第2話


「追い出された!?」


「そうデカい声で叫ばなくても聞こえてるよ。この距離だぞ?」


 酒の入った頭に、女性の声は良く響く。しかも大声ならば、なおさらだ。

 たまらずカウンターの向こう側の女性、酒場のマスターに声を控えるよう頼み込む。

 俺はパーティから追い出された後、郊外にある寂れた酒場に足を運んでいた。

 この都市は勇者一行のホームタウンだ。都心部をうろついていれば、嫌でも連中の話を聞くことになる。

 だから数少ない行きつけの場所の中から、この酒場を選んだのだが、彼女の反応を見て失敗だったかと頭を抱える。


「貴方ね、もう少し冒険者として自信を持ちなさいよ。恥ずかしくないの? 一方的に追い出されたんでしょ?」


「仕方ないだろ。満場一致で俺を追い出すことが決まったんだぞ?」


「まさか、アーシェまでナイトハルトの意見に賛同したの?」


「そのまさかだよ。じゃなけりゃ、こんな場所で一人寂しく酒なんて飲んでないだろ」


 酒の入ったジョッキをあおり、そしてカウンターに打ち付ける。手首にはまっていたはずの冒険者の証は、すでに返却していた。

 基本的に冒険者は酒場に入り浸る。そのおかげでギルドは大体の酒場に冒険者窓口の出張所を設置した。この酒場であれば、目の前のマスターが依頼や事務手続きを行ってくれるのだ。ありがたいことに。

 ついでに先ほど確認してもらったが、俺の証は効力を失っていた。ナイトハルトが早速、冒険者ギルドでパーティから俺を除名したらしい。お陰でパーティの共有保管庫に預けていた俺の装備や資金が引き出せなくなっていた。

 とはいえその装備や資金もパーティとして戦ったから手に入れたもので、俺が直接文句を言える筋合いでもないだろう。


「そうは言っても、勇者のパーティから追い出されたのは致命的よ? ギルドからの信頼も下がるかもしれないし、冒険者の証を再発行するにも、階級が下がるのは避けられないわ」


「信頼の方は知らないが、階級に関しては今まで俺がゴールド級だった方がおかしいぐらいだ」


 今でも不平不満は湧き出てくるが、他の面々によって俺の評価が引き上げられていたことに疑いの余地はない。

 ギルドは実力にあった評価を冒険者に与える。そして俺達の場合は、パーティ全体としての評価は上位に位置するゴールド級だった。

 しかしゴールド級という肩書が俺には不釣り合いだった。だというのに、これまでと同じ難易度の依頼を回されでもしたら、即死することは間違いない。

 階級が下がるのではなく、本来の評価に戻るだけだと考えれば、納得もできた。

 ただ不安なのは、周囲への評価だ。

 魔王を討つべく国王から直接命令を受けている勇者一行。そこから追い出されるという事は、俺の側に非があったと思われる事だろう。

 実際には実力が伴っていないから追い出されたわけだが、必要以上にマイナスのイメージが付きまとう可能性がある。


「依頼を受けるのも難しくなりそうだな。 周りの冒険者連中にも、なんていわれるか」


「そこは必要以上に心配はしなくていいと思うわよ? なんせあのパーティには、歴代勇者パーティの中でも選りすぐりの職業(ジョブ)の面々がそろっているんだから」


「あぁっと、つまり?」


「勇者一行のジョブが優秀過ぎるから転移魔導士が追い出されたってのは、冒険者から見れば一目瞭然ってことよ。ギルドはその辺、融通が利かないからわからないけれど」


 そういって、マスターは肩を竦めた。


「それはそれで、ショックが大きいんだが」


「なに贅沢言ってるのよ。貴方、最弱と名高い転移魔導士でしょ」

 

 転移魔導士。最弱のジョブと呼ばれる、忌まわしき俺のジョブだ。

 俺が使える魔法は攻撃でも、補助でも、回復でもない。

 転移と呼ばれる、物質を別の場所に転移させるだけの魔法だ。

 これだけを聞くと、使い勝手がよさそうに思えるだろう。


 自分の体を好きな場所に転移させたり、遠くの物を一瞬で手元に引き寄せたり。

 宝箱の中身を空けずに取り出し、剣やナイフを魔物に転移させて殲滅する。

 そう思っていた時期が俺にもあった。


 だが、転移魔法はそんな単純なものでも、使い勝手がいいものでもない。

 自分の近くにある物、それも小さな物体しか転移させることはできない。

 目視で確認できない物も転移はできない。

 それも転移先に物があったり生物がいる場合には転移不可能。その逆もだ。

 自分を転移させるなんてもってのほかで、服だけがどこかへ飛んでいくという醜態をさらす羽目になるだろう。

 総論として、転移魔法は他の魔法に比べて汎用性に劣り、最も使えない魔法として悪名をとどろかせていた。


「転移魔法も決して悪くないんだけれど、強いて言うなら相手が悪かったわね」


「全くだよ。清々しくて、泣き言さえ出てこない」


 考えるだけでも、ビールの味がよけいに苦く感じた。

 魔王という存在に対抗するジョブ。それが勇者だ。人類の希望にして、闇を打ち砕く光の戦士。

 あのナイトハルトが?冗談だろう?なんど夢なら醒めてくれと願ったことか。しかし現実はどこまでも現実だ。

 神というのも見る目がないのか。それならアーシェの方がよっぽど勇者に向いているというのに。


 そして無意識の内に彼女の事を思い出し、先ほどの出来事も連鎖的に思い返してしまう。

 アーシェは、今なにをしているのか。つい先ほど別れたというのに、我ながら女々しいことだ。

 共に育ち、共にジョブを授かり、共に冒険者となった。今まで彼女のいない生活を送ってこなかったからだろうか。この状況が、嫌に落ち着かなかった。

 それを見かねたのか、マスターはカウンターの下から一枚の羊皮紙を取り出すと、それを俺の前に差し出した。

 

「ここで救いの手を差し伸べてあげましょう。この先、何も決まっていないのなら、私の頼みごとに付き合ってくれない?」


「俺に? 転移魔導士に頼み事か?」


「そうよ。この話、きっと貴方も気に入るわ」


 そういってマスターは笑った。

 酔っているのか、それとも泣いているのか。

 揺れる視界で見下ろした羊皮紙には、冒険者募集の文字が書かれていた。

 

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