第2話「最期のイベント『赦し』」

朝から晩まで大当たりが止まらない。

そんな夢のような一日だった。


ただ夢見の悪くなりそうな、店長の顔が忘れられない。

出玉を計数することを「流す」というが、流した後に景品交換しにカウンターへ向かう。


全部店長一人で業務をこなしている。どんなお店だ。人件費を節約しているのだろう。それとも従業員に逃げられたのか。

まさか換金所まで一人で裏から回っていたとは考えたくない(というか違法じゃないのか)

【パチンコは厳密には換金することはできない】


換金所にいた人物は老人のようなカツラを被っていたけれど、あの子犬のようなつぶらな瞳はそうそう

他にいるわけもない。

12万4000発の出玉を景品に変え、それを37万2千円に換金した。


新型ウイルスの影響化の中、あんな客一人のお店で大当たりを出されたら潰れてしまうだろう。


深夜のニュースではいよいよ全てのパチンコ屋が営業自粛に応じなければつるし上げられるような空気である。


世間がこれほど騒ぐ中、パチンコに興じている私はクズなのだろうか。


「水島、お前はもうやっていないよな」


昔の友人の男はこんなことを言っていた。

「同僚がギャンブル中毒で仕事に支障をきたしても、借金を全部突っ込んでも、僕は少しも責める気にならない。止めはするけど責められはしない。自分にも、まったく同じ時期があったから」


その人間の人生のステージがちょうどそこにあるのなら、どんな状況だって、それはたまたまそこにいただけなのだ、という。


この新型ウイルスの状況下でちょうどギャンブル依存症だったのならばそれは大変不幸に肉薄することになる。


あいつは私を赦してくれるだろうか。


久しぶりに水島という男のブログをのぞいてみた。長い文章の最後、


『死ぬな。今、絶対に死んではいけない。今死んだら、ちゃんと哀しむことができないから。

あなたの死を、あなたの死として、哀しみたい』


幾人かの芸能人の名前をあげて、なんだか自分勝手に悲しんでいるところが水島らしい。


急にパチンコ屋の店長のことが心配になってきた。

パンパンに膨らんだ財布をテーブルの上に放り投げてスマホでお店のホームページを見てみると、


『最期のイベント大感謝祭』

の安い真っ赤な文字が躍っている。


「いや、これダメだろ」

イベントなんて打って集客していいはずがない。整理券は朝の6時配布開始。べらぼうに早い。いったい何考えてるんだ。


シャワーを浴びて一日中パチンコ屋のホールで座った疲れも取れないまま

「はぁ」

ベッドに倒れこみ、そのまま眠った。



どれくらい寝れたのか。アラームもないのに5時には目が覚めて、今日も整理券をもらいに朝からパチンコ屋に並ぶのが使命であるかのように支度を整えた。


6時前にお店に着き、いつものようにスマホをいじる。それにしても『最期のイベント大感謝祭』ってなんだ。『最期』とはまた穏やかじゃない。


店のシャッターが小さく開き店長が出てきた……と、思ったら

見たことのない女性が「よいしょ」と小さく声を漏らしてこちらを見上げた。


線の細い美しい女性、だ。胸はあまりないが…いや、そんなことどうでも…いやあるな!


長い髪、奇麗なブロンドで瞳が緑の色をしている。カラコンなのか?!

いや、この人なにもの?!


店長の娘さんでお手伝いに来たのか、新しいアルバイトなのか。


「…のぉ…」


!!…女がこちらの瞳をのぞき込んでいる。取り乱している自分が恥ずかしくなる。

「あー、はい。なんでしょう」と冷静なフリをした。


女は整理券を差し出している。

「あ、ありがとうございます」


1番の整理券を受け取る。

この整理券を受け取ってから少しの間、いつも店長と雑談するのが楽しかった。


「あの、店長にお伝えください。どうか、頑張ってください、と」


「はい、わかりました」

と、小さく微笑むのがすごく絵になる。


それからオープンの10時になるまで、ずいぶんと長く話し込んだ。


私が今までやってきたパチンコのくだらない話なのだけれど、それに楽しそうな笑顔で応えてくれた。



日が昇り明るくなり、人が通りに出てくると、

こちらを見ながらマスクをつけたままクスクス笑い、スマホを向けて写真を取るやつらまでいた。


ああ、そうだ。俺はこんな時にパチンコ屋に朝から並んでいるクズだよ!


大きなカメラとガンマイクを持った数名の男とレポーターらしき女性が互いに距離を取りながらどこかへ向かっていく。テレビニュースのクルーだろうか。


ゆっくりと通り過ぎ、こちらを一瞥し、指をさし、笑って去った。


そうだろうよ!行列でもなきゃ、ただ一人、絵にもニュースにもならない男がここにいますよ!



私は、店長に赦してほしかった。

昔この店で、お金の入ったプリペイドカードを忘れたお爺さんのカードに気がつき、それを盗んで飛び出したこと。


今日はそれを言いに来た。


ーーーーーーーーーーー


※主人公の「ケイジ」君は知らない。



『今まで本当にありがとうございました


 当店は閉店いたしました


 みなさまのご健康と幸福を心よりお祈り申し上げます 

 

 この国の未来に愛を込めて 店長』


筆で書きつけた貼り紙が店の四方にあることを。


第3話へ続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る