第44話
「以前と同じ部屋で頼む。 料金はギルドへの預け金から引き下ろしてくれ」
冒険者の証を提出して、署名にサインする。それで手続きは完了だ。
後ろを歩くビャクヤは興味深そうに周囲を見渡して、言った。
「手慣れているな。 ファルクスはこの街に詳しいのか?」
「まぁな。 俺が冒険者になって最初に訪れた街だ。 当時はそんな気もなかったが、思えばホームみたいなものだな、この街は。 ビャクヤはどこか一所に長く滞在することは少ないのか?」
「うむ、同じ場所に留まるのは苦手だ。 だが帰る場所があるというのも、悪くはない」
「故郷には帰らないのか」
「我輩の使命を果たさぬ限りな。 その後は……帰るやもしれぬが」
そんな事を言いながら部屋に大きな荷物を下ろし、ようやく一息つく。
ウィーヴィルに帰ってきてからは、依頼の報告やパーシヴァルとの話し合いなどに追われていたため、休む時間が少なかった。冒険者たるもの体力が命だが、さすがにギルドマスターと対面して話をするとなれば、心が疲弊する。
備え付けのイスに腰かけると、ひとみを閉じて体から力を抜く。
ようやく体を休ませることができる。
そう思ったのも、つかの間。
「なにごとだ?」
見ればビャクヤが窓から身を乗り出していた。
開け放たれた窓からは、少女の物と思われる声が部屋の中に入ってきた。
どうやら何人かの男に絡まれているらしい。
それを見ていたビャクヤの表情をみて、俺も重い腰を上げるのだった。
◆
「返して、お願い! その子は大切な家族なの!」
「なら取り返さねえとな! ほら!」
大きな瞳に涙を浮かべた少女と、少女の物と思われる人形を取り上げている三人組の男。
そして残念なことに、三人組は一目で冒険者と分かる身なりをしていた。
子供の人形を奪って喜ぶ、冒険者の男達。
どう見てもどちらに非があるかなど、考えるまでもなかった。
「おい、なにしてるんだ」
背中から声をかけるが、男たちは俺には興味を示さず、一瞥しただけだった。
だがその内の一人が俺の顔を見て、手を叩いて笑った。
「お前には関係ねぇだろ。 すっこんで……いや、お前。 あの勇者に女を寝取られた挙句、みっともなく追放された男なじぇえか。 よくもまぁ、この街に戻ってこれたな!」
「子供の人形を奪って喜ぶ男にみっともないと言われたくないな。 いいから、その人形を返してやれ」
「返してやれ? 誰に命令してるんだ、お前。 命が惜しけりゃそっちの女を置いてさっさと消えろ。 さも無けりゃあ――」
瞬間、男の言葉が途絶えた。いや、男の姿が消し飛んだ。
いつの間にか肉薄したビャクヤが、男相手に拳を振りぬいていたからだ。
鬼の剛腕から繰り出される一撃に反応すらできなかった男は、凄まじい勢いで地面を転がった。
そしてその勢いが収まっても、立ち上がることはない。
小さく痙攣を繰り返す男を見て、ビャクヤはひとこと。
「ふむ。 口の割には大した事がないな、お主ら」
「び、ビャクヤ?」
「ここは我輩に任せておけ。 こういった荒事は、我輩好みだ」
「て、てめぇ!」
さすがは、冒険者。
ビャクヤが攻撃してきたとわかるや否や、格闘技の構えを取る。
しかしすでに遅すぎる。ビャクヤは煩雑に腕を振るい、残りの二人もなぎ倒した。
そもそもレベルも相当に上がっている鬼のビャクヤに、格闘技で敵う相手はそうそういない。
地面に転がった三人を見て、ビャクヤは好戦的な笑みを浮かべた。
「どうだ? まだ続けるか?」
「い、行くぞ! お前ら、顔を覚えたからな!」
「鍛えてから出直してくるがいい! また我輩が相手になってやるぞ!」
そう言って手を振ったビャクヤだが、相手にとってはトラウマに違いない。
男たちの姿が見えなくなった所で、人形を子供へと渡す。
乱闘の最中に手元へ転移させておいたのだ。
受け取った子供は、しきりに人形の状態を確認していた。
「次は奪われないようにしっかり持っておくといい」
「あ、ありがとう! お姉ちゃん達、強いんだね」
「ふふ、そうであろうそうであろう。 我輩は強いであろう」
「とはいえいつでも助けられる訳じゃない。 この辺は治安が悪いからな。 子供がひとりで出歩くのは危ない。 早く家に帰りな」
「うん!」
人形を抱きしめた少女は素直にうなずき返し、踵を返した。
ただその方向は街の東側。この地区から見て向こう側にあるのは、商業地区と旧貴族街のみだ。
商人の子供なのか、それとも別の道を通って戻るのか。
そもそも、なぜこの場所にあんな子供がいるのか。
疑問は尽きなかった。
「こんな場所に子供なんて、普通は入り込まないはずなんだが」
「そうなのか?」
「考えてもみろ。 冒険者の宿が密集してる地域なんて、大人でも用事がなければ寄り付かないだろ。 なのに、なんであの子は……。」
冒険者が粗暴というイメージは人々の中にこびりついている。
そう言った一面もなくはないが、基本は金で動く何でも屋であり、自分の益にならない荒事は請け負わない。
逆に信頼を落とすような行動はしないのが一般的だ。
しかし中には先ほどのように、ガラの悪い連中も一定数は存在する。
そんな冒険者が寝泊まりする地区に子供が入り込むなど、考えにくいことだ。
だが迷い込んでしまったのだろうと適当に辺りを付けて、宿へと引き返す。
すでに俺の思考は、停止寸前だったのだから。
だが、この時気付くべきだった。
あの子供の異常さに。
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