第3話「前田慶次」

「私はね、前田慶次になりたいんです」


そう言うと整理券を後ろ手に持った店員さんは笑い興味深そうな顔でじっと話を聞いてくれた。

少し尖った美しい形の耳だった。


戦国武将「前田利益(まえだとします)」通称「前田慶次」(まえだけいじ)は様々な伝説を持つ傾奇者(

かぶきもの)。それを題材にした小説を原作にする漫画がパチンコになったものがあり、その衝撃的な出会いは忘れられない。巨大な槍を振り回し、敵陣深く、一機駆け。負け戦こそ漢の華よ、と決め台詞が出て大当たりする。


そう、この負け戦のような人生を、笑うことこそ武士の誇り、

そんな拡大解釈をして何度パチンコで大負けしたまま平気な顔して笑っただろう。


そんなことを熱く語っていた。

いや、待てマスクもしないでこんなに話し込んではいけない。慌ててマスクを取り出し距離を置く。


私以外に誰も整理券をもらいにくるものもなく、通りゆく人を見やる。


「強く、、なりたいんですね」


店員の女性もマスクをして離れた距離の分、少し大きな声を出す。


「はい、強くなりたいです」


弱い者たちが夕暮れさらに弱いものをたたく

その音が響き渡ればブルースは加速していく


THE BLUEHEARTSの名曲の歌詞について

昔、私の友人の水島は言っていたことがある。


「この夕暮れはなんと寂しい色なんだろう。

俺は絶対に弱いものをたたかない。

そして、このよくわからないブルースってものは

汚いけど美しいものなんだろう」


水島、貧乏くじばかり引いているお前の人生、私は大好きだ。

お前が言っていた最愛の人ってのはきっと今、私の前にいるこの娘のように

奇麗な人だったのだろう。


「今日は絶対に、勝ってくださいね!」


いや~、昨日あれだけ勝たせてもらったからな~。


「頑張りますっ!」


あぁ、こんな時に、パチンコに精を出す私は、、、、。



結局、オープン時間がやってきても優先入場券を持ったものは私一人。

自動ドアが開き、店内の大きなBGMが聞こえてくる。


入店すると昨日とは違い、多くの店員さんが並び

「おはようございます! いらっしゃいませ!」

と深々とお辞儀をして迎えてくれる。


「え? いったいどいうことだ。昨日は店長一人だったのに」


1番の入場整理券、裏を見ると

マジックで掠れた字。「19番台が当たる」と書いてある。


あれ? なんだか昨日と字が違うような。昨日何番台だったかな。

なんでもいいからゲン担ぎに19番台の前に来てみると私の好きな前田慶次の

パチンコ台、それもだいぶ昔のものがあった。


「これは、今は置いていないはずなのに」


とにかく考える間もなく座っていた。私が初めて慶次と出会った機種と同じもの。

一般入場開始となります! という声とともにお客さんが入ってくる。


どこに並んでいたのか、多くのお客が押し寄せ一気に台が埋まっていく。


これは、一体・・・


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朝からパチンコ屋で並んだら異世界入場整理券をもらいました~換金所は魔王の玉座のはす向かい~ ウェルダン穂積 @welldoneh

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