第9話 女の子のあそび
「……これ、本当に、わたし?」
「そうよ。とっても可愛い」
姿見の前に立つと、その向こうに見えたのは完璧すぎるほどの美幼女。
なるほど、ヘアアレンジなんて髪が長く伸びた女の子しかできないし、やろうとも思わないだろう。
髪型をツーサイドアップ……可愛いピンクの玉がついたヘアゴムで髪の両側を頭の上の方で括った髪型にして、さらにピンクのうさぎさんのヘアピンで前髪を纏めただけで、幼さが一気に増したのである。
お姫様の着るような、パステルカラーにフリルが満載のワンピースが、その幼く可愛らしい容姿を引き立てている。
その姿はまるで、ショッピングセンターでよく見かけた、一人で歩くにはまだ少々頼りないほどの小さな女の子。
その幼い姿が、今の俺の瞳には信じられないほどに魅力的に見えた。
「かわいい……」
一人称が女の子のそれに変わっていたことにはついぞ気付かずに、俺は己の可愛らしさに魅了されていた。
いつしか俺は股間の辺りをまさぐり出して……はっ!
「な……ない……」
そうだ。
そういえば俺の体は女の子……そう、姿見に映る少女なのだ。だから、男の象徴たるアレが存在しないのである。
……恍惚とした顔でワンピースの中に手を突っ込んでおむつの上を擦る幼女が目の前に見えた。
「なにやってるの?」
「あっ……あは……あはは……」
幼女はどんなことやっても可愛い。けれども……えっちなことはいかんだろ。
あれ? えっちってなんだっけ?
いやいやいやっ! 流石に知ってるはずだよ!? どうしちゃったのわた……俺っ!
というか、わたし、自分のこと「わたし」って……なんなのどうなってるの!?
頭が回る。ぐるぐる回る。なんか視界もぐるぐるしてきた。
――冷静になってから思い返すと、その時の俺は頭がオーバーヒートしてたらしい。
結果。
「きゅー……」
ぱたん。
俺は後ろに倒れて……意識がブラックアウトした。
また、ふわふわと意識が空中浮遊。
虚空。果てしなく続く虚空。それはあまりにも心地よくて――。
笑い声がフェードインする。ぼんやりと、視界がはっきりとしてくる。
「ん……おれ……」
「あ、気がついたかな」
目を覚ますと、真上にお姉さんの顔。そして豊満な胸。頭は柔らかいクッションに包まれていて。
「おはようっ、お兄ちゃん! お姉さんの膝枕はどう?」
「うわあっ!」
瑠璃の声がいきなり耳に飛び込んできて……あ、股間があったかい……。
「おむつ、替えてあげなきゃね」
「そうね……っと」
今の二人の言葉で、自分がまたもおしっこを出してしまっていたことに気がつく。
「……色々とどうなってんの?」
はっきりとしてくる意識のなかで、俺はぼそりと呟いた。
俺が倒れたあと。
お姉さんは懸命に看病したという。一時、呼吸もほとんどなかったとか。
看病は数時間、瑠璃が帰宅するまで続いた。
瑠璃の帰宅した頃に俺の容態は安定して、それから二人で長く話し込んで――。
「なんだかんだで今に至る」
「いやそのなんだかんだってなんだよ」
そのなんだかんだに含まれる情報量が多いのだ、と俺は目の前に座る二人の女子に諭そうとする。
「ていうか、なんで膝枕だったの!?」
「……だってかわいいんだもん」
拗ねるお姉さんがかわいいとほざいてる場合ではない。
「というかるり、キャラ変わってないか!?」
今朝まではお兄ちゃんなんて言わなかったはず。いや、ちょっと言ってたか……?
「ソ、ソンナwコトwwナイヨーwww」
「絶対なにかあっただろ」
あからさまだった。
「一体、何があったんだー。おしえろー」
精一杯の威圧感を出しつつ詰め寄ると、二人は顔を見合わせて。
『ひ、秘密っ!』
同時に指を突きつける。息はピッタリ。だめだ、かわいすぎる。
……仕方ない、これについてはあんまり追求しないことにしよう。
「とっ、とにかく! 兄貴!」
「あ、呼び方戻ってる」
「うるしゃいっ!」
噛んだ。
「かわいいなwww」
「煽るなぁぁぁ!」
こういうのも新鮮でいいな……ってのはおいといて。
「で、どうしたんだ?」
「いやー、兄貴大丈夫かなって」
なんだ、そういうことか。
「ああ、ピンピンしてるぜ!」
「ならよかった」
そうしてにっこりと微笑む瑠璃。その顔はどこか新鮮に映った。
「ってわけで、今日は泊まっていってもいいかしら?」
お姉さんが聞く。どういうわけなのかは知らないけど。
そして何故か瑠璃が勢いよく食いつく。
「やったあ! ねぇね、一緒に寝よ!」
ねぇね!? 瑠璃のヤツ、ちょっと数時間見てなかった間に軽く幼児退行起こしてないか!?
「こらこら、蒼ちゃんの前では『お姉さん』でしょ?」
「むぅ……」
そういって頬を膨らませる瑠璃。俺は軽く引き気味。もう隠しようがねーよ……。
ってか俺が眠ってた間にマジで何が起きてたんだよ……。生意気な妹が普段の八十倍くらい可愛く見えてくるようになってるのは本当におかしい。
でも、理由はなんとなくわかってしまった。
……寂しかったんだな。
親もいなくなって、唯一頼れる存在だった
いつからか、彼女は無理をしてたのかもしれない。
俺が、もっと頼れる存在だったなら。俺がこんな姿になったりしなければ。
俺が、もっといいお兄ちゃんだったなら、こんなことにはならなかったのだろう。
一言だけ、口をついて出てくる。
「――ごめんね」
お兄ちゃんなのに、なにもしてやれなくて。
「なにを言ってるの、お兄ちゃん」
「いや……なんでもないよ、瑠璃」
手を伸ばして彼女を撫でると……彼女は幼い少女のように、笑った。微かな水音と共に、静かな時は過ぎていった――。
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