第30話

 想像はいとも容易く的中した。

 大人数で待ち構えていた盗賊団は、俺達の姿が見えた瞬間、声も上げずに襲い掛かってきた。

 これ以上先には向かわせないための配置なのだろうが、それはつまり目的地が近いことを示唆している。

 使徒も俺達を止める事に必死になっているのだろう。


「大人数で攻めてきたのが仇になったな!」


 周囲から振り下ろされる刃を全て転移させる。

 そして目では追えない速度となった刃を、盗賊団へ向けて射出。 

 亜音速に迫る刃が武器を失った集団の首元を貫き、絶命させる。

 気付けば、遥か前方で暴れていたビャクヤも相手を片付けた様で、薙刀を担いで戻ってきていた。


「もう目的地も近いはずだ。 進もう、ビャクヤ」


 自分の剣と、予備にもう一本だけ剣を回収していく。

 元々はヴァンクラットの商品だったのだろうが、命を助けたという事で、無断で借りても文句は言われまい。

 刀身に着いた血を振り払っていると、ビャクヤは周囲に倒れる盗賊団を眺めていた。 


「こ奴らは恐らく、使徒に命令されてこの場所を守っているのであろう?」


「まぁ、そう考えるのが妥当だな」


「おかしいとは思わぬか」


「おかしいって、団員がこの場所にいることがか?」


 ビャクヤは真剣な顔つきで頷いた。


「我輩達は未だ敵を討ち漏らしてはいない。 だというのに、なぜこ奴らは我輩達の襲撃を知っているのだ?」


「まぁ、村を襲ったからその仕返しで誰か来ると思っていた、とかか」


「ならば入口を固めるのが定石であろう。 この岩塩抗は天然の要塞ともいえる作りだ。 内部に誘き入れて利点は無い」


 それは戦に慣れた鬼という種族だからこその観点だった。

 確かに俺達の反撃を予想していたのなら、有利に戦える入口で待ち構えていたはずだ。

 万一にも途中で俺達の襲撃に気付いたなら、こんな奥まった場所で迎撃する必要はない。

 なにより村で倒した数と、坑道内で倒した数よりも、この場所で待っていた盗賊団の数の方が多いのだ。 

 本気で俺達を迎撃するのであれば、順次戦力を投入して俺達を疲弊させるのが効果的だ。


 相手を襲うことを生業としている盗賊団がそれに気づかない訳が無い。

 ぬぐえない疑念が付きまとう。だがここまで来た以上、進まなければならなかった。


「気を付けて進むべきだ。 まるで、奥へと誘われているように思うのでな」


 

 そこには坑道内部とはとても思えない光景が広がっていた。

 錬金術師が使いそうな実験道具に加えて、見たこともない様々な薬品、それに魔物の素材が所せましと並んでいる。

 壁際にはすさまじい量の蔵書が積み上げられており、部屋の隅には空の魔力結晶が保管されていた。


「まさしく研究所って感じだな。 貴重な素材も揃っている。 ここで、ヨミの言う魔素を作っていたのか。 その使徒は」


「間違いない。 ヨミ様も、この周辺に使徒がいると仰っている」


「だが無人だ。 それに少し前から使われていない」


 周囲を見渡しても人の気配はなく、用途不明の器具や素材、研究の資料などが散乱しているだけだ。

 それによく見れば、机の上にはうっすらと埃が積もっている。誰かが最近、この場所を使った形跡はない。

 俺達の襲撃を察知して逃げ出したという線は消える。それよりもずっと前にここには誰も入っていないのだ。

 なにか情報は無いかと机の上の資料などを漁っていると、小さなメモ紙を発見する。 


「魔素の特性と、人間に与える影響……。」


 内容は、魔素に犯された人間の研究結果だった。

 魔素に犯された人間は精神を破壊され、一度は仮死状態に陥るという。

 そして空になった肉体に魔素は侵食をはじめ、結果的に感情を持たない、破壊を繰り返す人間が完成するという。

 つまり今まで戦った盗賊団は文字通り生きる屍だったという訳だ。

 

 さらに詳しく調べるため、部屋の中を探索していると、ふと一つの扉が目に入る。

 岩をくりぬいて作られたのか、歪な形をした扉を開け放つと、それが目に飛び込んできた。

 いや、それを目にしてしまった。


「ビャクヤ、来てくれ」


「どうした、ファルクス。 なにを見つけ――」

 

 そこで、ビャクヤは言葉を失った。

 その感情は理解できる。

 ビャクヤは絞り出すように言った。


「我輩でもわかるぞ。 この部屋がなにに使われていたのかが」


 壁にこびりついた赤銅色の物体。

 そしてベッドに寝かされた、辛うじて人間の形を留めている死体。

 その周辺には医療に使われるはずの機材が散乱している。

 中には黒い靄が残っている物もあり、人間が何をされていたかは容易に想像できた。


「魔素を使った、人体実験か」

 

 口に出すだけでも悍ましいその事実に言葉を失う。

 目の前の光景を見て、気を取られていたこともあっただろう。

 だからこそ、奴の接近を許してしまった。


「ご名答」


 その言葉はすぐ後ろから発せられた。

 だがしかし。

 その声に振り返るよりも先に、ビャクヤの体が崩れ落ちた。

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