第10話 これからも
「……これ、狭くないか?」
「いいのっ」
「なんで俺の部屋が立ち入り禁止なの?」
「お兄ちゃ……兄貴は気にしなくていいのっ!」
「は、はぁ……」
俺、瑠璃、そして翡翠お姉さんの三人は一つのベッドに川の字で寝転がっていた。しかも、翡翠お姉さんはもうすでに夢の中で、体勢を変えてくれることは叶わない。
うぅ……狭苦しい……。
「……すまん、床に下りていいか?」
「だーめっ」
そういって真ん中に陣取る瑠璃は壁際の俺を押し潰す。
やめて。抜け出せない。というか喋れない苦しいおっぱいにおくちがふしゃがれて……。
「は……はぅぅ……」
出ていた。いや、どうなんだ?
液体が股間から放出される感覚。しかし、ぽかぽかした感じはするものの、濡れた感じはしない。
すべて
それは数秒で終わり。
「……兄貴、いまおもらししたでしょ」
笑いながら言う瑠璃の体。少しだけずれた。酸素の供給が再開される。
「ぷはっ……なんでわかったの」
「体が震えたし、ちょっといいニオイもするし。あと、わたしもしちゃったし」
「なるほど自分も……ふぇ!?」
どういうことなんだ。びっくりして、また少しだけ漏れた。
「えへへ……」
照れくさそうに笑う少女は、“わたし”以上に幼い少女のようで。
「ねぇ、お兄ちゃん。わたしのおむつ替え、してみない?」
俺は二つ返事で首を縦に振った。
まさか、本当に妹のおむつを替える日が来るなんて、思いもしなかった。
とりあえず、二人でベッドから脱出。そして、瑠璃のパジャマのズボンを脱がせてみると、お姉さんとお揃いの、その体格には不釣り合いな……しかし意外と似合っている幼い下着が姿をあらわす。
「本当にやってた……」
「ね? ……かわいいでしょ?」
その言葉が自分のことか、おむつのことか、はたまた粗相のことなのか。真意はわからないが……本能をさらけ出した彼女が輝いて見えたことだけは確かだった。
「うん、かわいい。脱がすよ」
断りを入れて彼女のおむつの横部分を破ると、どさりと床に落ちて、もわっとした甘い芳香を放つ。
「……いっぱいやっちゃったねw」
「ここぞとばかりにからかい返さないで……正気に戻っちゃう……」
顔を真っ赤にする瑠璃。いつもの五百倍はかわいい。だから、つい――。
「……えらい、えらい」
「えへへ……」
――甘やかしたくなるのだ。
端から見れば奇妙な光景だろう。幼女に頭を撫でられて喜ぶ少女など。
もしかしたら、俺たち二人は新しい関係に変わってしまったのかもしれない。
「それじゃ、るり。おむつ穿こうな」
「うんっ! ……終わったら、お兄ちゃんもおむつ替えね」
「おねがいします」
姉妹だろうか。しかし、どちらが妹なのかは曖昧で。
だけど、それでいいのだ。
寝転がり、赤ちゃんのようにおむつを替えられる俺に、瑠璃は言った。
「だいすきだよ、お兄ちゃん」
これでいいのかもしれない。
「お兄ちゃん、なんて……」
「お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ。ちっちゃくなっても、女の子になっても……頼れなくなっちゃってもね」
寂しげに呟いた彼女。
胸が、苦しくなって――俺はいつしか、言葉を紡いでいた。
「……頼りなくなって、ごめん。散々無理させちゃって、ごめんね……」
瞳から水滴が流れ落ちる。
「俺、がんばるから……もっと、頼っていいんだよ」
おむつのテープを止める手が一瞬止まって。
短くて小さな腕を精一杯広げて、言った。
「だって、俺は、お兄ちゃんなんだから」
彼女は、俺を抱き締めた。俺も、彼女を抱き締めた。
少女の泣き声が――感情の渦が、窓越しの遠い夜空に響き渡った。
**********
長い長い時間が過ぎて。
わたしは泣き止んだ。泣いて、泣いて、泣いて、全てぶちまけられて、少しだけすっきりとした気分だ。
「……なにやってんだろ、わたし」
冷静になってみると、とても恥ずかしい行為をしていたことに気がつく。
必要でもないのにおむつなんか穿いて……さらに、お漏らしなんて……わたし、もう中学生なのにね。
自分の滑稽な行為に少しだけ笑いつつ、いつの間にか寝息をたてていたお兄ちゃん……兄貴をベッドに寝かせる。
しかし、寝かせた瞬間、彼女は小さな声を出し、瞳を開いた。
「んぅ……おはよう、
「……兄貴、何を言っているの?」
アイツはわたしのことをそうは呼ばない。外では無理にそう呼ばせてたけど、家のなかではそんな風に呼ぶわけない。
「そっか、お姉ちゃんはなんにもしらないんだもんね。わたしのことも……まぁ、人の前に出てくるのははじめてだから、しかたないかな」
訳のわからないことをぶつぶつと喋る彼女に、質問をぶつけた。
「あなたは、だれ?」
「うーん……強いていえば、お姉ちゃんのお兄ちゃん……蒼にぃのもうひとつの新しい魂っていう感じかな」
「……どういうこと? 名前は?」
「名前はまだないんだけど……そうだ。『あおい』ってのはどうかな。お姉ちゃんがつけてくれた、蒼にぃのもうひとつのお名前」
「……まぁ、いいけど」
「やったぁ!」
そういいながら、彼女は嬉しそうに跳ねて喜ぶ。それに少しだけ苛立ちが募る。
「兄貴の体を乗っ取ったのはなんで?」
早口で聞くと、あおいを名乗るそれは微笑みを浮かべて思いもよらなかった事実を伝える。
「別に乗っ取ったんじゃないよ。だって、わたしは蒼にぃ自身なんだもん」
「意味がわかんない」
「だから……あっ、にじゅうじんかくって言えばわかるかなぁ」
彼女はつらつらと、その小さな口を精一杯動かして語った。
それは、兄貴が女の子になったのと同時にできた、彼の「女の子な部分」の塊と言うべきもの。この体の本当の精神と言うべきものらしい。
「お姉ちゃん、わたしのことは妹って思ってくれると嬉しいな」
突然すぎてなにがなにやらわからない。
「今日は顔見せってところかな。多分、これからも度々お姉ちゃんの前に出てくると思うから……よろしくね」
「うん……よろしく。あおいちゃん」
ひとまず挨拶をした。彼女は目を瞑ろうとして、「あっ、そうそう」と、思い出したかのように言う。
「多分、蒼にぃはどんどんわたしと同化していくと思うの。どんどん女の子になっていって……わたしはちょっとずつお姉ちゃんになっていくのかなぁ。だから……」
――彼女は天使の微笑みで、残酷に告げた。
「蒼にぃのお世話、がんばってね。お姉ちゃん」
わたしはまた、ぼろぼろと大粒の涙を流した。
**********
わたしは、一人のねぇねと一人のいもうとをもつお姉ちゃんなんだ。
それでね、いもうとはまだおむつが取れてなくってね、わたしがお世話してあげないとだめなの。でもね、わたしもおもらししちゃうんだ。だからね、ねぇねにお世話してもらうの。
ほら、しーっ、しーって。おもらし、やっちゃった。
いもうとのあおいちゃんもやっちゃったみたい。
あおいちゃんのおむつを替えてあげる。つるつるとしたお尻がかわいい、わたしのたいせつないもうと。かわいいの。
でね、そのあと、ひすい……ねぇねが、わたしのおむつを替えてくれたの。
「ありがと、ねぇね」
おれいをいうと、ねぇねはあたまをなだなでしてくれたんだ。うれしいな。
ぱぱも、ままも、にぃにも、とうぜんちゃんといてね、ごはんがおいしいんだよ。
みんな、みんな、みんな、だーいすき!
あれ? ぱぱ? どこにいくの? まま、まってよ。にぃに、どこにもいかないでよ……。わたしを、みてよぉ……
だれも、うらぎらないで
一人に、しないで
「あぁああアあァアああぁアあぁああァアあぁああッ!」
幸せな悪夢から目を覚ましたら、己の発した悲鳴が鼓膜をじんじんと鳴らしていた。
粗い息、深呼吸。落ち着くにつれて、股間の懐かしい違和感に気がついた。
足と足の間に抵抗が入ったような、ごわごわとした感覚。数年前に決別したはずのそれに、わたしはもはやなにも考えられなくなって、失笑した。
「…………おねしょ、しちゃった……」
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