第13話 そうぐうとおどろき

 俺は、箪笥の中に詰め込まれたそれをぼうっと眺め、溜め息をついた。

「……」

 瑠璃の昔着ていた、可愛い女児服。

 ――こういう服を着たい。こんな可愛らしいものを身に付けたい。可愛くなりたい。

 本能が訴えかける。胸の高鳴る鼓動が抑えられない。

 今までこんなこと思ったことないのに。男なのに。おかしいはずなのに。

 否定しようとしても、否定しきれない。

 理性で抑えつけることもできずに、俺は箪笥の中から一枚、白いワンピースを取り出して――

「なにしてるの兄貴」

「うわぁぁぁぁ!?」

 背後から少女、というか妹の声。慌てて、掴んでいた布を背中に隠しつつ、振り向く。

「なんでもないっ! なんにもしてないよ!! 決して可愛い服が気になってたとかあまつさえそれを着てちょっとおしゃれしたいとか思っていたりとかしたわけじゃ決してないからねっっ!!!」

 必死に言い訳するが。

「へぇ……可愛い服、着たいんだ」

「なななななんでわかった――――!?」

「当たったー」

 軽い調子で笑いながら言う瑠璃。俺は涙目になりながら聞く。

「てか、なんでこんな早くに帰ってきてるんだ!?」

「ちょっと色々あって早退した」

「色々って? というか、なぜジャージなん……」

 聞こうとすると、瑠璃は一変、慌てた様子で言い訳。

「はっ、恥ずかしいから聞かないでよロリコン兄貴!! それともわたしがおもらしした話をそんなに聞きたいの!?」

「ふーん……おもらししたんだ」

「ふぇっ!? なんでわかったのっ!?」

 今度は瑠璃が涙目になる番なのであった。


「じゃあ、俺は自分の部屋戻ってるから……」

「あとで出掛けるから、準備していてね」

「無視かっ!」

 とりあえず部屋の扉を開けて、廊下を歩く。

 それにしても、この体にはあんまり慣れないな……。階段の一段一段がすごく高くて上り下りしにくいし、ドアノブも結構高くて使いにくいし。

 何もかもが大きくて、まるでおとぎ話の小人にでもなったような感覚だ。本当に小さくなっているからあながち間違いでもないのだが。

 ともかく、どうにか自分の部屋にたどり着き、背伸びしてドアを開け、ベッドによじ登る。

 そして、枕元に置いてある板を手に取った。

 電源ボタンを押すとそれは光りだし、様々な情報を映し出した。

「うわぁ。スマホ、通知めっちゃ溜まってる……」

 そういえば、俺がこの姿になってからスマホを一切触っていなかった。

 ゲームがいくつか、SNSが十数、メールが何十、そしてニュースがいっぱい。この数日間に溜められた大量の通知がどんどん出てくる。

 それぞれの内容をさっと確認。

 げ、友達から大量の安否確認メールが来ているよ……。というか、メアド教えた覚えのない奴からも何件か来てるし……。

 俺は、高校の友人たちを思い浮かべて、改めて姿見の前に立った。

 フリルやピンクで飾られた服、ぷにぷにのほっぺた。ふっくらと膨らんだ下半身で拙く歩くその姿は、どこからどう見ても未だにおむつがとれない可愛らしい幼女だ。数日前までの俺の面影はもうどこにもない。

 こんな姿、高校のみんなには見せられねえな。

 俺は溜め息をついた。


 しばらくして、外出。

「なあ、今日はどこに行くんだ?」

「散歩。それと買い物。ずっと家にこもりっぱなしだと気が滅入っちゃうでしょ?」

 確かにな……。だからといって今じゃなくてもいいような気はするが。

「買い物は……夕飯か?」

「それもあるけど、一番は……」

 小さくなる瑠璃の声。見上げると彼女の顔は赤く染まっていた。

「何を買うんだよ~」

 からかうように聞くと、瑠璃は照れを隠すように叫んだ。

「あっ、兄貴には関係ないからっ!」

 すると、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。

「はぁ……。日向ってば、今頃ナニしてるんだろうな」

「何日も学校休んでさ……。心配するこっちの身にもなれってんだよ……」

 俺は静かに瑠璃の服の裾を引く。

「なによ」

「ちょうど今、俺の高校の友達が目の前に」

「……なんでわたしの影に隠れてるのかな?」

 だって仕方ないだろう。俺がこんな姿になってるだなんて知られたら、恥ずかしくて生きていられない。それに――

「おっ、可愛い女の子みっけ」

 悲しきかな、彼らもまた、いわゆる「ロリコン」という生物なのである。

 どうやら、ターゲットにされてしまったらしい。じろじろと、鋭くねっとりとした視線が俺に突き刺さる。

「ぐへへ……すっげえ可愛いわ……」

「ってか、隣にいる中学生くらいの子も可愛くね? ちょっと垢抜けてない感じで」

「やべえ、超わかるわ。いやぁ、眼福眼福」

 知ってるはずの人間の、結構聞きなれた……むしろ自分が率先してやっていたような会話。それが、目の前で、自分に対して行われると、印象がガラッと変わる。

 端的に言えば、超キモい。すっげえキモい。

 やめてくれ……。背筋がぞわっとして軽く吐き気がする。

 さらに、俺は同類だから読めてしまう。その後の行動も――。

「早く行こう!」

「そうね……」

 俺たちは彼らの視線が届かなくなるまで逃げるしかなかった。


 やがて、奴らを撒いたところで。

「ふう……」

 俺は座り込んだ。

 気が緩むと同時におまたも緩んだようで、おむつの中の湿度がぐんぐんと上昇していく。

「……兄貴、なんだったのアレ……」

「俺の友達さ。ロリコンの」

「うわキッモ」

 ……こんなにド直球な罵声を浴びせられるのは結構久しぶりだな。

「あいつら多分、今夜俺たちをオカズにして……」

「言わないで。超やめて。キモい。ヴォエッ」

 吐く真似までして嫌悪する瑠璃。なんかわかるぞその気持ち。

 それはさておき。

「ほら、ちょうどついた。兄貴、ここ寄るよ」

 目の前にあったのは、ドラッグストア。それも結構大きめの。

 中に入り向かった先は――。

「おむつコーナー? なんでだ? 俺のやつはまだ……」

 家にいっぱいあるだろう。そう言おうとしたが、次の瑠璃の行動に思わず驚愕する。

 ムーミーマン、スーパービッグサイズ。子供用で一番大きなサイズ。その女の子用のピンクのパッケージを手に取ったのである。

 それは、翡翠さんがお泊まりの時使っていたものと同じらしい。俺には入らないこともないはずだが、確実に大きい。つまり、これを普通に使えるのは……。

「お……おねしょ対策のためなんだから……っ!」

 顔を赤らめて、自分に言い聞かせるように瑠璃は呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る