第26話

 地下に広がるダンジョンの内部では、時間感覚が狂ってしまいがちだ。

 空もなければ密閉空間に押し込められて、魔物との戦いを続ける。

 それが続けば外が昼か夜かなんて気にする余裕は無い。


 だが最近ではそんな悩みを気にする必要はなかった。

 なぜならビャクヤの体内時計が恐ろしいほどに正確なのだ。

 まるで体内に魔道具を隠し持っているのではないかと思うほどに。

 その結果、日が落ちきる前にダンジョンから脱出して、荷馬車で村へ戻ることが日課となっている。

 夜にはダンジョンや村の周辺に強力な魔物が出るだけなく、村も見張りが少なくなり無防備になる。

 ワイバーンの一件以来、万一のことを考えて夜は村の中で過ごすと決めていた。


「今日も中々な成果だったな。 魔石も持ち切れないほど手に入ったし、久しぶりに酒でも飲むか」


 夕暮れの中、荷馬車に乗った戦利品を眺めて、お気に入りの酒の味を思い出す。

 辺境の村という事もあり、酒場にある酒の種類はさほど多くない。

 しかし田舎ゆえに地域特有の酒を仕入れていることもあり、その中でも特に火酒と呼ばれる物を気に入っていた。

 喉を焼き、腹を下っていく熱量を思い出すと、今すぐにでも酒場へ駆け込みたくなる。


 さすがにいつもはダンジョンへ潜る前日に深酒をしないよう気を付けていた。

 だが二階層の攻略が順調に進んだ今日ばかりは、飲みたい気分でもあった。

 しかし、いつもなら話に乗ってくるビャクヤは俺の方を向いていない。

 視線は村の方角。そして片手には、薙刀を握っていた。


「ファルクス。 気付いているか?」


「なんだ?」


「村の中から、血の匂いがする」


 その瞬間、ビャクヤを抱き寄せていた。

 驚いた表情のビャクヤだったが、今は気にしている時間がない。

 このまま馬車で村の中へ入っていくには、時間がかかりすぎるのだ。

 少しでも時間が惜しかった。 


「しっかり掴まれ! 空間転移!」


 二転、三転。

 景色が変わった頃には、すでに村の目の前まで来ていた。

 急いで村の中へ駆け込み、そして言葉を失った。


 地面に転がる遺体には激しい切り傷が残されており、村の中には未だに悲鳴が残響する。

 見れば村の所々では血の付いた剣を持った男たちが村人たちを追い詰めていた。

 冒険者も抵抗しているが、男達の実力が上回っているのか、一方的に追い詰められている。

 その中でも一人が俺を見つけたのか、猛烈な勢いで襲い掛かってきた。

 

「こいつらはなんだ!?」


 咄嗟に剣で相手の攻撃を受けるが、その一撃はダンジョンの魔物よりも強烈だった。

 剣士に類するジョブを持っているのか、怪力になる魔法が掛けられているのか。

 甲高い金属音と激しい火花。俺の剣が折れるのではないかという威力で、再び男は剣を振りかざす。

 だが、その一瞬。

 相手の姿が消え去り、遥か上空に姿を現す。

 かなりの高度から落下した相手は、そのままうずくまって動かなくなった。


『ククク、黄昏の使徒め。 とうとう痺れを切らしおったか』


 その笑い声はビャクヤからだ。

 だが、ビャクヤの声ではない。


「ヨミか? いったいどうなってる!? こいつらがお前の言う使徒なのか?」


『言葉を弁えよ、小僧。 だがそうじゃな、答えるのであれば、否。 こ奴らは手駒に過ぎぬ。 魔素に侵されてはいるだろうが、使徒ではない』


「魔素は魔物にしか効果がないんじゃないのか!?」


『そんな事は一言も言っておらぬぞ?』


 小さく笑うヨミの視線は、先ほど倒れた男へ向けられた。

 地面に倒れたその男が、ぎこちない動きで立ち上がる。

 確実に足の骨が折れているというのに。

 信じがたいことだった。


 そこでビャクヤの言葉を思い出す。

 魔素に犯された魔物は、破壊をまき散らす存在となる。

 確かに目の前の男たちはまさしくその通りの行動をしている。

 つまり、この男たちは魔素によって殺戮の兵隊として作り替えらたのだ。


 無理やり立ち上がった男は、再び剣をかざして襲い掛かってくる。

 だがこの男だけではない。まだ村の中には他にも使徒の兵隊がいるのだろう。

 即座に手に持った剣を転移させて、加速させる。

 そして襲い掛かる男の胴体に狙いを定め――


「共鳴転移!」


 剣の直撃と共に、男はきりもみしながら吹き飛んだ。

 はるか後方へと転がり、瞬時に俺の剣を手元へ戻す。

 余りの速度に胴体に大きな風穴が空いている。

 少しやりすぎたかと思ったその瞬間。


 男の体が激しく痙攣し、再びもがき始めた。


「な!? 不死身か!?」


 いや、完全に立てている訳ではない。

 流石に胴体に穴が開いている状態で動けはしない。

 だがそれでも、生きているという事がおかしい。

 普通ならば即死の重症を負っているはずなのだ。


『いいや、無理やり生かされているだけじゃろうて。 首を飛ばせ、小僧』


「だが……。」


『奴らはすでに手遅れよ。 一息に殺すことが救済でもある』


「魔素を取り除けないのか?」


『今の所は、不可能だ。 こうして人間が犯されること自体、稀よ。 そして救う術などあるはずもない』


 冷徹にも思えるヨミの言葉だが、俺にその真偽をはかる術はない。

 例え魔素を取り除けたとしても、俺の一撃で胸に風穴が空いている以上、男は助かりはしない。

 そして迷っている間にも、村人たちの被害は拡大する。 


『今さら人を殺める事に怖気づいたか? ならば所詮は、人々を守るという意志はその程度だったということよ。 命を奪う覚悟が無い者に、命を守れるものか』


 ヨミの挑発は、ある意味で正しいものだった。

 だが人間の首を飛ばす。それに躊躇いを覚えてしまう。

 相手は俺を殺しに来た敵だ。だが人間として、拒絶してしまう。

 しかし、だが。

 何度も思考が入れ替わり、最後には反射的に行動を起こしていた。

  

「この性悪女め!」


 そうして、剣を振り上げる。

 相手は村人を殺して回った大罪人だ。

 殺されて当然の人間だ。

 そう自分をだまして、男の頭を斬り飛ばした。

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