第42話

「幽霊屋敷の探索……? ギルドからの公式な依頼とは思えない内容ですね」


 イリスンから受け取った書類に目を通した感想が、それである。

 請け負った仕事の内容は、総合窓口で渡された依頼書で明らかとなった。

 だがその内容は、ギルドマスターから任されたとは思えない、なんとも胡散臭い物である。

 実際に書類を発行したイリスンも同じことを考えていたのだろう。


「えぇ、そうでしょうね。 私も寝物語のような依頼を仕事として発行するなんて、夢にも思わなかったわ。 寝物語だけにね。 ふふ、どう?」


「悪夢を見そうな冗談をありがとうございます。 それで、依頼の詳しい内容は?」


「東に旧貴族街があるのは知ってるわよね? ここウィーヴィルの自治権が貴族から商人、市民、ギルドの総合協会に移った時に解体された区画よ」


 言われて、頭の中の地図を引っ張りだした。

 旧貴族街とはその名の通り、無駄に凝った建物が乱立する、元々貴族が住んでいた地区の事を指す。 

 詳しい地形などの記憶は曖昧だが、それは俺とは縁遠い場所だからだ。


「あの暴動で半ばスラムになった区画ですよね。 場所と治安で安宿が多いから、駆け出しの冒険者がお世話になる事も多いと聞いていますけど」


 統治権によって暴利を貪っていた貴族が、住人の暴動によって排斥された。

 それが丁度十年前だと聞いているが、俺達がこの街に来たのは三年前。その時にはすでに冒険者の街として生まれ変わっていた。

 だが俺はアーシェと行動していたため治安の悪い場所での寝泊まりは必然的に避けていた。その結果、旧貴族街は名前だけは知っているが、実際に足を運んだことが少ない場所として俺の記憶に残っている。


「そこにある屋敷で、色々と事件が起きていてね。 寝床を求めて入り込んだ冒険者が怪我をしたり、裏商売の売人がなにかに襲われて変死体で見つかったり。 生きて帰った人々はみな、口を揃えてこういうのよ。 悪夢のような人形に襲われた、とね」


「そ、そうか。 なるほど、人形が……。」


 うめき声を上げるビャクヤは、張り付いたような半笑いを浮かべていた。

 元々色白のビャクヤだが、今や顔色は青に近い。

 なにやら人形に苦手意識がありそうだが、問題はそこではない。


「その原因が幽霊なのか、はたまた幽霊のような魔物なのか。 調べてきて欲しいと」


「端的に言えばそうなるわ。 真偽は不明だけれど、引き受けて……って、ちょっと待って。 大切なことを聞いておくのと忘れていたわ」


「我輩は人形など怖くないが、どうした?」


「貴方達、霊体(アストラル)系の敵と戦う術をもっているの?」


「あ」


 アストラル系。つまり霊体の体を持つ魔物の事だ。

 霊体とはつまり、実態を持たない存在で、物理攻撃の一切が無効化される。

 戦うには攻撃魔法を使うか、特殊な力が付与された武器を使うしかない。

 俺はもちろんのこと、ビャクヤにも魔法は使えない。


 指摘を受けたにしては妙にうれしそうなビャクヤと顔を見合わせ、イリスンに視線を戻す。

 彼女は額を抑えて、言った。


「出直してきなさい、この脳筋共」


 ◆


 窓口を追い出され、併設された酒場へと足を運ぶと、ビャクヤの顔色は一気に回復した。


「残念であったな! 我輩は是非ともその幽霊とやらと戦いたかったのだが!」


 意味不明な虚勢を張るビャクヤだったが、どうやら戦に生きる鬼という種族柄、何かに恐れるということ自体が、恥ずべきことなのだろうと推測できた。

 人々を襲う呪いの人形なんて怖くて当然だと思うのだが、そこは黙っておくことにした。

 いま話し合うべきはアストラル系の魔物と戦う手段だ。


「霊体系の敵と戦うには、魔法武器を用意するか、攻撃魔法が使える仲間が必要になるな」


「ま、まて。 幽霊屋敷の話は、お流れになったはずであろう」


「それとこれは別問題だ。 ダンジョンの中でアストラル系の魔物と出くわしたらどうするんだ」


 今回は準備する時間が作れたが、いざ魔物と対面したときに対抗手段がない場合は、死にも直結する。

 この幽霊屋敷に限った話ではなく、今後のことを考えてアストラル系の魔物に備えておくのも決して無駄ではない。

 となれば選択肢は二つ。魔法を宿した武器を用意するか、攻撃魔法が使える仲間を引き入れるか、なのだが。


「どっちが俺達にとって簡単かと言えば、まぁ……。」 


「す、すみません。 お話を聞いていたんですが、もしかして攻撃系の魔術師をお探しですか!? でしたらここに、ほら! ちょうどいい魔術師が!」


「ちょっとまった! 俺達の仲間に優秀な神官がいるんだ! アストラル系の相手なら、一緒にどうだ!?」


 テーブルの周りには他の冒険者たちが押しかけていた。

 見渡せば中にはシルバー級の冒険者も混じっている。転移魔導士である俺がここまで必要とされることが今まであっただろうか。というか、俺が勇者パーティから追い出された厄介者というイメージはどこへいったのか。


「ずいぶんと人気者だな、我輩達は」


「ワイバーンの武器を持って、ギルドから公式な依頼を任されてればな。 ただ、新しい仲間を迎え入れる予定はない。 悪いな」


 そう言うと、口々に自分達の名前やパーティ名を言い残して、冒険者たちは散っていく。

 あとに残されたのは、各々のメンバーや特技を書き残した書類の山である。

 本来ならば新しい仲間を招き入れるのが、今後のことを考えても最善策なのだろう。


 一つのミスや過ちが命の危険に直結するのが冒険者という生業だ。

 であれば臨機応変に様々な場面へ対応できるパーティこそが、真に優れたパーティと言える。

 物理攻撃に特化した俺達では今回のようにアストラル系の魔物には手も足も出ない。

 回復だって神官を招き入れた方がはるかに安定する。


 しかし使徒との戦いを考えると、安易に仲間を増やす訳にはいかなかった。

 心苦しいが、今回の魅力的な提案を蹴らざるをえない。


「ならばどうする。 今回の依頼は諦めるか?」


 やけに今回の依頼から逃げたがるビャクヤだったが、そうもいかない。

 俺には一つ、考えがあるのだ。


「いいや、思いついたことがあってな。 一緒に来てもらえるか? 絶対に後悔はさせない」


 仲間を増やせないなら、もう一つの案を採用すればいいのだ。

 不思議そうに首を傾げるビャクヤを連れて、俺は工房へと向かうのだった。

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