」


 ビャクヤは即座に理解した様子だが、アリアはまだ小首をかしげている。

 俺の事情を話していないのだから当然といえば当然か。

 酒場の中から聞こえてくる笑い声が、俺の笑っているのかと不安になる。

 道を行き交う人々が俺を見て憐れんでいるのではと、臆病になる。

 それでも、アリアには話して聞かせるべきだと考えていた。


「笑い話だと思って聞いてくれればいいが、実を言うと俺はパーティから追い出されたことがあるんだ。 その時、生まれた時から一緒だった幼馴染とも、別の道を進むことになった」


 ははと無理やりにも笑うが、アリアは笑っていなかった。

 ビャクヤも神妙な顔つきで話を聞いてくれている。

 俺としては笑ってくれた方が気が楽なのだが。


「仲間達を心から信じていた訳じゃない。 連中は全員が優秀で、最初から幼馴染……アーシェが目的だったのは、明白だったからな。 俺はアーシェのおまけ程度に思われてたんだろう」


 思えば最初の頃はエレノスやティエレは俺にも対等に接してくれていた気がする。

 国王からの命令で仕方なく組むとはいえ、最初から俺に対して批判的だったわけではない。

 しかし実際に戦闘をおこなったその日から、俺の扱いは急変した。

 顔を合わせてから二回目の作戦会議で、俺をどうするかという議題が上がったほどだ。

 その時はアーシェの強い要望で俺は中衛としてパーティに組み込まれたが、その実は体のいい雑用係だった。

 

 魔王討伐という大義名分の前には、俺の意地やプライドなんて掃いて捨てるゴミの様な物だったのだろう。

 それも納得はできないが理解はできたし、俺も努力を怠らなかった。どうすればパーティに貢献ができるかを研究して、どうにか食い下がっていた。

 しかしジョブという、どうしようもない壁が立ち塞がった。


 人間の努力を嘲笑うかのような、神からの贈り物。

 俺はその時、ジョブが一種の呪いのようにさえ思えた。

  

「結局、周りのレベルが上がって、おまけからお荷物に降格した俺はパーティを追い出された。 ムカついたよ。 いっそのこと、消えてなくなりたいとも考えたさ。 自分のそれまでの努力を否定されたような、そんな気がした」


「そんなに未練があるなら、追いかければよかったでしょ」


「それがそうもいかない。 質(たち)が悪いことに、俺が追い出された理由は正当な物だったんだからな」


 いくら泣こうが叫ぼうが、レベルが低く、パーティに貢献できていなかった事実は覆らない。

 であれば俺が身を引くのが最も円満な解決方法だろう。そこに文句を付けて、感情で否定することは簡単だ。だが、その後を考えれば最悪の手段と言えた。


「自分の知ってる環境から弾き出されるのは、苦しいことだ。 新しい環境に慣れるのも苦労する。 それが自分の意思じゃないなら、なおさらな」


「そんな話して、どうするつもり? わたしに慰めてほしいの?」


 痺れを切らしたようで、アリアが声を上げる。

 ただそんな彼女を見ながら、問いかけた。


「いいや。 確証はないがアリアと俺は同類だと思ったんだ。 だからどうするのか気になった。 自分を追い出した連中を、アリアはどうする?」


「復讐するわ。 そこにいて当たり前だと思い込んでいる馬鹿に、思い知らせるに決まってる。 その場所にいる事は、とても特別で掛け替えのないことなんだということをね」


「そうすれば二度と戻れないと分かっているのにか?」


「えぇ。 復讐をしたなら決別するのよ、以前の環境と弱い自分に。 例え消えない罪を背負ったとしても」


 挑むような眼差しのアリア。そこに迷いはない。

 まだまだアリアに関してはわからないことが多い。

 彼女の能力や出生、そして今回の事件を起こした理由や目的も、まったくの不明だ。

 だがたった今、わかったことがある。

 

 彼女は断固たる意志を持ち、復讐をおこなった。

 そして戻れなくなってしまったのだ。

 帰る場所を自分で壊してしまったために。

  

「まぁ、ここまで俺の無様な話を披露したんだ。 気が向いたら、アリアの話も聞かせてくれ」


 アリアが俺の話を聞いて、どう感じたのか。それを知るすべはない。

 ただ全く手ごたえが無かったかと言えば、そうでもない。アリアはじっと酒場の中を眺めていた。

 そっと肩を叩かれたと思ったら、ビャクヤが顔を覗き込んできた。


「大丈夫か? 顔色が悪いように見えるが」


「あぁ。 少しだけ、疲れただけだ」


 鮮明に蘇るのは、いつもあの場面だ。

 散々、偉そうな言葉を言っておきながらこのざまだ。

 こんな俺に人を救うという余裕があるのか。

 今、鏡を見れば自虐的な笑みが浮かんでいるに違いなかった。

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