第14話 ほんとうのわたし
顔を真っ赤にしておむつのパッケージを抱える瑠璃。俺の目には、彼女があたかも幼い少女に戻ったように見える。
「うぅ……」
目に涙が浮かんでいるのがわかる。そんな様子の彼女に俺は言った。
「はっ、早く行こう! いつまでもここにいたらほかの人の迷惑になっちゃうしっ!」
瑠璃はこくりとうなづいた。
「はぁ……はぁ……。めっちゃ恥ずかしかった……」
真っ赤な顔のまま瑠璃はつぶやいた。ちょっと元に戻ったようで、少し悲しいような。それで子供用のおむつを抱えてるそのギャップがまたかわいいような。
それで。
「そういえば、なんでこんなところにいるんだ?」
俺は鼻をつまみながら言った。
今いるのは、ドラッグストアに併設されている多機能トイレ。とはいっても外にあるのが原因だろうか、公衆トイレ同様の臭いが充満していた。
「臭いし早く帰りたいのは同感。だけど、その前に兄貴。おむつは大丈夫なの?」
……言われてみて、意識してみて初めて気が付いた。
「……だめだったっぽい」
スカートをたくし上げてみると、瑠璃は「おぉ(笑) いっぱいやっちゃったねぇ(笑)」とめちゃくちゃ腹の立つような言い方でからかってきた。……なんかこういうの結構久しぶりな気がする。
ところで、瑠璃は俺の脇腹をがっしりと持って何をする気なのだろう。
「じゃあ……よっこらせっと」
次の瞬間、一瞬の浮遊感。そして、俺は何かに寝かされた。さらに、腹部をベルトで固定されたみたいで……。
「おお、ほんとに使えるんだ。このおむつ替え台」
耳を疑った。
おむつ替え台!? 確かに多目的トイレにはよく置かれてるような気がするけどっ!
あれって、たしか生まれたばっかの赤ちゃんとか……大きくても一歳か二歳になってないくらいの、まだはいはいもたっちもできないような赤ちゃんが使うやつじゃねーか! なんで俺を乗せられるんだ!?
困惑する俺に、瑠璃はあやすようなからかうような口調で言った。
「実はね~、最近のおむつ替え台ってね~、100kgまで対応するのもあるんだよ~www よかったね~www」
ひゃっ……!? なんでだよ! というかどこもよくないわ!!
しかし、こうなった瑠璃にとやかく言ったところでさらにからかわれるのは目に見えている。このまま耐えるしかない。
赤面して顔をそむけると同時に、股間に外気が触れてヒヤッとした感覚。
「うわぁ……まっ黄色じゃん」
「言わないでくれよ……」
瑠璃のなすがまま、足を広げられ、……いわゆるM字開脚のような形で股間部を拭かれながらつぶやいた。妹相手とはいえめちゃくちゃ恥ずかしいのを我慢しながら。
「あ~い、おむちゅはきはきちまちょ~ねぇ~」
なんだかすさまじくうざかった。
右足左足と、順番に足が通されていき。
「はいできたっ!」
ぽんぽんっと、おむつの上から股間がたたかれた。
「終わったなら早く解放してくれ……」
ため息をついてみたが、腰に巻かれたベルトは外されない。
動こうとしてもベルトが邪魔で動けないし、早く外してほしいんだけどな。
少しのいらだちとともに数分間。一向に開放される気配はなく、代わりにレジ袋と布すれの音がうるさく聞こえてきて。
「……いったいなにしてんだ?」
気になって、瑠璃のほうを向いた。すると。
彼女はさっき購入したおむつに足を通していたところだった。
床にはおむつの入った黒いレジ袋と、その中には紙おむつのパッケージと、中学生には少々幼くも感じるアニメプリントの、いわゆる女児ショーツ。
へぇ、こんなパンツ穿いてたのか……って、そうじゃなくて!
「なんでいまおむつはいてんの!?」
俺が驚愕のあまり声を上げると、目の前の少女は涙を浮かべた。
「うっ……ひっく……だってぇ……もう、おもらしなんて……やだもん…………うぇぇぇぇん!」
「よしよし、とりあえず落ち着け」
数分後。俺は、泣き崩れた瑠璃をそっと抱きしめて頭を撫でていた。
おむつ替え台からは解放されたが、そのあとに瑠璃が泣き出してしまったのだ。
「誰にもばれないと思ったのにぃ……」
「お、おう……。そろそろ帰ろうか」
「……うん」
涙をぬぐって立ち上がる瑠璃。その姿はとても中学生には見えない。スカートの裾からおむつがちらちらと見え隠れしているのも相まって、あたかも俺の見た目年齢と同じくらい――いや、それ以下の幼い子供のように映る。
そんな彼女のスカートの裾をこっそりと直しつつ。
瑠璃が出入り口を開けると、そこには二人の親子が待ち構えていた。
おそらく二十代くらいの若いお母さんと、幼稚園の年長さんくらいの女の子。……俺より身長が高いのは気のせい……だと思う。
「まま! やっとあいたよ!」
「そうね、おむつ替えちゃいましょ」
「うん! でも、なのちゃんのはおむつじゃないもん! おねーちゃんぱんつなんだもん! ほらっ!」
「はいはい。スカートはめくらないの」
軽くあしらわれる女の子。ちらっと見えた下着は明らかにおむつだったが……言わぬが花というものだろう。
というかこの女の子、めちゃくちゃかわいいな。明るくて元気で、まるで太陽のように輝いている。少し天然なところがあるのもまた、幼女らしくて可愛い。
駐車場を抜けつつ、下心を隠すようにため息をつくと。
「ねーねー!」
肩をたたかれた。それも、結構な勢いで。
というか、いつの間に俺の背後に!?
振り向いて「なに?」と聞く間さえ与えられずに。
「かわいい! なまえは!?」
すさまじい勢いで名前を聞かれた。
「ああ、お……わたしは、日向……あおい。君は?」
「なのちゃんはねー、なのちゃんなのー!」
「おっ、おう」
そ、そうなんだ。俺は少し呆れつつ。
「で……なに?」
聞いてみると、笑いながらなのちゃんは手を差し出してきて。
「おともだちになろっ!」
!?!???!!???!?!?!??
一瞬混乱した。
俺なんかと、このかわいい女の子が、友達!?
正直、予想だにしなかった発言。でも、なんだかうれしく感じてきて……目の前の小さな手を取ろうとしたその時。
「
「ひゃあっ!」
その手は消えた。首を上へと向けると、呆れた顔をした若いお母さんが。
「どうもすみません。うちの子が迷惑かけちゃったみたいで……」
「いえいえ、妹も喜んでるみたいなので……」
そのお母さんと瑠璃がこんな会話を交わしている間、なのちゃんは俺のことをじっと見つめていて。
別れ際、俺の口から、いつの間にかこんな言葉が飛び出していた。
「また会おうね、なのちゃん」
言われた彼女の、ぱあっと花の咲いたような笑みだけで、俺は少しだけ心が晴れた気がした。
「うん! やくそくだよっ!」
今になってようやく、この体になってよかったと思えた気がした。
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