第4話
ちょっとした騒動の後、村長に連れられて向かったのは酒場の裏にある個室だった。
些細ながら装飾が施された室内は、一応は来賓用の部屋という事になるのだろう。ありがたいことに、俺のような良くない噂を持つ冒険者でも歓迎してもらえていた。
というより、この辺境の地にはまだ俺の噂は広まっていないと考えた方が自然か。そしてそれがこの村に来た狙いでもあった。
悪い噂を持つ冒険者は街では仕事がしにくい。信頼を得られないからだ。だからこそ噂の届かない辺境の村へと身を移し、地域密着で依頼をこなす。ただデメリットとして、問題のある冒険者がブッキングすることもある。先ほどの冒険者達がいい例だろう。
とはいえ今日からこの村が俺の活動拠点(ホーム)になるのだ。有権者との挨拶は慎重に行うべきだろう。
「推薦状は拝見いたしました。 私はこの村の村長を務めております。 どうぞ良しなに」
「俺はファルクスです。 今はアイアン級の冒険者をやっています。 街のギルドから紹介状をもらって、是非ともこの村の力になりたいと思い、依頼を引き受けました」
出だしは完璧。滑り出しは好調。
後は俺が勇者につまみ出された問題児だと気付かれなければ全て良し。
そうですかと、くしゃりと笑みを浮かべた村長は、再び推薦状に視線を落とす。
「ですが元ゴールド級の冒険者。 それも勇者様のお仲間だったとか」
しっかりバレていた。
そりゃギルドからの推薦状なのだから、俺の経歴が書いてるのは当然のことである。
村長も紹介状を出した以上、村にやってきた冒険者を精査するだろう。
「昔の話ですよ。 今では追い出された、こうして一人で活動している有様でして」
「推薦状の中には街でのご活躍も記載されていました。 これならば安心して依頼を任せる事ができそうです。 ご活躍の程、期待しております」
「その依頼の内容なんですが、詳しい内容を聞かせてはもらえませんか?」
「現在、冒険者の方へお頼みしたい依頼は二つほどあります。 ですが詳しい内容は、受付嬢のパティアがお話しします」
「そう、ですか。 ありがとう。 聞きにいってみます」
どうやら俺が勇者に追い出された理由などは乗っていなかったらしい。
そこを村長は好意的に解釈してくれたのか、それとも一人でも多くの冒険者が欲しいのか。
はたまたその両方か。
だがヤブをつついて悪評が出てきても困るので、挨拶も手短に部屋を後にして、再び酒場へ向かう。
だが途中に、見覚えのある顔が佇んでいた。
むこうは俺の姿に気づくと、道を遮るように俺の前へと歩み出た。
そして俺を品定めするように眺めると、ただ一言。
「お主、名前はなんというのだ?」
不躾にそんなことを聞いてきた。
独特な言葉遣いは置いといても、さほど礼儀がなっているとは思えなかった。
とはいえ冒険者は礼儀などケツを拭く紙切れのようにしか思っていないので、俺も大して気にはならなかった。
だが、無礼になれている冒険者と言えども唐突に名前を聞かれれば困惑はする。
「えっと、君はさっきの……。」
「我輩のことはどうでもいい。 いま重要なことはお主のことだ」
真顔で押し通す彼女は、同じ質問を繰り返した。
独特な相手のペースに乗せられて、自分の名前を名乗る。
「ファルクス。 ファルクス・フォーレント。 アイアン級の冒険者だ」
「ふむふむ、ファルクスか。 いい名前だな。 我輩の名前はビャクヤ。 白い夜と書いて、ビャクヤだ」
やはり独特な名前を名乗った彼女――ビャクヤは、姿勢を正して頭を下げた。
最初に見た時にも思ったが、彼女はやはり東方の種族らしく、それは名前にも色濃く出ていた。
名前の通り東の彼方に存在する東方の国からは、防具や武器などは流れてくるが、文化は謎に包まれている。
どう対応すればいいのか迷いながらも、妥当な言葉を返すことにする。
「そ、そうか。 君の名前も東方の趣があっていい名前だと思う」
「そうだろう、そうだろう。 所でなんだが、我輩とパーティを組む気はないか?」
この相手との会話は、困難を極める。
ビャクヤへの第一印象は、そんな感想だった。
◆
「先ほどはすみませんでした……。 私がもっとはやく、バルロに気をつけるようにいっておけば」
受付嬢のパティアは、肩を落としてうなだれる。
彼女としても、新しい冒険者に村の汚点を見られたと考えているのだろう。
ただ勝手に問題にかかわったのは俺の方であり、彼女の謝罪を受けるには少々心苦しかった。
「い、いや、君のせいじゃないって。 遅かれ早かれ、アイツには目を付けられていただろうし」
「そうだそうだ。 過ぎ去ったことを悩んでいても仕方がないぞ!」
バカでかい声が隣で上がり、耳を破壊する。言うまでもなくビャクヤだった。
そもそも最初にあの冒険者、バルロと問題を起こしていたのはビャクヤなのだが、それすら忘れている様子だった。
「ビャクヤはバルロと初対面だったのか? いかにも、そういう態度だったが」
「うーむ、それが困ったことに覚えがない。 必要があれば覚えているはずなのだが……どうしたものか」
確かにビャクヤは相手の顔を覚えていない様子だった。
だがバルロの反応を見るに、何度か顔を合わせている反応だった。
困惑気味にパティアを見ると、彼女は苦笑を浮かべながら言う。
「一応は何度も顔を合わせ問題を起こしているはずですが、必要がなかったので覚えていないのでしょうね」
ビャクヤの天然から繰り出された高度過ぎる挑発に、相手は思わずナイフを振りかざしたわけである。
だが多少はビャクヤに非があるとはいえ、喧嘩に刃物を取り出すのは許されることではない。冒険者ギルドの私兵がそれを見つければ、速攻で血祭りに上げられることだろう。ただこの田舎ではギルドの監視の目も届かない様子だった。
バルロの顔を必死に思い出そうとしているビャクヤを見て、パティアが声を上げる。
「そ、それで。 お二人そろって、どういったご用件でしょうか」
「そう、それなのだが、我輩とファルクスでパーティを組むことになったのだ。 ぜひとも手続きを頼みたい。 今すぐに!」
パティアがビャクヤを眺めて、そして俺を眺める。
なぜそうなったのか。聞かれても俺には答えられない。
理由を聞きたいのは、俺の方なのだから。
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