第27話

 流れ出す鮮血が広がり、むせ返るような鉄の臭いが充満する。

 穏やかな日常はワイバーンの襲撃によって破壊されてしまった。

 しかし村を上げての復旧で、回復の兆しを見せ始めていた。

 だというのに、その小さな希望をいとも容易く打ち壊す惨状が、村の中には広がっていた。


 犠牲者は、先日のワイバーンによる被害よりさらに多くなっていた。

 それは相手が明確な目的、それも殺人を意図した人間だったからだろう。

 逃げ惑う人間を追いかけ、隠れている子供を探し出し、無慈悲に刃を振り下ろす。

 災害にも似た魔物の被害ではない。人間の手による虐殺である。

 そしてその刃に掛かった被害者の中に、見知った顔があった。


「済まなかった。 もっと早く、戻ってきていれば」


 パティアが抱きすくめるのは、村長の遺体だった。

 老体の彼女が襲撃者から逃げ切ることは難しかったのだろう。

 必死に抵抗したのか、腕には痛々しい切り傷が残っていた。


「いいえ、おふたりのせいじゃありません。 悪いのは全て、あの連中なんですから。 私達がもっと、警戒していれば……。」 


「パティア知ってるのか、さっき襲ってきた連中を」


 あの人間たちの襲撃が、本当に偶然的な物であれば、村中は大混乱を起こしているはずだ。

 だがこの襲撃がまるで当然であったかのように、パティアは落ち着き払っていた。

 そしてまるで予測できたとでも言いたげな言動。

 短くない時間を費やして、パティアはゆっくりと口を開いた。


「以前にも、言いましたよね? この村の近くには岩塩抗があったんです」


「あぁ、村に来た時に聞いたな。 そのおかげで昔は栄えていたが、塩の価格が暴落したとかで閉鎖されたんだろ」


「確かに、そう言いました。 ですが本当は違うんです。 岩塩抗は盗賊団に乗っ取られてしまって、今では彼らのアジトとして使われています」


 あまりの事実に目を剥く。

 それはつまり、この村の重要な財源を奪われたということになる。

 蓄膿や農耕をしていない村にとってそれは、唯一の生命線を絶たれるのと同じことだ。 


「ま、待て! なぜそれを憲兵団に言わないんだ!? 領主の耳に入れば私兵がどうにかしてくれるはずだろ?」


「無駄なんです。 岩塩抗を使って盗賊団が莫大な利益を生み出している限り、過疎地域の村の言葉なんて、簡単に握りつぶされてしまうんです」


「ならギルドに訴えれば……いや、そうか」


「人間同士の抗争に冒険者を使うことを、表向きは禁止しています。 それは冒険者のファルクスさん自身が、よくご存知ですよね?」


「それでも俺達に相談してくれれば良かったじゃないか。 そうすれば、少しでも力になれたかもしれない」


 人間同士の戦いにおいて、冒険者というのは最高の戦力になる。

 上位の冒険者ともなれば山の様な魔物を簡単に殺すことができるのだ。

 ただの人間が相手ならば、どうなるかは想像するまでもない。


 そんな冒険者を敵対組織に雇われてしまえば、自分側も冒険者を雇うしかなくなる。

 そういって冒険者同士が代理戦争を行うことが懸念されていた。

 実際に過去にはそういった出来事があったとも聞く。


 結果的に冒険者ギルドは冒険者同士で武器を向けることは禁止として、破った者には重い処罰を与えている。

 ただこれも表面上の話だ。今回の様に不可抗力に近い場合は、武器の使用は認められる。

 しかし能動的に武器を人間に使用すれば、場合によっては冒険者の資格を永久剥奪されてしまう危険性もあった。 

 それは冒険者にとっての、事実上の死刑宣告ともいえた。


「この話をすると、冒険者の皆さんがこの村から出て行ってしまう。 そんな気がして……。」


「そうか、そういう訳か。 村長の言っていた、二つある問題の二つ目。 それがギルドを通さず、俺達が個人的に盗賊団を追い出すことだったんだな」


 例えば依頼の途中で盗賊に襲われたら、冒険者は撃退しても構わないのだ。

 自分の命が危険にさらされた時にだけ、人間相手に武器を向けてよい。

 つまり意図的に俺達が盗賊団と戦闘をおこなう様に仕向けることも不可能ではない。

 それを村長は狙っていたのだろう。この村を守るために。


「ごめんなさい、隠していて」


「謝ることなど、なにもないぞ、パティア。 我輩達の感情は同じはずだ。 仲間に頭を下げる時ではない」


 氷の様に冷たく、そして炎の様な怒りを含んだ声音が響く。

 ビャクヤはじっと村長の遺体を眺めたまま、表情を動かしていなかった。


「ビャクヤ、お前……。」


「鬼の一族は戦を好む。 遥か昔から戦をこよなく愛し、戦や一騎打ちで死ぬことが名誉だとされてきた。 殺し、殺され、我輩達の歴史は血塗られている。 人殺しの種族などとも呼ばれているが、反論などできぬ。 我々は、そういった愚かな生き様しか知らなかったのだから」


 顎を引き、肩を震わせる。

 それはビャクヤが怒りを押し殺している時の仕草だった。

 見れば軋みを上げるほどに、薙刀を握りしめていた。


「だが鬼であっても、一つ分かることがある。 戦は互いに命を懸けねばならぬ。 戦いを知らぬ者を斬ることは、絶対に許される事ではない。 この所業、決して許すことはできぬ。 鬼の矜持に掛けて、犯人を八つ裂きにしてみせよう」


「俺も、微力ながら力になろう。 必ず、犯人には罪を償わせる」


 うなだれるパティアの肩に手を置き、視線を向けさせる。

 ダンジョンから帰ると、いつもパティアは笑顔で迎え入れてくれた。

 俺がこの村に来た時も、一番最初に笑顔を向けてくれたのが彼女だ。

 そんな彼女を思えばこそ、もはや一刻も犯人を野放しにはできなかった。


「教えてくれ、パティア。 その岩塩抗は、盗賊団のアジトはどこにある?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る