うんどうかい 後編
「ふー……」
息を吐く俺。はあ、おなかいっぱい……。
そして、なのちゃんも隣で息を吐いていて。
それを翡翠さんが見ていた。
じっと二人を見つめる彼女。やがて、近づいて。
ぷにっ。
頬を触った。
「にゃ、なにをするぅ!?」
びっくりして変な声が出た。
「だってかわいくてつい……」
「ついじゃないよ……」
おかげでまたおむつを替えなきゃいけない羽目になった。本日たぶん少なくとも三回目……。
はき替えさせてもらってから、翡翠さんは言った。
「二人とも、そろそろ次の種目じゃないの?」
「そうだね! ありがとー、おねえさん!」
ちくしょう、俺は忘れてたかったのに……。
すー、はー。深呼吸して。
「なにため息ついてる。行ってこい!」
「わっ」
いつの間にか来ていた九条先生に尻を軽く叩かれた。
やればいいんだろやれば……。俺は腹をくくった。
頬を赤く染める俺に、なのちゃんは「どーしたの?」と聞いてくる。
「いや、なんでもないよ。だいじょうぶ!」
本当は羞恥心で頭がどうにかなりそうだ!
何故なら、次の種目は――。
『第五種目、年長さんのたまいれ』
そう、玉入れ。
しかし、ただの玉入れならそこまでの羞恥心はなかっただろう。
だが、この幼稚園の玉入れは。
途中で何故かダンスが取り入れられているのである!
マジで意味不明だが、どうやら数回のラウンドに分けて行われる玉入れの一回戦から二回戦、三回戦へ移る途中にダンスをするらしい。
しかも、お尻をふりふりする振り付けのかわいいダンス。普通の子でもきっと恥ずかしいだろうが、あいにく僕は中身は男子高校生だ。しかもこの身体おむつが外れていないうえに体操服は短パンなので、お尻の膨らみが強調されてしまう。
すなわち、恥ずかしさの役満っっ!!
想像しただけで頭がふっとーしちゃうよぉ!!
そんな感情を必死に内に秘めながら、俺は校庭に出た。
第一回戦を始めます、というアナウンスと共に流れ出す音楽。
おしりふりふりなんて安直すぎる歌詞。傍から見る分には非常に可愛らしいのだろうし、自分自身も前にいる幼女のおしりふりふりに癒されてる節はある。
けど、やってるほうは死ぬほど恥ずかしいんだよこれ!
唇を食いしばって、深呼吸しながら必死に耐え。
――やがて、音楽が鳴りやんだ。
玉入れの始まりだ。
バラバラに落ちている紅白の玉。自分の組は、確か白。
白い布製のやわらかい玉を俺はつかんで。
「いっけぇぇぇぇ!!」
放り投げる。
が、かごに届くことはなかった。
もうそうですよね、としか言いようがなかった。
ここまでで散々思い知らされてきた運動神経のなさ。それが如実に表れていた。
俺は失笑する。もうだめじゃないか。
もう投げるのも面倒だ。この試合は団体戦。俺が投げなくたって、ほかの人が頑張ってくれる。俺は投げるふりでもして――。
「みんなぜんりょくでいくぞぉぉぉぉぉ!!」
声がした。
ろくくんの掛け声だ。
彼はたくさんの玉をもって、投げまくっていた。半分くらいは外れていた。まさしく男子。意地汚い。
けど、そこからは「勝ちたい」という意思が感じられた。
みんな、全力で。そう彼は言った。
そうだ。この試合は団体戦。誰かの力だけで勝てるわけじゃない。
諦めるにはまだ早かったんだ。
俺はもう一つ、玉を拾って――。
音楽が流れ出す。
いくつも投げて、もう腕が痛い。いくつ入ったのか、もう把握しきれなかった。
腰を振りながら深呼吸をして。
音楽が鳴りやんで、結果発表タイム。
かごの中の玉を先生が一つ一つ放り投げて、みんなで数える。
『いーち、にーい……』
赤と白の玉が同時に投げられていく。
かごの中身はみるみるうちに減っていく。
やがて、十を超え、二十も近くなってきて。
『じゅうはち、じゅうきゅう――――赤組さん、最後の一個!』
アナウンスが流れた。
――結果、二十対二十一。
『白組の、勝利です!』
歓声が響いた。
やった、勝った……! 俺たちの、勝ちだ――。
『それでは第二回戦をはじめます』
え、うそ。
――結局、第三回戦までやって、勝てたのは最初の一回だけだった。
「まけちゃったよぉぉぉ」
閉会式まで終わって、泣くろくくん。それをよしよしと慰めるあかねちゃん。……泣いてるショタもかわいいな。
とはいえ、負けたのは俺のせいもあるだろう。団体戦はみんなの責任だ。
「まけちゃったね」
なのちゃんが笑いかけてきた。
「くやしくないの?」
「うん! だってどうでもいいもん!」
「ああ、そう……」
ちょっと呆れつつ、でもそれもなのちゃんらしいと俺は微笑んだ。
そんなところに、九条先生が来て。
「今日はよく頑張ったな」
そう言って、頭を撫でてくれた。
……こう、褒められるのって久しぶりだな。大きくなると、こうやって褒められることなんてないから……。
気持ちよさに、つい目を細めて。
「あっ。ふたりともおしっこ出てるわよ」
背後から声。びくっとして。
ああ、なんだ幼稚園の先生か……。
そして、振り向いた先になのちゃんがいて、指をくわえながら羨ましそうに俺を見ていた。
……俺はその少女のほうに駆けよって。
「よしよし、なのちゃんも頑張った」
背伸びして、頭を撫でてあげると。
「ふぇ……うっ、えぇぇぇぇぇん」
「え、ちょ……なんで、なんで泣くの!?」
どこか嬉しそうに泣くなのちゃん。俺はただ戸惑うばかり。
その様子を、周りの人は微笑ましく見ていたのだった。
*
後日。
「あーおーいーちゃんっ!」
いつも通り、元気に朝タックルをかましてくるなのちゃんを受け止めると、なのちゃんは体を俺にこすりつけながら言った。
「ねーねー、あおいちゃーん。あたまなでなでしてー?」
「いいけど……」
答えて彼女の頭に手を乗せると。
「にへへー」
なんだかとても気持ちよさそうに目を細めた。
変ななのちゃん。でも、まあいっか。
それを見たあかねちゃんが一言。
「ましょーのおんな……」
あの子が意味を分かって言ってたのかは定かではないが。
それから少しの間、俺のあだ名が「魔性の女」になったのを、いまの俺は知る由もない。
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