第3話 夢から覚めてると黄昏時



 食事を終えると、国王は護衛も付けずに星羅を書庫へと案内し始めた。


「態々、国王自ら連れてってくださるとは」

「なに、ちょっと気になってな」

「……何が、ですか?」


 星羅は国王の顔色を伺うように聞き返す。


「宮廷魔法師見習いのチャロを知っているかな?」

「……はい、知っています」


 星羅は思考を巡らせる。

 チャロには喋るな、と言ったから何かバレる事は無いという事。

 でも、国王の口振りは何かを聞こうとしている。


「そうか、知っているか。で、だ。そのチャロがセイラ殿を直々に魔法を教えるので許可を取りに来たんだ」

「そんな事が」


 星羅は内心、「余計な事をしやがって」と悪態つく。

 態々国王に言う必要がどこにあっただろうか。


「セイラ殿はチャロに何かしたのか?」

「何か、とは?」

「ふむ。答える気はない、か。では質問を変えよう。魔法のない世界から来たと聞いたのだが、魔法を使えるのか?」

「はぁー。そうだ、って答えたらどうする気だ?」

「なぜ隠している?」

「必要が無いから」

「では、その力で魔族を倒してくれないか?」

「気が向いたらね」

「そうか、まぁいい。だが、なぜチャロに魔法を教わるんだ? それは方便か?」

「違うよ。本当に教わるつもり。だって……魔法は使えないから使えるようになりたいし、一対一の方が早く上達すると思ったからです」


 途中、メイドとすれ違ったのでそれっぽい事を言って誤魔化しておく。

 「口は災いの元」とも言うし、「人の口に戸は立てられない」とも言う。

 どこで情報が拡散されるかわからないなら、必要最低限でとどめておきたい。


「メイドか?」

「流石に王様に向かってこんな喋り方はダメでしょ。直した方がいいですか?」

「別に構わんよ」


 星羅は安心する。

 ここまで結構な態度で話していただけに心臓はバクバクでドキドキだ。

 でも、侮られないためにも必要な事だから仕方がない。


「して、魔法は?」

「あぁ、そうだった。この世界の魔法がどんな物かを確認するためにね。それと一対一の方が口を塞げるから」

「なるほど」

「後、言わないでくださいね? 特に灯には」

「わかった、口外しない事を約束しよう。ついたぞ」

「ありがとうございます」

「私は仕事があるから失礼するよ」


 星羅は王様と別れ書庫に入る。

 そして適当に本を選んで軽く読む。


「うん、問題なく読める。これが異世界転移の特典か」


 星羅は更にいくつかの本を選んで椅子に座る。


 この国、フェルミニア王国は共通通過のギルを使っていて特別な魔道具を使っている、という事。

 現金……金貨とかはないらしい。


 フェルミニア王国以外に、軍国ルベルト、商業都市シャルドニア、シ共和国、魔法国家ユリエーエがある。

 軍国ルベルトだけは情報が少なくよくわからない。 

 商業都市シャルドニアはその名の通り商業が盛んで、物価が安い。

 シ共和国は……2年前までは独裁者によって共和国じゃなかったらしい。

 つい最近に出来た国だ。

 そして魔法国家ユリエーエ。

 魔法に関してはここの宮廷魔法師たちより上だという事。


「後は、ここなら色々と揃えられるかな」


 魔法陣に必要な素材とか噐晶石もあったりするかな。


「で、そろそろ隠れてないで出てきたら?」

「……ば、バレていましたか」

「最初から……王様と歩いてる時からバレてるから。よし、お前の口からこの世界の魔法について説明して」

「わ、わかりました。セイラさんの世界の魔法がどうかわかりませんが、この世界の魔法は精霊に呼び掛ける事で魔法を使う事が出来ます。例えば。

 “‘炎よ、炎の力は万物をも燃やす力なり’”」


 そんな式句でライターほどの火を起こした。 

 そして、星羅にはよくわからない気のような物が感じられた。


「ふーん、その変なのが精霊か」

「えっと、なんだっけ?

 “‘炎よ、炎の力は万物をも燃やす力なり’”」


 すると、普通に魔術でこのくらいの火を起こすより小さな力で……小さな魔力で火を起こせた。

 何かに手伝ってもらった感覚があり、これが精霊と呼ばれる物だろう。


「ちなみにですが、精霊には種類があって、“火”“水”“土”“風”の4つと扱いの難しい“光”と“闇”があります」

「なるほど、四大元素か。なら、

 “‘’小さな雷 《red saghir》’”」


 バチッと音をたてて紫色の雷がチャロの頬を焦がす。


「えっ! か、神のいかづち!」

「ただのかみなりだよ」

「そ、そんな! でもでも伝説の魔法と同じ」

「このくらい普通だか――――」

「――――教えてください」


 チャロは頭を下げてお願いする。


「ダメ、ですか?」

「もしかして、自分が可愛いとわかってやってる?」


 可愛いあざとい。

 唇に指を当てて首を傾げている。


「そ、そんな事を言ったらセイラさんだって魔法陣の所で会った時にしてたじゃないですか」

「あっ、あー」


 星羅は遠い目をする。

 けして容姿が悪い方ではない……否、いい方だと言える。

 それに、打算的な意図も無かったとは言えない。


「いいよ、教えてほしいんだったね」

「えっ! 本当ですか?」

「ただし、条件がある」

「はい、何でも!」


 もしも、チャロに尻尾が生えていたとしたら左右に物凄い勢いで振られていただろう。


「条件は俺に教わったって言わない事」

「何でですか?」

「俺が魔術師だって知られたくないんだよ」

「そうですか、魔じゅちゅ師と知られたく無いんですね」

「お前。

 “‘熒惑の炎 《antares》’”」


 15の噐晶石が決まった形に並んで怪しい光を放つ。

 すると、チャロは目を虚ろにさせて倒れてしまう。


「これで少しは力の差を理解してもらいたいな」


 幻惑を見せている状態だ。


「ぅぅぅぅ」


 チャロが唸っているのを尻目に、星羅はまた本を読み始める。

 色々なこの世界の魔法の式句が載っている本を。



 ※



 星羅は本が読みにくくなったのに気がついて辺りを見ると太陽は半分ほど沈み、暗くなり始めていた。


「んーーー!」


 体を伸ばして……


「忘れてた」


 星羅の目に、虚ろな瞳をしたチャロの姿が目に入る。


 ――――パチンッ


 指を鳴らして魔術を解く。

 宮廷魔法師の見習いだから自力で解くと思っていたがレベルが低いらしい。

 いや、宮廷魔法師だけど落ちこぼれの可能性もある。


「起きろー」

「あれ? 私は」

「地獄から目が覚めた気分はどうだ、お寝坊さん」


 軽く頭を小突きながら魔術で幻惑を見ていた記憶を奥に仕舞っておく。


「どうした、ボーッとして」

「い、いえ。怖い夢を見ていた気がして」

「気のせいじゃないか?」


 星羅はそう言いながら本棚に本を戻して書庫を後にした。


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