あおいビーチ
輝く水面。眩しい砂浜。やたらと騒がしい海岸で、わたしたちは佇んでいた。
「あおいちゃん! すごいよ!」
なのちゃんに手を引かれて砂浜に降り立つと、猛熱が足裏を襲う。
「あちゅいー」
「ダメでしょ。砂浜ではサンダル履かなきゃ」
もだえるわたしたちに、呆れたように子供用のビーチサンダルを渡すのは、なのちゃんこと菜花ちゃんのお母さん。
「まずは、水着に着替えなきゃ――夏は始まらないっしょ!」
濃いピンクのビキニ水着にグラサンといった格好の彼女――珊瑚ちゃんに両脇を抱えられ。
わたしとついでになのちゃんは、まるでにゃんこのように持ち運ばれ、車の中に押し込まれ。
「みゃっ!?」
「ほーら、服脱ごうなー」
「まじでおむつしてんだ……かっわいい」
「でしょでしょ!」
「あおいちゃんはかわいーの!」
各々好きなようにしゃべる中学生たちに囲まれ、服を脱がされ――白い細腕でかろうじて秘部を隠したわたしを、彼女たちは。
「こら。大事なとこ隠してちゃ水着着せられないでしょ」
「え、でも……」
「女同士だから別にいいじゃん! ほら、ばんざーい!」
容赦なく辱めたのだった。
「はずかしいよぉ……」
着替えさせられた。
泣きそうになりながら俯いて、おそらく真っ赤になっているであろう顔面を小さな手で覆い隠している(隠しきれているわけではない)わたしが、ここにはいた。
そんなわたしの格好は、パステルカラーの水色と白を基調とした、フリルが大量にあしらわれたビキニタイプ――胸元を隠す布と股間を隠すショーツのようなものがそれぞれ別れている水着。超かわいい上に、わたしには無駄に似合っている。腹立たしいほどに、珊瑚ちゃんたちのセンスが良かったのである。
ついでにツインテールにされたうえで、水色のリボンがついた麦わら帽子をかぶせられ。
正直、見た目だけならソシャゲに実装されててもおかしくないような美幼女だと、自分で見ても思った。
ちなみに水着の下には水遊び用のおむつなるものが装備済みである。それはさておき。
……そんな自分と同レベルの美少女ばっかなんだよなぁ。なのちゃん然り、瑠璃を筆頭とする中学生組然り。
たぶんひいき目ではあるだろうが、数日前初めて見たざくろちゃんも実際は読者モデルをやっててもおかしくないレベルの美人である。
そんな美少女たちに囲まれて、わたしはなんて幸せ者なのだろう――と、たぶん男だったころの自分なら思ってたと思う。いや、わからないけど。
わたしのと対になった意匠の、黄色でフリフリがいっぱいな水着を着たなのちゃんが、「あおいちゃーん!」と言って、砂に足をとられつつよたよたと駆けてくる。
「よーちえんのすなばみたいではしりにくいよー」
「そうだね……」
まず砂浜をビーチサンダルで全力疾走しようとするなのちゃんがおかしいだけだとわたしは思う。口には出さないけど。
「おー、楽しんでんじゃん」
琥珀ちゃんが、そんなわたしたちを眺めながら言った。
そんな彼女は黒に黄色のラインが入った競泳水着。
「いろけがたりない……」
「良いだろ別に。そういうのは向こうの担当だ」
指さした琥珀ちゃん。その先には、海で遊ぶ瑠璃と珊瑚。
「あの元気にはついてけねーよ」
「まったくね。アタシらは日陰で紅茶でも嗜むのがお似合いよ」
「そーだな……って、ざくろ!?」
琥珀ちゃんの隣にはいつのまにか、紫色のセクシーでおしゃれなビキニ水着を着たざくろちゃんがいた。
「というわけで、向こうにパラソルあるし。アンタらはそっちで砂のお城でも作ってれば?」
パラソルに向かって歩くざくろちゃん。それにひょこひょこついていこうとするわたしの手を、小さな手が握った。
「なに、なのちゃん」
「いっしょにあそぼう!」
あたかもひまわりのように咲き誇った笑顔。引っ張られる手。「わっ」不安定な砂上、崩れるバランス。
「なにやってんのよ……」
後ろから呆れた声。こけたわたしと一緒に転んだなのちゃん。それを、見下ろしたざくろちゃんと琥珀ちゃん。
最初に笑い出したのは、琥珀ちゃんだった。つられて笑いだすざくろちゃん、きょとんとして、しかしなのちゃんも笑いだして。
……こんな夏も、きっと悪くないな。
そんなことを思いつつ、わたしも笑ったのだった。
*
「――やあ、久しぶりじゃないか――群青くん」
一人の女――九条 双葉は、微笑みかけた。
夕方、日も沈みかけた頃。住宅街の路地で対峙する男女。
「九条か。ああ、久しぶりだな」
微笑みかけた先、男は、片手をあげて挨拶する。
「二十年以上ぶりの再会にしては、いささかあっさりしすぎじゃないかい? あんたと私の仲じゃあないか」
「どんな仲だ。ただ大学で同じ研究室にいただけの他人だろうが」
「えー、友人だと思ってたのは私だけかい?」
「……訂正する。同じ研究室の友人に何の用だ」
「つれないなぁ。友人以上の関係になったって良かったのに」
「冗談はよせ。早く用件を伝えろ」
九条はため息をついて「今でもあんたを捨てきれずに独身でいるのに。朴念仁め」と吐き捨てから、告げる。
「単刀直入に言おう。……あんたの家族関係、どうなってるんだ?」
「どうなってる、とは? 調べればある程度出てくると思うんだが」
「調べたさ。……空ちゃん、死んだんだって?」
「……ああ」
真顔だった男の表情に、微かな陰り。九条はさらに追及する。
「それ以外にも不可解なところはいくらでも出てくる。再婚前に養子縁組をしているな? そして、再婚後にも娘を一人儲けている。何故だ。何故、養子縁組を、そして」
「落ち着け九条。言葉がおかしくなっている」
過呼吸になっていた九条をたしなめる、どこまでも落ち着き払った男。
彼はため息をついて、口にした。
「何故、そこまで知ろうとする。お前には……関係のないことじゃないか」
「友人の娘について調べるのはそんなに不可解か?」
「ああ、不可解だ。何年も前に縁が切れた友人の家族関係をここまで調べあげるなど、正気の沙汰ではない。一体どうした」
機械のように口にした男を、九条はにらみつけて。
「……私の務める中学校に、お前の娘が通っている」
「瑠璃か」
「ああ。だが、日向 瑠璃はある時を境に精神を壊し、結果的に幼児同然の精神状態になってしまった。その原因として……」
九条は一呼吸おいて、その事実を告げた。
「……その原因として、彼女の兄の、幼児化があげられる」
目を見開く群青。
「信じがたいことだが、彼女の兄――日向 蒼は女体化したうえで幼児になってしまった。もはや自力での生活能力を消失してしまった二人の面倒は、私とほか数名の協力者が見ている」
「……」
「いわば私は親代わりになったのだ。……親が、自分の娘たちについて調べるのは、そこまで不可解か?」
問いかける九条。男――日向 群青という男は、絶えず深呼吸しながら――興奮する自分を抑えるようにして答えた。
「……私も、親だからわかる。不可解ではないと。それよりも……本当か。蒼が、幼女になったということは」
「その反応は、やはり」
「ああ、実験は……成功した」
息を詰まらせ、わなわな震えながら、彼は宣言した。
「ようやく帰ってくるのだ。私の娘が……」
「どういうことだ! どうやって――いやそれよりも何故……そんなことを……」
それには終ぞ答えることなく、男は足早に駆けていった。
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