第28話
薄暗い大地を、発光石と月明かりを頼りに馬車で駆ける。
すでに日は傾き、夕暮れもとうに過ぎている。いつもなら安全の為に、夜は村に留まるはずだった。
しかし湧き上がる怒りがそうさせてくれはしなかった。
あの惨状を見て、冷静な判断力を失っていたのかも知れない。だが自分が間違ったとは思わない。
泣き崩れるパティア。そして無残に帰らぬ人となった村長。
その為、仇を討つため、盗賊団を迎え撃ったその直後に、追撃へと移った。
隣に座るビャクヤは無言で前方を眺めている。
怒りを必死に抑え込もうとしているのだろうが、ビャクヤに聞いておくべきことがあった。
「ビャクヤ。 できればヨミに聞いてくれ。 その使徒という奴が近くにいれば、すぐに分かる物なのか?」
「……いや、近くにいるとは分かるが、断定はできぬらしい。 だがそれは相手も同じことであろう」
「だが俺達は誰が使徒なのかを見極める必要がある。 この異常事態の原因に加えて、今回の襲撃はそいつが仕組んだことだろう。 色々と聞く必要があるんだ。 それに比べて相手は俺達を殺せばいいだけの話だ。 まるで条件が違う」
ヨミの言葉を信じるのであれば、黄昏の使徒は被害を拡大させることを目的としている。
ワイバーンの一件は不明だが、人間を使っての虐殺も使徒の狙いであれば、決して繰り返させてはいけない。
その為にも、黄昏の使徒の目的や能力を知らなければならない。なぜ被害を拡大させるのか。そしてその目的も。
これは黄昏の使徒という組織についての情報を得られる、数少ないチャンスと言えた。
「あの魔素に犯された盗賊は、明らかに誰かに操られていた。 使徒というのは、そんな芸当が可能なのか?」
「わからぬ。 人間に魔素を使い操るといった能力は、我輩も初めて見た。 だが使徒はそれぞれが異なる能力を持っていると、ヨミ様から聞いたことがある」
「そもそも使徒ってなんなんだ。 魔素を作ってばら撒くことが目的じゃなかったのか?」
「それは、間違いない。 連中はアジトの中で魔素を生成しているはずだ。 それらを壊せば、おのずと被害は抑えられる。 使徒も捕らえられる可能性が高い」
「……使徒がそれらを捨てて逃げる可能性は?」
「極めて低いであろうな。 黄昏の使徒は魔素を作り、被害を拡大させることを第一に考えている。 それらを邪魔する者には、容赦はしない。 ヨミ様はそういっている」
またしてもヨミの助言だ。
どこまで信じられるかは不明だが、なにも情報がないよりはましだ。
話半分で聞き流しながら、目的地を目指すのだった。
◆
一切の躊躇と迷いのない一撃が、振り下ろされる。
良く研がれた剣はしかし、標的を捉えることなく地面を叩いた。
一瞬前までそこにいたビャクヤは、独特な構えで後方へと回避。
いや、数歩さがることで、回避と溜めを同時に行っていた。
「『残影』!」
紙一重の回避の直後、強烈な踏み込みと共に薙刀が振るわれる。
その一撃は相手の剣をへし折り、盗賊団の胴体を切り裂いた。
ビャクヤが新たに覚えたというスキル『残影』は、瞬間的に回避を行い、相手の攻撃直後の隙を狙って反撃を行う、カウンター技だ。
特に意思を持たない魔素に侵された人間には、効果は抜群だった。
壁際まで吹き飛んだ盗賊が動かなくなったことを確かめると、ビャクヤは小さく息を付く。
「なるほど、お主が普通でないといった理由に得心がいった。 こ奴らは確かに、普通ではないな」
「村でも思ったが、まるで痛覚や恐怖が無いみたいだ。 操り人形のように突っ込んでくる」
「ここの使徒は盗賊団を従順な兵士として活用しているようだな。 もはや感情もないのだろうが、惨(むご)いことをする」
先ほどの相手も、胴体を斬られたというのに一言も声を上げなかった。
不気味なほど静かに戦う盗賊をしり目に、坑道を進んでいく。
イメージしていた坑道とは違い、しっかりと道が整理されており、進むことに不便はなかった。
だがその道中で、見覚えのある荷馬車を発見する。
その荷台には俺達が討伐したワイバーンの素材が乗せられていた。
「そういえば、ワイバーンの素材も奪われたとパティアが言っていたな。 こんな物まで持ってきていたのか」
「いくつかの部分が切り取られているが、これは盗賊団がやったものなのか?」
怪訝そうにビャクヤが荷台に近づく。
しかしその部分が無いことは俺も事前から知っていた。
「いや、そこはヴァンクラットが持って行った場所だ。 ここにきてから取られたって訳じゃなさそうだな」
「ヴァンクラット、か。 あ奴は今どこにいるのだ?」
「素材を持って近隣の街に向かったと聞いてるが。 ここにある残った部分は後から回収に来るといっていたな、たしか」
ヴァンクラットいわく、ワイバーンの死体はある意味、宝の山だと語っていた。
余すところなく素材となり、商売道具となるらしい。
価値の高い素材を優先して売却するといっていたが、それらが終わり次第、残った素材も回収すると豪語していたぐらいだ。まさか盗賊に奪われるとは、彼も想像していなかったのだろうが。
ただビャクヤは坑道の先を眺めては、小首をかしげた。
「ならば気のせいか……。」
「どうしたんだ?」
「いやなに、この奥からヴァンクラットの声が聞こえたのでな。気のせいかと思ったのだが」
その時だった。
奥から聞き覚えのある声が通路に反響する。
命だけは、とか。有り金は出した、とか。
その声は数日前に聞いたもので、聞き間違えようがなかった。
「どうやらそうでもないらしいな」
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