第3話 やっちゃった
「……」
俺は重そうな荷物を抱えて歩く瑠璃を睨みつつ、帰路を歩いていた。
「……荷物、持とうか?」
「いい。というかあに……あおいはむしろだめ」
「今は人いないし、兄貴でいいよ」
「あっ……兄貴はダメだよ。こんなの持てないでしょ」
瑠璃は言い直しつつ諭す。
……普段の十七歳男子の俺ならいざ知らず、今の推定六歳の女児の俺の姿じゃ、恐らくその大きな荷物を引きずってしまうだろう。
「というか、こんなに大きな袋……一体なにを買ったんだ?」
「これからの兄貴に必要なもの」
なんとなく察した。
「なに? そんなに顔を赤くして」
俺はあまりの恥ずかしさに、目をそらした。
そして、広い公園を横目に、遊びたい気持ちを我慢しつつしばらく歩いていると。
「ん……」
小さく声が漏れた。
思わず瑠璃のミニスカートの裾をくいっと引っ張る。
「いやっ! ……なによ」
「……もよおした」
どうしよう。今すぐトイレに行きたい。さっき出しきれていなかったのだろうか。
「兄貴……あおいはいまおむつしてるんだし、そこにしちゃえば?」
公園に人がいるのを見て、慌てて言い直す瑠璃に俺は軽く怒鳴った。
「バカを言うな!」
お漏らしなんて出来ることならしたくない。しかも、周りに人がいるなかでやるなんて、もはや公開処刑同然。絶対にいやだ。
周囲を見通すと、ちょうど二車線の道路の向こう側に公衆トイレ。すぐ目の前にあるそれに飛び付かない手はなかった。
「トイレ、いくっ!」
すぐそこにあるその建物に向かって駆け出そうとする。だがしかし、その瞬間。
「危ないッ!」
首の後ろが思いっきり引っ張られる。
首が締まる。呼吸が一瞬止まり、小さく悲鳴が――さらに、我慢していた尿の雫が少しだけ漏れる。
じわりと、股間に濡れた感覚。尿道から温かい液体が溢れ出す。
「あみゃっ……あびゃ……みゃ……」
「……いま、もしかして……まさか……」
「でて、る……」
水音と共に吸収体が膨らんでいく。膀胱と心が軽くなっていくのがよくわかる。車のエンジン音が目の前を通り抜ける。
我慢から開放された心地よい感覚。こみ上げる羞恥心と、それとは相反する安心感を同時に味わう。
赤ん坊同様の行為を行っている。排泄を我慢しきれずに、やってしまっている。普通ならやらないはずの失敗をしてしまっている。
しかし、出掛ける前にした二度の失敗とはまた違う。下半身を包み込む下着……おむつが全て受け止めてくれるのだ。まるで、失敗を肯定するかのように。
失敗してもいいのだと。それが当たり前なのだと。
それが、何故だか嬉しく感じた。
「んっ……」
おしりふきの冷たい感覚に、小さく声が出る。
さっき見えた公衆トイレにて、俺はおむつを脱がされていた。
「でも、なんでさっきはダメだったんだ?」
「車が来てたの。というか、横断歩道もない車道を横切ろうとするなんて危険すぎるでしょうが。忘れてたの?」
ああ、なるほど……。そういえば、昔は俺が瑠璃に同じことを言ってたっけ。尿意に我を忘れていた。反省せねば。
ところで。
「そういえば、替えのパンツってあったっけ?」
出掛ける前、瑠璃がおむつのことを告げるとき、「一枚だけ」と言っていたような気がする。だから、よくよく考えると漏らしたらこれで終わりのはずなのだ。
しかし。
「ちゃんとあるってー」
「本当か?」
「ホントー」
言いながら買い物袋を漁る瑠璃。やがてその中から一つのものを取り出す。
「ほら、穿いて」
「えっ?」
下着にしてはあまりに分厚く、さらに生地も明らかに布ではない。白地にピンク、さらにファンシーな動物のイラストが描かれたそれは、先程まで穿いていたものと同様の……いや、もっと幼そうな柄の「赤ちゃん用紙おむつ」であった。
「かわいい……けど、さっきのやつとは違うように見えるんだけど、それは」
「店員のお姉さんいわく、あれは同じブランドでも何年も前の旧品だから、何度かリニューアルされてるって。だから、さっきのおむつより履き心地は良くなってるらしいよ。よかったねー」
「へー……なんで店員さんが俺のおむつを知ってたんだ?」
「見せつけられたって」
俺は恥ずかしくなって目をそらした。
「まぁ、その人はおむつが大好きだったそうだからむしろ喜んでたそうだけど」
「いや変態かよっ!」
変態とは思わぬところにいるものだ。筋金入りのロリコンで、ショッピングセンターで幼女を観察するのが趣味だった俺が言うのもなんだけど。
「おむつのこといっぱい教えてもらっちゃった。連絡先も交換してもらったよー」
「どんだけ仲良くなってんの……」
「あと、あの人も普段からおむつしてるんだってー。なんでも、逆トイレトレーニングとやらで自分でおもらしできるようにしたとか」
「いらない情報っ!」
知らないお姉さんのいらない変態情報が次々と開示されていく。ほとんど出てきてないはずなのにキャラがめちゃくちゃ濃いな……。
「ってか兄貴ー。早くおむつ穿いちゃってー」
そうだった。
俺は手に持ったもこもこした下着を開いて、足を通し、腰まで引き上げる。いくら体が小さくなったからって、このくらいのことはできる。
……ふわふわ、もこもこ。かわいくて、とても気持ちのいい履き心地。守られる感覚に、少しだけ頬が紅潮して。
「まだまだ替えのおむつはあるから、いっぱいお漏らししてもいいよ(笑)」
「……んぅぅ……」
恥ずかしくとも言い返せない悔しさと羞恥心に、ぼんっと頭が熱くなった。
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