第5話教会の話
「教会の役目について、教授はどう思いますか?」
「
はぐらかすような神父の受け答えに、シンジ・カルヴァトスは不機嫌な声を返した。何しろここに呼ばれた経緯からして、未だに充分な説明は無いのだ。
エリクィン神父は笑顔のままだ。聖職者らしく投げられた言葉の棘を、受け止めながら無視している。
「信仰の場、神への祈りの場。捧げられた円十字の前にひざまずき真摯に祈ることで、届く、繋がる場」
「と、信じられる場。魔術でもある、儀式の祭壇だ。数人の思考を偶像や祭壇の一カ所に集め、集中させ、陶酔感に浸らせる」
「……まあ、個人の信仰を補佐する役目はあるでしょうね。本質的には場所など関係なく、掃除の行き届いた豪奢な聖堂であれ酒場裏の路上であれ、本人が正しく意思の力を持ってさえいれば、信仰の場となるものです」
苦笑しつつも、神父は頷いた。「どちらかというなら『この地域には教会がある』という事実に込められた、政治的な意味合いの方が重いですね」
神父にしては率直な物言いに、シンジの方が寧ろ居心地の悪さを覚えた。彼の発言は控えめに言っても、教会への批判に近いものだ。
多かれ少なかれ信仰心は盲目を求めるものだが、そこへの批判を教会側が行うのは稀だし、危険な印象を受ける。
警戒心を高めるシンジに気付かないのか、エリクィン神父は話を続ける。
「教会というのは、あるだけで心の支えになるものです。『神様に言葉を届けられる』、『神様が見守ってくださる』、そんな風に思えることがどれだけ人々の支えになるか。物質的にも精神的にも最後の最後にしがみつける存在になることが、教会の意義だと思います」
「そうかもしれない、だが、それは僕の質問の答えでは無いですよね。宗教学の講義はまたの機会にして、今はあの化石の出所を教えてください」
冷静に詰め寄るシンジに対して、エリクィン神父はしかし、微笑んだまま首を振った。「答えに繋がる話でもあります、教授。重要なのは誰もが、教会を最後の頼みの綱と考えているということです――誰もが」
「……あの化石は、とても貴重なものです。勿論学術的な意味合いですが、かかる苦労も相応の対価が必要になる」
過去の遺跡や遺物、特に【
教会の言うところの、『神に手抜かりは無い』というやつだ。過去の文明や生命は、徹底的に破壊されてしまったらしい。
「一部では、熱烈な信徒が遺物を破壊する、なんてこともあるようですね」
「それに関しては、教会は遺憾の意を表しているとだけ言っておきましょう」
「単なる盗掘で発見できる程度のものでは無い、ということです神父さん。今、こうした化石を発掘することができるとすればそれは、他でもない、教会の後ろ盾を得ているか――」
「教会の後ろ盾が一切無いか、でしょう?」
シンジは沈黙する。それは肯定の意味だ。
世界で最も多くのヒトが信仰する、秩序神アードライト。秩序神教会。その影響を受けない土地――教会の無い土地など、世界に一カ所しか無い。
暗黒大陸【ワーズワース】。邪神の名を冠したあの土地ならば、神の威光も届かないだろう。
だが。
「ですが。だからこそあそこに渡るには、ごく限られた存在で無いといけません。彼の地は信仰途絶えた地、信仰が無いということは即ち文明が無いということ。交流がある国などありません」
「大陸間条約にも参加していませんね、召喚術禁止条約にも、彼らは度々違反している。我々も頭を痛めてますよ」
「そうでしょうね。あぁところで他にも、『国家では無い』のに『国家規模の人員と武力を保有する』独立勢力がありましたね?」
「……」
そういう、ことか。
「【
「誤解を恐れずにいうのならば、そうですね。可能性としてはあり得るかと。何せ――あなた達は過去を求めすぎている」
「確かに、それは一つの真理です」
魔術師は常に、過去の再現を目指している。伝説にある魔術の再演、神話に謳われる怪物の再生、魔法時代の再来。
神秘華やかなりし神話の時代。むせ返る程に濃厚な魔力に満ちた世界。それを、もう一度と誰もが願っている。
「ですが、そのために現在を犠牲にしようと考える者は少なくとも【マレフィセント】には居ません。僕らは皆、未来のために過去を呼び起こそうとしているのですから」
それとも、とシンジは声を低く沈める。「教会は、我々を弾劾しようというのですか?」
シンジの威圧に、エリクィン神父は少なくとも表向きだけは焦ったように、数回首を振った。
「今のところは、そこまで深刻な事態とは考えていませんよ」
「将来的には、変わる可能性もあると?」
「可能性はあるでしょう、ですが勿論、我々としては世界とあなた方とが築いている現在の関係性を、崩壊させたいとは思っていません。そのために、貴方をお呼びしたのですから」
それはまた、責任重大だ。
教会と【マレフィセント】、世界有数の勢力同士の衝突を防げるかどうかは、自分の活躍に掛かっているらしい。
「僕はしがない魔術師だ、どれだけお役に立てるか解りませんよ」
「こうして話を聞いて頂けるだけでも、貴方は充分私の役に立っていますよ。あとは、貴方の話を聞かせて貰えれば良いのです――彼について」
「彼、とは?」
「言ったでしょう? 教会は誰もが、最後にすがる場所なのだと。それは、忌むべき遺品を掘り起こしてしまった者も例外ではありません」
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