第43話

 その建物に入った瞬間、熱気が体を包み込んだ。

 奥の溶鉱炉は目が痛くなる程に紅く輝く炎を灯している。

 思わず顔をしかめるが、隣のビャクヤは涼し気な顔をしていた。


 ウィーヴィルが誇る最大級の鍛冶屋。それがこのグラーフ工房だった。

 街の外れ、運河のほとりに建てられたこの鍛冶屋には、かつてより世話になっている。

 一時は街を離れていたこともあり、なじみの鍛冶師は俺の顔を見て少しばかり驚いていた。


「ファルクスじゃねえか! えらく久しぶりだな、おい!」


「少し街を離れてたからな。 爺さんも元気そうで何よりだよ」


「聞いたぜ? アーシェの嬢ちゃんと別れたんだってな! なに、女なんて星の数ほどいるってもんだ! 気落ちする必要はねぇぜ? ワシも嫁と結婚する前は随分と……。」


 グラーフ工房の鍛冶師、ガスク。高齢だが、その知識と経験で品質の良い武具を生産してくれる。

 ただ唯一の欠点は、やたらと無駄な話が長いことである。

 ガスクが聞きたくもない話を始めたところで、隣のビャクヤが唐突に口を開いた。


「ふむ、ファルクス。 一つ聞きたいのだが、良いか?」


「あぁ、そうだったな。 こっちはガスク爺さんと言って、俺がこの街に来た時からずっと世話になってる鍛冶師だ。 あの剣聖アーシェの剣を拵えた程の腕前だから、技術は保証する」


 剣聖となったアーシェには相応の剣が必要になった。

 最初こそ大量生産品を使っていたが、アーシェの実力に耐え切れず歪んだり、折れたりしてしまったのだ。

 その為、この工房で一品物を打ってもらったことがある。

 あの剣聖の武器を、である。そんな実績があればビャクヤも不安はないだろう。

 そう思っていたのだが、ビャクヤは小さく首を横に振って、言った。


「いや、そうではないのだ。 アーシェというのはお主の幼馴染と聞いていたのだが、その実は恋仲だったのか?」


「こっ!? い、いや! 俺達はそういうのじゃない」


「だが、お主と会う者は口を揃えてアーシェ、アーシェと言っている。 本当になにもなかったのか?」


 心なしか、ビャクヤの口調が冷たい物に感じるのは気のせいだろうか。

 今まではなかった問い詰めるような物言いに気圧されながら、俺とアーシェの関係を説明する。


「勘違いしているみたいだが、俺とアーシェは家族みたいなものだったんだよ。 冒険者になってからも俺とアーシェはふたりで活動してたから、ここの街の人達はそういう風に見てたってだけだ」


「だがお主は成長し、この街に戻った。 求められれば、アーシェの元に戻るのか?  聞かせろ、ファルクス」


「ち、ちょっと待て! ビャクヤ、急にどうしたんだ!?」


 今にも掴みかかりそうなビャクヤの勢いに、思わず後ずさる。

 そこでようやく彼女も我に返ったのか、灰色の瞳が伏せられる。


「わからぬ。 我輩も、わからぬのだ」


 弱々しく、ビャクヤはつぶやいた。

 明快な物言いのビャクヤが迷う事は珍しい。

 いや、本人でさえその感情がどういった理由で生まれているのか理解していないのかもしれない。


 つまり彼女は、俺がアーシェと組みなおすことを危惧しているのだろう。

 俺が追い出された原因はレベルが低く、戦いに付いていけないと判断されたからだ。

 しかしワイバーンを討伐できるまでに力を付け、レベルも十分に上がった。

 そこで今、アーシェに呼び戻されれば、俺が簡単に向こうへ戻るのではないかと心配しているのだ。

 アーシェとは家族も同然。その言葉がビャクヤを不安にさせたのかもしれなかった。

 だがそこまで最低な男になった覚えはない。 


「言っただろ、俺達は相棒だ。 相棒を見捨てて、どこかへ行ったりしない」


「そうか。 ならば、安心だ」


 真白な髪を揺らして弱々しく笑うビャクヤに一瞬、心臓が跳ねる。

 普段は活発な彼女なだけにこうして脆い一面を見せられるのは、こちらとしても反応に困るものがある。

 言葉に困っているといつの間にか無駄話を終わらせたガスクが俺達を見ていた。

 この時ほどガスクの口が軽くて助かったと思ったことはない。


「くー! 見ちゃいられねぇぜ! まぁ口出しするだけ無粋ってもんか。 それで、今日はどんな要件だ?」


「あ、あぁ。 実を言うと武器に魔法文字(ルーン)を刻んで欲しいんだ」


 その名の通り、武器に刻み込むことで魔法と同じ効果を発現させる。それがルーンだ。

 魔法武器が必要になった経緯を説明すると、ガスクは二つ返事で請け負ってくれた。


「構わねぇが、相応の武器と資金が必要だぞ? それにただの武器じゃあ、ルーンの力に耐えきれん」


「それはわかってる。 そこで、これにルーンを刻んで欲しいんだ」


 腰に下げていた真新しい武器、ワイバーンの素材を使った武器を取り出しガスクへ渡す。

 それを受け取ったガスクは驚いた様子で此方を見返した。


「ワイバーンウェポンか! いつの間にこんな物を手に入れやがったんだ!?」


「色々あってな。 頼めるか?」


「頼めるもなにも、これならルーンを刻むことなんざ簡単だ! それで、どんな効果がお望みだ?」


「依頼を受けて、アストラル系の魔物と戦うかもしれないんだ。 対処できるよう、調整を加えてほしい」


「うーむ、出来なくはないが……前に打ってやった剣は持ってるか?」


「大切に使わせてもらってる。 とはいえ使い過ぎて、ガタが来てるけどな」


 大きな鍛冶屋がなかったため、元々使っていた剣を修理する事が出来ていなかった。

 そんな状態で無理をさせ続けていればどうなるか、想像するまでもない。

 背中の荷物の中から取り出した剣は刃こぼれや刀身の歪みなど、散々な状況だ。

 しかしそれを受け取ったガスクは驚くでもなく、状態をチェックすると小さく頷いた。


「こいつにも改良を加えておく。 そっちの嬢ちゃんはどうする? 今なら安くしておくが」


「……では、頼む。 我輩の武器は、ひたすら頑丈にしてくれ」


 そう言ってビャクヤもワイバーンの素材を使った薙刀を渡す。

 受け取ったガスクはそれらを武器を見て、自信に満ちた笑みを浮かべて、言った。


「じゃあ、数日後にまた来な! 最高の武器を見せてやるぜ!」

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