第3話

 人脈というのは意外と馬鹿にならない物で、それが例え行きつけの酒場のマスターとの縁だったとしても、今の俺にとっては救いの手に思えた。

 なんせ俺は冒険者としての階級を二つほど降格させられたばかりである。それも勇者からパーティを追い出されたという、不名誉な称号がおまけでついてくる。一目で明らかに地雷だと分かっている冒険者に、仕事を回したがる依頼主はそうそういない。

 当初の予定では俺の噂のほとぼりが冷めるまで、薬草の採集や増え過ぎた魔物の間引きなどで食いつないでいく手筈だった。しかしマスターの提示した仕事は、俺にとっては一石二鳥の依頼だった。


 馬車に揺れられること10日。退屈で気を失いそうな道のりを超えると、目的の村にたどり着いた。

 停車するより先に馬車から飛び降りた俺を迎えたのは、小さな家々が立ち並ぶ、村と呼べるのかさえ怪しい場所である。

 当然だが人通りも少なく、村の中の道も舗装はされていない。未開拓の地を無理やり切り開いて作られた、そんな印象を受ける村だった。


「これは、確かに紹介状がないなら、誰も来ないだろうな」


 村の様子を見て回りたいが、一応は仕事で来ている。

 街でもらった紹介状を手にギルドの窓口へ向かう。

 ギルドの出張窓口は案の定、酒場の中にあった。


「ようこそ、冒険者ギルド出張所へ! 今日はどういったご用向きでしょうか?」


「街のギルドから紹介状をもらって来たんだが」


「了解です。 中身を確認させていただいても?」


「もちろん。 そのための紹介状だ」


 赤毛の受付嬢に紹介状を渡し、周囲を見渡す。

 この窓口も酒場の中に併設されているというのに、酒場の中にもギルドの窓口にも、他の冒険者の姿は見当たらない。

 依頼を張り出すボードには、いくつかの依頼が張り出されている。緊急を要する物も少なくない。それでも冒険者の数が絶対的に少なかった。

 街ではまず見かけない光景に、疑念を抱く。


「この村は、いつもこんな感じなのか? なんというか、もの静かな村だな」


「まぁ、そうですね。 以前はもっと栄えていたんですが、近くの岩塩抗が閉鎖されてからはすっかり落ち着いてしまって」


「大陸の内側で岩塩抗なんて珍しいな。 貴重な財源になっただろうに、掘りつくしたのか?」


「いえ、外からの輸入で価格が暴落してしまったんです。 それ以来、報酬に出せる金額もどうにか捻出しているありさまでして。 依頼の難易度と報酬金が釣り合ってない物も多いんです」


「だから冒険者が少ないわけか」


「それだけってわけじゃないんですけど……噂をすれば、ですね」


 受付嬢が言ったそばから、乱暴ともいえる勢いで酒場の扉が開け放たれた。

 見れば扉の向こうから四人組の冒険者パーティが姿を現した。腕には銀色の証が光っている。シルバー級の冒険者だ。降格させられた俺がアイアン級なので、彼らは俺より格上となる。

 事実、シルバー級ともなれば中型の魔物とも対峙することも増え、一線級の冒険者とも言われるようになる。

 だが彼らは血の臭いを落とすこともせず、汚れた格好のままで席に座ると、周囲を見渡して、罵声を上げた。


「おい! 早く酒を持ってこい!」


「は、はい! ただいま!」


「ぼさっとしてんじゃねえよ。 使えねえ奴だな。 誰がこの村を守ってると思ってんだ」


 中でも赤毛の男は、酒を運んだ給仕係の髪の毛をつかみ、突き飛ばす。

 小柄な少女はたまらず地面に倒れ込むが、それを見て男たちは笑い声をあげる始末だった。

 冒険者は戦いの中で、レベルアップを繰り返す。前衛職や後衛職で多少は異なるが、レベルアップすれば身体能力が飛躍的に向上する。シルバー級ともなれば一般の家畜なども素手で仕留められるほどだろう。

 それで突き飛ばされた少女は、打ちどころが悪ければ酷い怪我を負うことになる。

 見ていて気分のいい物ではなかった。

 だが受付嬢も、他の給仕係も、それを見て見ぬふりをしていた。

 微かな苛立ちと共に、男たちに声を掛けようとした、その時。  

 

「我輩が帰ったぞ! 清算を頼もう!」


 再び酒場の扉が勢いよく開け放たれた。

 また厄介なのが入ってきたのかと目を向けて、息をのむ。

 格好からすると、彼女も冒険者なのだろう。だがその姿は余りに異様だった。

 光を受けて不思議な光彩を放つ長い白髪。それをかき分けて側頭部から延びる一対の角。そして、温かな光をたたえる灰色の瞳。口元には、長い牙の様な歯が見え隠れしている。

 一目でわかる。人間種ではない。

 異種族、それも確か東方にこのような種族がいると聞いたことがある。

 だが見るのは初めてだった。


 その彼女を見て、先ほどの冒険者が怒号を上げる。


「おい、なんでお前がまだこの村に残ってんだ。 言ったよなぁ? 次に顔を合わせたら容赦しねぇってよ」


 怒号を上げて席を立った男は、腰に下げたナイフを抜き放ち、女冒険者に突き付ける。

 一般人にも容赦なく力を振るう男だ。間違えれば、容赦なくナイフを使うだろう。

 もはや一触即発。だが女冒険者は男の顔をまじまじと見つめ――


「お主、誰だ?」


 小首を傾げた。

 その瞬間。

 予想通り男はナイフを振り上げる。

 右手に魔力を集中させて、ナイフへと意識を向ける。

 そして――


「てめぇ!」


 刹那、男の手からナイフが消滅した。

 続く金属音。

 見れば男が座っていたテーブルに、ナイフが突き刺さっていた。 


「急に殴り掛かるのが、この村の礼儀なのか?」


 弾かれたように、ふたりの視線が俺の方へ向かう。

 怒気に染まった男の視線。そして僅かに見開かれた女冒険者の視線。

 まずいことに手を出したかと思ったが、すでに引き返せはしない。

 男は一歩近づくと、俺を見下ろした。


「お前も一緒に殴られてぇのか? アイアン級の冒険者如きが、シルバー級のこの俺にたてついてんじゃねえよ」


 背後で受付嬢がなにやらあわただしく動き回っている様子だが、今は気にしている余裕は無い。

 相手は俺が見上げるほどの背丈で、肩幅も広い。冒険者に男が多いのはこれが理由である、と言わんばかりの体格だ。はっきり言えば、殴り合いをして勝てる確率はゼロに近い。村にきて初日で他の冒険者に殴り倒されたと知れ渡れば、俺の評価は最底辺を突っ切って、地面へと潜っていくだろう。 

 どうにかしてこの状況を切り抜ける方法を探っていると、背後から女性の声が響いた。


「おやおや、これは随分とにぎやかで。 どうか致しましたか? 冒険者の皆々様」


「おぉ! 村長殿!」


 女冒険者の言葉が正しければ、彼女がこの村の村長なのだろう。

 老齢の女性は俺達を眺めて、そしてナイフを取り出していた男へと向けられた。

 ギルドの窓口を有する村の村長であれば、依頼をこなした冒険者の評価を街の本部へ口添えする力を持つ。

 これは過小評価されている冒険者の再評価を申請するシステムなのだが、逆を言えば過剰評価されている冒険者を降格させることも不可能ではない。

 それを恐れたのか、男は村長の視線から逃れるように踵を返した。


「チッ! 覚えてろよ」


 そんなありきたりの捨て台詞を吐いて、男は席へと戻っていった。

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